第4話 ザマレックのミントと猫 (すすけた白猫)


「つまんない」


 カイロにきて早、2週間。怒涛のようにあっちこっちに挨拶挨拶、手続き手続き、歓迎パーティーパーティ、レストランで食事会、食事会。

 その間に荷解き、片付け片付け。買い物行くにも簡単にはいかないので、場所確認、買い方(道端で売っている売り子もいるし)、食材一つにしても全く違うので、その使い方や買い方や。

 マジ忙しくて猫の事も考えられなかったくらいだ。


 だが、和也がイギリスへ出張に行ってしまうと、途端に暇になった。つまりは和也主体で自分は動いていたんだなあ、自分のお付き合い能力ではなかったんだなあと実感する。


 でもちょうどいいかも。とにかく日本と全く違う、ここの気候と暑さと、メイドのある生活に慣れるのでいっぱいいっぱいだったので、少し休憩だ。

 

 そう。ここではメイドやドライバーがいる生活が当たり前なんだそうだ!メイドだよ!?ドライバーだよ!?

 びっくりだよ!どんなセレブなのよ!!(世界にはそういう世界がまだ沢山普通にある)


 まあドライバーは会社専属のドライバーさんに頼むので、うち専属で雇っているわけではないらしい。

 そこら辺のシステムもいまいちわからないのが難点。


 でも、エジプトではメイドのいる生活は当たり前らしく、どの家庭でも1人は最低でも通いでいるらしい。中には同居してるメイドってのもあるらしいが、それは勘弁してもらいたいと夢乃は思う。


 ヤシラと言う体の大きないつもニコニコしてるメイドは、前任者からずっと雇っているメイドだそうで、掃除、洗濯、買い物、料理、何でもしてくれるらしい。

 凄い。


 家事の殆どを彼女がしてしまうので、夢乃はさらに暇なのだ。

 まあ、料理は自分でするけどね。

 だって、最初に彼女が作った朝食は、なんと!鳥の丸焼きだったのだ。

 美味しいけど、、朝から鳥の丸焼きは無理だよー!


 そのヤシラは洗濯物を洗濯機(何故か日本のメーカー)で洗って、ドライルームにしている空き部屋に干している。

 流石砂漠の国なので、部屋干しでも早い時は半日で乾いてしまう。外には干さないんだそうだ。砂埃とか埃とかあんまり良くないので室内で干すのが一般的らしい。もちろん大型の乾燥機もあるけど、ヤシラはあまり使わないらしい。

 

 因みに自分の下着類は自分で洗濯機で洗うようにしている。他人に下着を洗われるのが、単に抵抗があるだけなので。和也は気にしていないようだけどね。


 和也は私より先にこっちに来ていたけど、1か月の差は大きい。すっかりここで長く暮らしている日本人だ。英語の会話もアラビア語を少し混ぜた会話も板についている。日本にいた和也とは大違いで、そのギャップにも焦りがでて不安になる。


 と、言う事でいろんなカルチャーショックだらけで、それだけでもなんかへとへとだ。


 でも家に閉じこもってると、鬱々してきてしまうので、1ブロック先にあるカフェにでも行ってこようと思う。この国のお菓子は滅茶苦茶甘くてカラフルでびっくり!!なんだけど、そのcafeのお菓子は甘さ控えめで(この国では)静かでのんびりできる、夢乃の心のオアシスの一つだった。

 ナイル河を渡った先のモハンデシーンには、今風のオシャレなお店も多いらしいけど、まだまだそこまで範囲を伸ばせる余裕のない夢乃だった。


 夢乃は出かける準備をすると(帽子か日傘に日焼け防止グッズにサングラスは必須)、ヤシラに出かけてくるねと伝えてマンションを出た。ヤシラはニコニコしながら、エレベーターホールまで見送ってくれる。

 

 ここのマンションのエレベーターは日本でもよくある今風?のだけど、あちこち訪れた他のお宅のあるマンションのエレベーターは、檻みたいなドアを手動式で閉めて、ボタンを押すと上下するという、古いタイプもまだまだ多いらしい。

 それはそれでレトロで面白いので全然気にしないけどね。


 1Fはエントランスフロアで、バーブ―というビル専属のボーイさんが大勢椅子に座ってのんびりしている。彼らはポーターとかドアボーイとかそんな感じことを色々してくれる。

 凄く愛想がいいので、おはよう!と挨拶を日本語でしてきてくれる。


 外にでると、朝なのにもう濃厚な暑さがまとわりついてくる。これでも散歩しやすい感じ。歩道を歩いていると、あちこち猫がだらんと寝ているのが目に入る。


 ホント、この国は猫天国だと思う。

 ただ暑いから、こういう涼しい時間帯にしかみかけないんだけどね。


 少しかがんで、ちちちちちと呼ぶ。白猫だけど、埃や砂で少しすすけた猫だ。そしてやはりスレンダーな猫。暑い国の猫だからなのかなあ?あまり太った猫はみかけないのが不思議。

 

 白猫は片目を開けて私を見る。青い目だ。綺麗だなあ。そしてふんふんと私の指の匂いを嗅いで、なーんだと言わんばかりに目を閉じる。

 

 ごめん、食べるものとか何もないんだよ。

 そして「野良猫は触るな厳禁!」と、言われているので触れないのが残念。


 自分的には触るの抵抗ないんだけど、和也も和也の会社の人達やその家族や知り合いも全員、まだこちらに慣れていない夢乃は不用意にケガとか害虫とかもらわないように気を付けた方がいいという。

 

 私にはこの国のいろんな免疫がないからだそうだ。

 それはわかる。

 

 だってこの国に来るために受けた予防接種の数々だけでもそれが推し量れる。環境も気候も全く違うのだから、当たり前だ。


 頭を撫でたいのをぐっと我慢して、青い目をみたくてさらに声をかける。


「にゃーにゃー、にゃにゃ、おーい、にゃーにゃー」

 

 猫はまた青い目を開けた。

 やった!と、思った途端に、猫はぱっ!と起き上がると、立ち上がりするりと建物の陰に入り見えなくなった。


 えええええ~~~まだじっくり見ていないのにいい!!


 がっかりして立ち上がろうとした時、背後に気配を感じて仰天して後ろにひっくり返りそうになった。

 背後には何か草の束を抱えた、道端で野菜や果物や小さな花束なんかを売っている売り子の子供達が数人ニコニコしながら立っていた。


 び!!びっくりした!!


 こういう売り子の子達にも未だに慣れない。結構しつこくてまとわりついてくるので、何度か言い値で買ってしまい、和也にこっぴどく怒られたことがあるのでトラウマなのだ。

 

 ぼったくられたというのもあるけど、1人日本人がその値段で買うと、以降、他の日本人にもその値段で売られるので、要は他の人達にも迷惑が掛かるので不用意な行動はするなと言う事なのだ。

 コミュニティー狭いから一人の日本人の行動が、全体の日本人の迷惑にもつながると言う恐ろしい構造。そこもカルチャーショックの一つだけどね。

 

 売り子達はニコニコしながら(子供は万国共通で可愛いから油断しちゃうんだよね~~)青い草の束を差し出す。


「にゃーにゃー」「なーなー」


 ?猫の鳴きまね??ああ、私がさっきしていたから?

 それにしてもなんでこの草を私に買えと差し出すの???


「にゃーにゃー???」

「なーなー!!」

 猫の鳴き真似で彼女達は嬉しそうだ。


 なんだろう?この草…もしかしてキャットニップとか猫の好きな草??猫を飼っていると思われている??

 なんだか少し気分がよくなり、まあいいかと1束買おうとした。


「ビカム?(幾ら?)」と聞くと

「ハムサ!」と、手を5に指を広げる。


 5ポンドね。てーことは~~2ポンドか1本でいいのかな?

 

 そう考えながら、小銭を探して1ポンドを3枚出すと(3人いたので)、一番大きな子が、さっ!と手のひらから奪うようにお金を取り、その青い草の束を4束押し付けてきた。


 え?こんなにいらないんだけど??


 そう思う間もなく、その子達は別のターゲットのタンクトップにホットパンツで顔を真っ赤にして歩いている、欧米人ぽい女性の所に駆けて行ってしまった。

 欧米人女性は更に顔を真っ赤にして、あっちに行け!!としつこく纏わりつく彼女達を追い払っている。


 ‥‥とりあえず…cafeに行くか…


 白猫はもうどこにも姿はなく、もう日が昇り始めて熱くなってきたので、きっと夕方にならないと出てこないだろう。がっかり。

 よく見れば、そこかしこにいた他の猫達ももういない。カイロの涼しい朝の時間は短いのだ。

 どこからか流れてくるコーランの声を聞きながら、私はcafeに向かった。


 因みに、この草はミントで、どうも「にゃーにゃー」という私の発音が、アラビア語のミントの発音に似ているんだそうだ。


 つまり、私は猫相手に「ミント~ミントミント~~」と言っていたことになる。

 アホだ。


 そして…この道端売りのミントは1束1ポンドもしないそうで…またカモられたな!と和也にTV通話越しに、滅茶苦茶怒られた。

 

 なんで和也がミントの値段を知っているんだよ!そしてそんなに怒るんだよ!と、こちらもイライラして、ミントで盛大なネット夫婦喧嘩をしたのだった。


 ちえっ!


 あーあー!やっぱりこういう時に猫がいれば、くさくさしなくて済むのになあ!!



追記:

あちこちに転がっている猫が心の支え?だった時期です・笑 ミントの話しは実は数回やらかしています・笑

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