第5話 マダムとお茶会と猫 (ペルシャ猫と雑種のブチ猫)
和也の勤務するカイロ支店には、日本人駐在員が現在5家族(単身赴任もいる)駐在しているそうだ。
カイロに来て翌日に支社に挨拶に行き、その夜に支社長宅でウエルカム・パーティーというホームパーティーに招かれ、そこでほぼ全員の家族に紹介された。
支社長は奥様とお二人。カイロ生活15年のベテランだそうだ。凄い!
カイロのことならなんでも聞いてねと、いかにもマダム風の体格と自信満々の笑顔で笑う。いい人そう。
他に、副支社長が単身駐在。小学生が二人いる4人家族と、未就学児のいる3人家族と、新婚夫婦のうちの3家族で、合計5家族。
現地社員達とその家族も来ていた。
一般社員とドライバーの4家族。可愛い子供達がわちゃわちゃと挨拶してくるのがいいねえ。
女性は子供以外は全員がヒジャブ(宗教的に髪の毛とか頭を隠すスカーフみたいな物)を綺麗に巻いている。服はゆったりとしたガラベーヤとかアバヤ。シックな色からカラフル色まで様々。素敵だ。
外人でもモスクとか観光に行くときは必須なので、綺麗な巻き方覚えたいなあと思う。こういうの、聞いてもいいのかな?
とにかく結構な人数なんだけど、それが全部入る支社長宅の広さも驚き。
なんでもイギリス統治時代の歴史ある建物で、こういう古い建物はとにかく天井がバカ高くて、部屋の広さもバカ広いのが多いらしい。聞いた話では、バスルームだけでも4か所だって!
誰が掃除するの!?(あ!メイドか!!)
建物は古いけど、設備や内装は現代に合わせてバンバン改装されていているので、パソコンとか電子機器使用も問題ないらしい。
さて…一番気になっていたのは支社長のアパートの構造でも天井の高さでも広さでもない!
そう!一番気になっていたのは他の奥様達!相性とか、既に出来上がっている人間関係とか雰囲気とか一番大事よね!!
でも、皆さんとても和気藹々とされていていい感じだったので安堵した。海外駐在でよく聞く、ヒエラルキーからのマウントだの洒落にならないいじめ等は、ここでは心配しなくて良さそう!
安堵しながら、エジプトのビールのステラを飲んでびっくり!これ!日本にはない味で結構好きかも!
奥様同士の話しでは、定期的にお茶会として集まって情報交換会をしているらしいくらいで、特に強制的な集まりや行事はないとの事。
出張者の接待は、昔は各家庭でホームパーティー形式でしていたらしいが、今は少なく、ほとんどがレストランでするので楽らしい。
年に数回、現地職員を呼んで、こういうあつまりもするが、食事は持ち寄りの時もあれば、レストランに発注もあるとの事。
奥様の負担は極力排除が、ここのポリシーなんだそうだ。
素敵!
と、いう感じで無事に歓迎会が終了した。
続いて怒涛のような各所挨拶とか手続きとか歓迎会等が終り、和也が戻ってきたころに、お茶会のお誘いのメッセージがぴょこん!と入ってきた。
この間の歓迎会で紹介された、小学生家族と未就学児家族の奥様達から。
「同年代の奥様の集まりです。夢乃さんをご紹介したいので、是非いらしてください。同年代でないとできないお話を沢山いたしましょね」
同年代?同年代でしかできない話題をしよう…???
うーん…なんか含みのある言い方だなあと思いながら、OKですと、お礼を添えて返信した。
小学生家族…もとい、田中さんのお宅は「ゲジラ・スポーツクラブ」のそばのマンション…おっと!海外ではこういう集合住宅の事をマンションと言ってはいけないと高田夫人に言われたのだ。
マンションとは所謂マジ豪邸!!の事なので、「うちのマンションは~~」と言うと、赤っ恥かくらしい。ここではアパートメントかアパートと呼ぶべきなんだそうだ。
知らなかった~~。
で、そのゲジラ・スポーツクラブはその名の通り、スポーツに関する設備が全部?そろっているクラブで、サッカー、ラグビー、クリケット、バスケット、乗馬、水泳関連、陸上関連、ゴルフにスカッシュなんでもスポーツに関するものはできるらしい。凄いわ!
田中家のあるビルまでは、歩いて行ける距離だったので、日傘を刺しててれてれ歩いていたら、未就学児童家族の梨田さんが、会社のベンツから丁度降りているところにばったりした。
「こんにちわ!今日はお誘いくださってありがとうございます!」
そう普通に挨拶したんだけど、梨田夫人はなんだかバツの悪い顔をして、軽く会釈してそそくさと中に入る。
?挨拶の仕方間違えた??
今日は暑いし昼間なので心のオアシスの猫がいないので、少しどよんとしてエレベーターホールに向かう。梨田さんはもういなかった。更になんだかもやっとする。
「いらっしゃい!お待ちしていましたわ!!」
田中さんはドアをメイドに開けさせ、真っ白なレースのワンピースを翻して出迎えてくれた。
わー!眩しい!セレブマダムだわ!
同時に、玄関から真っすぐ伸びる大理石のタイルの床の先に、真っ白なペルシャ猫が寝そべっているのを見た!!
えええええ!田中さん!猫を飼っているなんて聞いていないよ!!
私は猫に視線くぎ付けになるのを必死で我慢しながら、田中さんへ手土産の近くの心のオアシスcafeのドーナツとか焼き菓子セットを手渡し、お誘いのお礼を述べて中に入った。猫はその間にどこかに行ってしまった。
あああああ~~~猫おおおお~~~!
でも、がっかりを悟られないように田中さんの後に続く。
海外の家は基本土足OKだけど、日本人宅は大概玄関先に靴を脱ぐスペースがあり、そこから先はスリッパが基本だ。可愛い花柄のスリッパは、絶対日本製だろう。海外ではあまりこういう繊細なスリッパはないから。
田中さんのお宅はペパーミントグリーンと白を基調をした家らしい。カイロでも賃貸マンションは家具に電化製品付きなので、こういうのはオーナーの趣味なんだろうけど、なんだかいいね。
因みにうちの家具は殆どIKEAだ。なのですぐに馴染んだ。
金ぴかの猫足のペパーミントグリーンのソファーセットには、既に6人程の同年代?ぽい女性達が座っていた。子供達は別室にいるらしく、どこからかきゃあきゃあと賑やかな声がする。
田中さんが率先して、紹介をしてくれる。
某商社、某メーカー、某金融機関、某建築会社、某政府外郭団体 などなど。どこかで必ず聞いた上場企業や関係団体勤務の奥様たちだ。凄い!
田中さんが指定した席に座ると、お茶会のスタートだ。
茶器はウエッジウッド揃えで、銀製品のお盆の上に菓子や果物がメイドにより運ばれてくる。
(イギリスに行った時にフルセット購入したんだって!凄いわ!!)
みんな最初は他愛ない近況報告や、恐らく私に対して配慮しての近隣やカイロのお店情報を流してくれる。
一通り話が進んだところで、私は我慢できずに田中さんに聞いた。
「敦子さん、(田中さんの奥様の名前。基本、挨拶済んだら名前呼びが基本らしい)先ほど…玄関で可愛い猫ちゃんを見たんだけど、猫を飼っているんですか?」
敦子さんは一瞬顔を曇らせた。
「ああ…ベルダンディーね…。いいえ。あの子はうちの子じゃないの。うちの子はタマよ」
タマ?ベルダンディー???
「ベルダンディーは高田支社長夫人からお預かりしているの。高田夫人は現在、イタリア旅行に行かれているでしょう?その間の2週間…」
困ったように敦子さんは言う。
「うちにはタマがいるし…タマは見かけと違い繊細なので…ほかの猫はちょっと…と、お断りしたんだけど…ベルダンディーは気にしないからって…。確かにベルダンディーは我もの顔で自由にしているけどね…」
???預かる先がお断りしているのに、猫が平気だからって訳わかんない理由で、無理やり置いていったという事??
高田夫人って…そんな傲慢な方だったのかなあ?そう見えなかったけど。
「それは…大変でしたね。タマちゃんは大丈夫なのですか?あの…その…実は私…猫好きで」
くすくすと敦子さんが笑う。
「ええ、ベルダンディーを見た時の夢乃さんのお顔でよくわかったわ。でもタマは…臆病な猫なの。ゲジラ・スポーツクラブのプールで遊んでいた時に、何かに追われてプールに逃げ込んでおぼれかけたのを、うちの主人が助けて、うちの子になったの。 その時のトラウマか…家族以外には慣れなくてね」
敦子さんは、可愛いふっくらとしたブチ猫の写真を見せてくれた。確かに振り向く背中がどこかおどおどしている。
「可愛い~~ブチちゃんなんですね。ありがとうございます」
それにしても1猫にいろんな1ドラマがあるんだなあとしみじみした。
名前が呼ばれたせいか?ベルダンディーが優雅な足取りでリビングに現れると、金色の瞳で全員を一瞥し、ふん!と言う感じでベランダに向けておかれているソファーに行き、優雅に寝そべった。
うわー!本当にここで飼われている猫みたいに堂々としている。タマちゃんはどこか別の部屋で、びくびくしているんだろうに…なんだか理不尽だなあと思いながら、チーズケーキを頬張る。
美味しい!
「わあ!このケーキ美味しいですね!どちらのお店のケーキですか?」
不意にみんなの視線が意味深に交差する。なんだ?私、地雷踏んだ??ケーキで??
すると、今まで何もしゃべらなかった梨田さんが、口元をふっと緩ませて笑って言った。
「そのケーキは手作りですよ。私の。私、名古屋では製菓会社で企画開発を担当していましたので…ケーキ作りもそれなりなんですの。
花岡さんはご存じないのかと思いますけど、こちらでは普通、こういう会に招かれましたら、自信のある手作りのお菓子を持参するか、もしくは高級店やホテルのお菓子を持参するのがマナーなのよ?」
すっと冷たい棘が胸に刺さった。
それって?つまり?私が持参した手土産は不合格ってこと?
ちらりとテーブルの上をみると、私のお菓子は隅の方に申し訳程度に置かれている。もちろん誰も手を付けていない。奥様達は「ねえ…」と言いながらくすくす笑う。
え!?そういう事!?
私は嫌な汗をどっ!と出た気がした。恥ずかしさでくらくらする。
「あの…その…失礼しました。まだそういう事に不慣れで知識がなくて…」
「よくお勉強して、次回はお気をつけてね。でないと…同じ会社の私達が恥をかきますから」
梨田さんの言葉に、他の人達がまたくすくす笑う。
私は思いがけない言葉の洗礼に身を固くした。その様子を見て更にみんながまたくすくす笑う。言いたいことあるなら言ってくれればいいのに!理不尽な怒りがこみあげ、急にその場が色のない毒の沼の様に見えた。
帰りたい…。
「ニャ―――!!にゃにゃにゃ!!」
突然、ベルダンディーが一声高く鳴くと、ぴょん!とソファーから降りて何かを追うように走って行った。
子供達が歓声をあげて「ベル―!」「ベルちゃーん!」と呼ぶ声、笑う声、と、それに答えるような猫の甘える声が複数聞こえて来た。
複数の猫の声??
すると今度は、ダダダダ!!と複数の猫の走る音と共に、タマに追いかけられたベルダンディーが派手にジャンプし、テーブルの上にダ――ン!!と乗ると、タマもダーンと乗り、瞬間!一緒に茶器を踏み荒らしてまき散らし、マダム達の凄まじい悲鳴を残して、2匹で嵐のように去って行った。
私は阿鼻叫喚の中、カップをソーサーを持ったまま猫達を目線で追う。2匹はいつの間に、さっきまでベルダンディーがいたソファーの背の上に並んで立ち、にやっと笑ったような気がした。
え?え?どういうこと??
もしかして、嫌な空気を察知して二匹で毒沼を破壊してくれたの??
ええええ!?
やるじゃん!ベルダンディー!タマ!!
追記:
赴任して最初の頃はお客様扱いですが、段々と…笑。こちらも生活や気候や習慣や人間関係がみえてくると…色々とね…笑。
不思議な事に、こんなふうに空気が悪くなると、それを壊すかのように、だだだだだ!と走り回って、お茶会邪魔する猫ちやんがいました・笑
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