第3話 カイロ空港の猫 (白黒猫いっぱい)
パリからエジプトの首都カイロの空港まで飛行機で約5時間弱。窓から外を見ていると、パリの街並みから田園風景、そして地中海が見えて砂漠になった。
その砂漠のど真ん中に大きな川と緑と砂漠の色と同じ街並みがパッチワークのように見えてきた。
「カイロシティだよ。あの川がナイル川。あそこの島が俺達が住むザマレック、あそこがオフィスのあるモハンデシーン、それとマーディー。あれがピラミッド、その傍にあるのがスフィンクス、あそこが空港」
先に赴任していた花岡和也は熱心に教えてくれるが、さっぱりわからない。
ナイル川とかはわかるが、ピラミッド?スフィンクス??あの小さいのが?花岡夢乃はまさかとくすりと笑う。
「それにしても、凄い暑そう~~」
つぶやく夢乃に、和也が笑って言う。
「人生で感じたことのない暑さだよ」
「飛行機の中にいても、なんかじりじり暑く感じない?」
「暑いからねえ」
和也は肩を竦めて、シートベルトサインが消えると同時に立ち上がり荷物を下ろした。
確かに暑い。
空港内は冷房がガンガンに効いているのに、どこからかじわじわとした暑さが忍び寄ってくるような熱気を感じる。外に出たら一瞬で水分蒸発しそう。
入国審査も淡々と進み、バケージレーンに行くと既に荷物はカートの上に積み上げらていて、知らない男性がカートの傍に立っていた。
「うちの会社と契約しているエージェントだよ。ハサン!サバヘルーノ!」
和也とハサンはがしっ!と抱擁しあう。そんな行動をする和也にも驚いたけど、そういうエージェントポイ人があちこちいるのにも驚いた。ここは日本ではないんだと夢乃は今更ながら緊張してきた。
税関をエージェントの交渉で無事に通り、ゲートの外にでると、物凄い数の人々がいてその熱量に夢乃は更に驚く。
驚くことは更に続き、その人々の群れから数人の日本人とエジプト人の男女が出てきて、グラジオラスと極楽鳥花とバラの大きな花束を手渡してきた。
「マブルーク!!ご結婚おめでとうございます!」
「ようこそカイロへ!」
和也の勤務先の同僚の人達で、わざわざ出迎えにきてくれたらしい。花束を渡されると同時に、周囲の関係ない人たちが何か言い、それにエジプト人の同僚が返事を返すと、いきなり拍手とマブルークと叫び出し、しかもヤンラヤンラと踊り出す人までいる。
余りの事にぽかんとしていると、和也が耳打ちする。
「俺達の結婚をお祝いしてくれてるんだよ」
「え?ここの出迎えの人達全員知り合いなの?」
夢乃の言葉に和也達が大きく笑う。
「知らない人達だけど。お祝いとかお祭り的な事が大好きなんだよ」
な!と、みんなが笑うが、夢乃は曖昧に笑うしかできなかった。さっぱりわからない。
自分だけが現状を理解していないことに、夢乃は酷く不安になり苛立った。
でも和也はそんな気持ちに気づかず、周囲に手をふり「サンキュー!」と返すと、ニコニコ上機嫌で外に出た。
外は案の定すさまじいほどの熱気がむわっと押し寄せる。息もできないくらいの厚さに夢乃はくらくらした。
すぐに大きなベンツが横付けされたが、そのベンツはリボンと花で飾られている。
「これ何?」
不思議そうに言う夢乃に、みんなが
「ウエディングカーですよ!」
「新婚さんだから!」
「私達で飾ったの!」
そう言われると、なんだか嬉しい。夢乃はありがとうございますと素直に頭を下げて笑った。みんな嬉しそうに満足そうに笑う。
どんどん荷物が詰め込まれていく。夢乃は所在なさげに車の乗りこむと、和也も同僚の人達もアラビア語と英語で何か笑いながら話しながら、荷物を詰め込む様子をただ見ていた。
視線を窓の外に彷徨わせると、駐車場の柱の陰に白黒の猫が、べったり寝そべっているのが見えた。
死んでいるのかと不安に思ってみていると、ガラベーヤという民族衣装を着た男性が傍により、よしよしと頭をなでると、にゃーと起き上がって彼について行ってしまった。
「猫が空港にいるのって不思議ね?」
車に乗り込んできた和也に言うと、彼は事も無げに言う。
「エジプトでは猫は神様だから大事にされているんだよ。だからどこにでもいるよ。夢乃は猫好きだからきっとここが好きになるよ」
「猫が神様??」
和也はネット検索して「バステト」という黒い猫の置物の写真を見せた。
「古代エジプトでは猫は神様としてされていたんだよ。ネコの女神のバステトだね。バステトは下エジプトのブバスティスを中心に信仰されていらしいよ。
太陽神ラーの化身である聖なるネコのマウで、邪悪な蛇アポピスを殺して朝を毎日迎えさているとか、猫はネズミから穀物を守るから豊穣の神とか色々言われているらしいよ。博物館にも沢山飾られているよ」
「へえ…」
と、言いつつも和也の説明はさっぱりわからない。猫の神様は心惹かれるけど、名前がまず覚えられない。マンションに着いたらネットで知らべてみよう。
窓から見ていると、いつの間にか猫の数が増え、白黒のスリムな猫達がじゃれあっていて可愛らしかった。
親子かな?それとも群れ?なのかな??
でも誰も猫達を邪険にはしないで、通り過ぎるか、目を細めてみるだけだ。和也の言うとうりに、猫が愛されている国らしい。
猫は通りすがりの男性から何かパンみたいなのを貰うと、がつがつと食べ始め、満足してまた寝転ぶ。自由でいいなあと夢乃は思う。
そして車が走り出し、猫達はあっという間に見えなくなった。なんだか少し寂しい。
窓の外には見たこともない風景が連なり、高速道路のような道に入ると、一気に車は加速していく。ふと見ると、なんだか周囲の車が傍に来て、ぱーぱークラクションを鳴らし、更に窓を開けて何か叫んでいく。
それも1台や2台ではない。
「どうしたの?まさかアジア人だから煽られてるの?」
恐々言う夢乃にみんなが、ゲラゲラ笑う。
「違いますよ!あれはエジプト式のお祝いなんですよ」
あのクラクションの鳴らし方は、おめでとう!!なんです。すると運転手がにやにや笑いながら、同じようにパパパパパー!!と何回か鳴らす。するとら同じように周囲の車も返す。
「面白いですね。なんだか素敵」
夢乃はクラクションを鳴らして手を振る運転手に、窓から手を振ると、またクラクションを鳴らして車達が寄ってくる。
エンドレスだ!
夢乃はおかしそうに笑う。
ふと、通り過ぎたビルのベランダに大きな猫がいた気がした。振り返ったがもうわからない。
「猫…飼いたいな」
そうふと呟く夢乃の声は、運転手達と話す和也の耳には届かなかった。
追記:
初めての空港では緊張のあまりあんまり記憶がありません。(;^_^A
思い返せば物凄い歓待をうけたのに、写真を見返すと疲れた顔で緊張していて、もう少し嬉しい顔しろよ!ですね。お出迎えに来てくださった皆様、本当にありがとうございました。
そして空港に猫が寝ている光景は衝撃的でした。
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