第14話 アクアリウムの猫とベルダンディー(ペルシャ)の過去
その日、私は何回目かになる「奥様お茶会」に招かれ、シティスターズモールで買ったスイーツを抱えて、日傘をさして歩いていた。
ふふふふ!もう手土産で失敗はしない!
要は高級店、高級ホテル、有名スイーツ店、もしくは日本からのお土産お菓子なら、手土産で許される。私も学んだのだ!
今日行く場所は、ゲジラ・スポーツクラブのそばのカイロの斜塔と呼ばれている建物の近くのアパートメント。
グーグルで確認していけるが、目印は目の前が「アクアリウム」だと教えてもらった。
昔は沢山の動物や魚のいるまさにアクアリウムという人工の広大な庭園だったらしいが、何故か今はなんにもいなくて、ただただ、意味不明な迷路のような通路と建物が連なるだけのゴーストタウンもような場所らしい。
アクアリウムと言う言葉に誘われて、何人かの日本人が水族館と思い行ったら違った!
と、言うことで、ちょい評判が悪いらしい。
てくてくカイロの斜塔を目印に歩いていると、突然、右側に緑の公園が広がった。
高い柵に囲まれ、中にちらほら白茶っぽい建造物が見える。
ああ、多分あれがアクアリウム??
緑の木々は手入れされていないかのように鬱蒼と茂り、鳥がどこかでぎゃーぎゃ鳴いている。うちのベランダに時々飛んでくる白いオウムも、ここからきているのかな?
アパートメンビルのエレベーターホールに、怠惰そうに座るバーブ―に、お邪魔するお宅を告げると、彼はエレベーターを開けて階を押してくれた。
「ショコラン」と笑うと、彼もにっこり笑い返す。
お茶会には私が一番のりだったようだ。スイーツの箱を渡すと、今日の主催者の依田夫人は目を輝かせて喜んだ。
「ヘリオポリスまで行かれたんですか?ありがとうございます!」
よし!今日はお菓子は捨てられないぞ!!
そう…
田中家のお茶会の後、なんだかんだとお茶会に誘われ、試行錯誤でお菓子を持参したが、あるお茶会で余程嫌いか気に入らなかったらしく、箱ごとわざとらしく捨てられたことがあった。
本人曰く、「うっかり手が滑り、生ごみの中に入ってしまった」と言うが…悪意がばんばん感じられたので、お菓子ではなく、私が嫌いだったのかもと一時期酷く落ち込んだ。
まあそういう経験を経て、周囲が持参して受けのいいお菓子をチェックし、こうして現在は喜んでもらえるまでに成長したのだった。
えへん!(子供か私!)
可愛いピンクの花柄カーテンの窓から、眼下のアクアリウムを見下ろしていると、冷たい緑茶を持ってきてくれた依田さんも見下ろして苦笑した。
「あそこねー、アクアリウムと言うからうちも水族館と思って行ったら、なんにもなくてがっかりしたわ。壁画みたいに変な魚がペンキで書かれていただけだったわ」
「噂には聞いていますが、本当なんですね」
依田さんはおかしそうに笑う。
「それに、あそこは別の意味でも悪名高いのよ」
「悪名?」
「あそこね、捨て猫が多いの」
「え!?」
「いろんな国の駐在が終った人達が、あそこに猫とか犬とか捨てていくの。アクアリウムで…お魚いる…動物いる…そのおこぼれにあずかれるかも?とか?猫は神様だから大事にされるから?とか?理由はわからないけどね…」
私は愕然とした。
「パリとかで、バケーションに行くのに邪魔だからと、捨てられちゃう犬猫と同じですねかね?」
「多分、その流れなんでしょうねえ…。いかにも高級そうな長毛種や純血種の猫が、しっぽ丸めて不安そうにうろうろしていて…可哀そう。うちは動物はここでは飼わないと決めているから…助けられないし、1匹2匹じゃないしね」
生まれてからずっとエアコンの効いた部屋で、食事にも生活にも困らないで過ごしてた猫達が、飼い主の帰国が決まると邪魔とばかりに捨てられる光景を想像して…胸がぎゅっと痛くなった。
「そういえば、花岡さんは猫が好きだと聞いたわよ?」
「え?!どこからそんな情報を??」
「敦子さんよ。敦子さんのタマに会いたいと随分お願いされたんでしょう?タマは臆病だからダメだったそうだけど」
え?1回しか言っていないけど…。
随分尾ひれ背びれが付いたらしいな…。
私は苦笑した。
まあ噂が一人歩きするのは、カイロに来て実感したことの一つだけどね。
「花岡さんが何匹か助けたら?お子さんもいないし、大きなアパートメントでしょう?」
無責任な事を無責任に言うなあ。でもあんまり気にしないで悪意なく言っていそう。まあいいや。
「そうですねえ…。でもまずは主人に相談しないと」
「それもそうね」
依田さんは興味なくしたのか、ベルが鳴ったので玄関の方に行ってしまった。
私は猛暑の中で震えている元飼い猫達の事を思うと、確かに助けに行ってあげたい。が、いずれは帰国する身としては、おいそれとも保護はできない。ジレンマにイライラとした。
帰り道にアクアリウムの茂みを覗いてみたが、猫は一匹もいなかった。さっきの話は本当なのかなあ?と、後ろ髪をひかれる感じでアクアリウムを後にした。
「カイロにも保護猫団体はあるから、きっと保護されていると思うわよ。元飼い猫は新しい飼い主見つかりやすいし、ゴージャスな猫ならなおさらね」
翌日は高田夫人に誘われて、麻雀同好会に参加していた。支社長夫人の誘いでは、興味ないんで~とは断れなかったのだが、意外とやると面白かった。ブリッジより、こっちの方が性にあってそうだ。
それに、集まっている人も「同じ年代の~」なんてじゃなくて、20代から60代まで幅広くいて、業種も様々で驚いた。
で、昨日のアクアリウムの猫の話をしたら、猫に詳しい建築機器メーカーの奥様が、くりっとした目を笑わせて安心するように教えてくれた。
「まあ、そりゃ100%保護ではないでしょうけどね。貴女がそんなに心を痛めることはないのよ。ただでさえ海外生活と言う慣れない環境での生活をしているんですもの。貴女に余裕がでてきて、そういうことをしてもいいかなあ~と思えたら、保護団体を紹介してあげるわ。今は今の生活に慣れることね、カン!」
そうそうと、他のマダム達もうなずいて、「ポン!」とか「リーチ!」と楽しそうに言う。
「そう言えば子猫を探しているんじゃなかったの?ロシアンブルーの、ポン!」
「はい。でも…なかなか見つからなくて」
「まあこういうのはご縁でもありますからねー、わたくしもリーチ!」
焦らない焦らないとマダム達はからっとした笑顔で笑う。
「そう言えば、高田さん宅のベルダンディーもアクアリウム出身ではなかった?」
「ええええ!?」
思わず驚いて、コーラを吹き出しそうになった。高田夫人はふふふと笑う。
「そうねーアクアリウム出身と言えばそうだけど、なる前にうちにきたというか、奪ったというか」
「え!?どういう事なんですか??」
思わず興味津々で身を乗り出す私に、高田夫人の横の夫人がおかしそうに笑いながら言う。
「高田さんはカイロに来る前はフランスにいたのよね?パリに。だからフランス語が流暢でね。で、ある日、ランチ会の帰りにアクアリウムの前を通ったら、ゲージを抱えた若い男女がいてね、見ていたら、なんと扉を開けてぶんぶん振り出したのよ」
「そうそう。びっくりして思わず足を止めたわよね」
「そうしたら高田さんが凄い勢いで二人のフランス語をまくしたてて近づいて、何かぎゃーぎゃー話していたんだけど、急に女性の方がそのゲージを放り投げて逃げてって、高田さんがすさまじく怒鳴りちらりながらゲージを拾って、男性の方がポケットからお金?出して何か言って、それに高田さんは反論して、男性は半泣きで女性の後を追って言ったわ」
「それが…ベルダンデイーだったんですか?」
「ええそう」
と、高田夫人は笑い、「あがり!」と叫んで、他の2人がぎゃー!と叫ぶ。お金代わりのクッキーを取り、私にどうぞと渡すとにっこり笑う。
「見た瞬間に、絶対捨てると思ったのよ。女性の方は全然悪いとは思っていなかったんだけど、男性の方が可愛がっていたらしくてね。でも連れて帰れないからと、お金を渡してきたので、名前だけ聞いて追い返したのよ。猫も今までと同じ名前を呼ばれるのがいいでしょう?」
私は唖然とした!そんなドラマがあのベルダンディーにあったとは!
「猫、お好きだったんですか?」
「いいえ。保護して、飼い主探そうとしたら、田中さんが欲しがったので差し上げたのよ。日本で買っていた猫ににていたんですって。でも懐かなかったらしく、直ぐに返されたの。以来、ずっとうちにいるわ」
「ご旅行に行かれるときはどうしているんですか?」
「そうね…私一人ならメイドと主人にお願いしていくわ。二人の時はやはりメイドに頼むわね。ああ、この間のイタリア旅行の時は、主人も他の出張でいなくて、メイドも都合が悪くて、ペットホテルを探していたら、田中さんが預かってくれたので助かったわ。田中家のタマだっけ?猫と仲良くしていたようで、本当によかったわ」
事実は奇なり!!!
田中さんが言っていたのと全然違うじゃない!
それとも…田中氏が勝手に預かったとか…そういう流れもあるのかも。
私は田中家の話は奥底にしまい込んだ。
「まあ、そういう訳で、花岡さんにも必ずチャンスはくるから、焦らず待つことよ。言ったでしょう?Cairoでは焦るのは禁物よ。で、花岡さん、私、それでロン!」
高田夫人の話を聞いていた私は、高田夫人に高得点を与えてしまい、ぎゃああああ!と叫んでしまった。
まあ、対価はクッキーだけどね。
追記:
ヨーロッパ?では、バカンスに出かけるときは1か月、2か月はざらで行くので、ペットが邪魔になるから捨てるという事がマジあるんだそうです。
なので、帰国する時に捨てられる高級猫や犬が多いと聞いたときは胸が痛くなりました。アクアリウムはマジ行ってもつまんないのでいかないよう・・・げふんげふん。
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