第6話 熱と猫 (ベルダンディーとタマとセージ・飼い猫)

「まだ熱があるね」

 和也は非接触画型体温計で熱を測ると、困った顔をした。


 田中家の毒沼のようなお茶会に参加した後、私は高熱を出した。

 

 別に梨田さんの職人急手作りチーズケーキに当たったわけではない。

 

 …ごめんなさい。言い過ぎです。

 梨田さんのチーズケーキは本当に美味しかったです。梨田さんに会わないで済むなら、もう1回食べたいくらいです。


 ‥‥ごめんなさい。言い過ぎました!


 なんだか最近の私はこんな感じで嫌な事を平気で考えたり思ったりしてしまう。

 刺さった棘がまだうずいているし、毒沼の毒も消えていない。


 あの後、茶器を片付けて(メイドが)ダイニングデーブルに移動した後、話題は高田夫人とベルダンディーの悪口大会で終始していた。

 ぞっとした。悪意を嬉々として話すみんなの表情にも。

 そんな場所にいる自分にも。


 恐らく、あれが目的の茶会だったんだろうなあ…と、迂闊に毒沼に参加した自分を情けなく思った。まさか、同じ会社の他の奥様達があんな感じとは思わないじゃない?歓迎会で騙されたよ!私!!


 ただ、ベルダンディーとタマは、敦子さんが言うほどに仲が悪いようには思えなかった。

 あの二匹、共に悪戯をしてやったぜ!と言う顔で、ソファーの背の上に並んで、右往左往する人間を見て笑っているように見えたからだ。

 その後も見ていると、二匹でなかよくグルーミングしたり、窓辺で一緒になって丸くなって寝ていたんだけど??

  タマがベルダンディーを怖がってびくびくしていたら、あんな風にはしないだろう。


 敦子さんの説明もどこまで本当なのかわからない…。

 もうなんだか誰の言葉を信じていいのかわからなくなっていた。


「疲れがでたんだよ。今日も片付けとかしないでゆっくり寝ていなね」

 和也は3日も寝込んでいる私を心配しながら出社した。


 実は梨田さんが、田中家のアパートの前でそっけない態度を取った理由も、和也経由で判明したのだ。

 

 あの日、梨田さんから支社に社用車使用の申請が出された。奥さんと子供を田中家までの往復移動に使いたいと。実は社用車は、駐在員の家族も社用目的や理由がきちんと通れば利用してもOKなんだそうだ。


 知らなかったよ、そんなルール!和也!!


 で、あの日は他に利用予定がなく、また各関係会社や機関の奥様同士が集まる会なのでOKが出たらしい。それで梨田さんは子供と二人で社用車で田中家に行ったらしい。それ自体に問題はない。


 問題は…

 要は、私もそのお茶会に参加したことが、後で他の企業の参加した奥様の夫経由で支社長の耳に入ったことだったらしい。しかも嫌味を込めて、新しくきた花岡さんは徒歩でお帰りになりましたよ、と、言われたらしい。


 誰だよ、そんな余計なことを、しかも支社長に言いつけるアホは。


 で、確認したら事実だったことから問題になった。

 要は、行く場所も時刻も同じなら、私もピックアップし同乗させて、共に田中家に向かうべきであったと。今後は不慣れた花岡夫人をサポートしながら、共有で利用するようにと、梨田さんは高田支社長と牧副支社長にやんわりと叱責されたらしい。


 うわ~~~それって絶対に梨田夫人の怒りを、私、買ったよね??

 それを和也から聞いたときは、はああ~~と私は嘆息した。


 和也曰く、梨田夫人は社用車を結構自分の専属車の様に頻繁に使うことが多く、結構顰蹙をかっていたらしい。理由は小さな子供がいるから、タクシーや公共機関や徒歩での移動が過酷だからと言う理由でだ。


 まあ確かにそれはわかる気がするけどね。

 もーさー!そういう裏事情は最初に話してよ!!和也!!遅いんだよ!!

 

 てなことで熱は全然下がらない。

 疲れとストレスだな。


 一人、のっぺりとした天井を見上げながら、こういう弱っているとき、セージがいればそばに来て添い寝してくれるのになあ…と嘆息した。

 日本時間をみると午後の1時くらいかな?電話しようかな?どうしようかな?と携

帯電話とにらめっこしていると、ぴょこん!とメッセージが入った。


 動画だ。


 クリックすると、セージがいきなりアップで現れ、にゃーと鳴く。そしてゆっくり離れ、私の使っていたベットの方に行く。

 私の部屋は片付けられ、あとはベットを片付けるのみとなっているらしい。なのに、セージはベットの上に乗り、爪を立てて死守する。にゃーにゃーとどかそうとする母達に、シャー!!と威嚇までする。

 母達の笑い声が聞こえ、ひょこっと母が顔を出して言う。


「と!いうことで、夢乃のベットは暫く、お母さんとセージが使うことになりました~。セージがどうしてもここがいいって言うから。まあ、そういうことで、次に戻ってきたときもここで寝れるから安心しなさいね~」


 そういう母の後ろから、セージがにゃーにゃー鳴きながら、しっぽを立ててぐるぐるベットの上をやったぜ!と言わんばかりに回っていた。


 涙が出た。

 

 セージ…なんだよ。家ではそっけなかったのに、こんなに離れた距離にいる私の気持ちを…わかっているんじゃん!


 ありがとう。

 ありがとうセージ。

 ありがとう、お母さん、お父さん。

 ありがとう…。


 そして私はひとしきり泣いたあと、深い眠りにつくことができた。

 

 毒沼の毒も、刺さった棘も、起きた時には綺麗に消えていた。凄い浄化作用だよ。


 ありがとう、セージ。



追記:

大体1か月くらいでダウンする方多いみたいですね。疲れがどっと出るのでしょう。ここで乗り切れるかどうかで、帰国しちゃか残れるかで別れるみたいですよ。

今の時代は日本の家族とも直ぐに連絡取りあえるので、本当に心の支えになりました。ありがとう。

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