第7話 ヒカリ、ココニ

 今までの流れを全て、フラットに干渉する白獅子男が小さなガラスドームから真顔で覗いていた。


「ふむ…。そろそろ、メをカイカさせましょうか」



 彼が指を鳴らすと、ガラスドームの中に映る、デ・ロワーの中庭に持ってきていたバイクにまたがりながら睡眠中のフラットの中に、光る何かが鼓動を打ち始めた。




 ♢♢♢いつもの世界線♢♢♢


「ふわぁ~…。あれ、昼寝しちゃってた。ここの中庭、気持ちいいなぁ~」


 持ってきたバイクに座ったまま、寝ちゃってるんだもん。それくらい、寝心地が良いって、羨ましいよ。こんな場所に、毎日いられるってさ。


 『キーンコーンカーンコーン』


「え、時間⁉︎ やっばい、怒られる~っ!」


 チャイムの音は、昼休憩の終わりを告げるもの。

 と、いうことは再業の時間は過ぎちゃってるってこと。寝坊なんてしたことないのに、こりゃ嵐の前触れかな。

 とりあえずオフィスに向かわないと。




 ~デ・ロワーファイター課オフィス~


「すみません! 今来ました!」

「入って早々にこれか。気をつけてくれよ、ファイターは特に時間に気配りが必要なんだ」

「良いじゃねぇか。まだ入ったばっかなんだしよ」

「…そういうのを、甘いって言うんじゃないっすか」

「珍しいね、エドが口を挟むなんて」

「別に…俺の勝手っす」


 うんうん、いい感じだね。これで、ちょっとずつでも明るくなってくれると良いけど。


「あ、そうだ。フラットくんにファイターについて詳しく教えないといけないね。まあ、まずは給料から」


 ペーターさんは、キャスター付きのモニターを引っ張って、給料手当についての立体映像を僕に見せた。

 その金額に、思わず僕は目を何度も瞬かせたり、擦ったりした。だけど、何も変わらない。

 いやでも、それくらいの金額だよ⁉︎ だって0が4つ並んでんだもん!


「やっぱり驚くよね。基本給料は時給980オズ(お金の単位)だけど、それに加えて特別支給手当で420オズ。これが1時間に貰える通常の手当だね」

「通常⁉︎ 今のでですか⁉︎」


 その言い方だと、他の手当もあるよね⁉︎ そんなに多く貰っちゃってもいいのかな…。


「残りは、戦闘手当と、特別戦闘時等手当かな。警戒レベルの脅威、もしくは事件であれば30000オズ、特越警戒レベルの脅威や事件であれば50000オズだ」

「そ、そんなに…」

「命懸けの仕事だからな、そのくらいの手当なしじゃやってられないぜ?」


 あ、あぁ、そういうことか。でも、ナックルさんにそう言われても、ただのキレイゴトにしか聞こえない不思議。

 絶対お金を第一に思ってそう。ナックルさん、僕が管理してないと財産しまくるし。


『ペーター様、大変ですわ!』

「えっ、この声ってバジーだよね⁉︎」


 浅草大学の美人理系教授の声が、なんでこのオフィスに響いてるの⁉︎ もしかして、関係者…とかかな? でも、教授が副業を? 良いのかな、それって。

 でも、あのお淑やかな声と口調は間違いないし、ファイター企業って目立つしかないし、やっぱり良いってことなのかな?


「あぁ、バジーはこのファイター課の、いわゆるサポーターだよ。試作品を使わせてもらっているんだ。まあ、プラスして…『脅威の発生』の報告も担当してもらっている」

「じゃあ…まさか⁉︎」

「そのまさかですわ。花やしき公園で“脅威の口”が出現致しました。出撃をお願い致しますわ!」


 花やしき公園って、今日は休日…。あそこは子供からお年寄りまで、たくさんの人が賑わう場所だ。でも、ここからなら僕のバイクで1分もかからない。

 しかも休日ってなると、1秒を争う! すぐにでも行かないと!


「ナックルさん、行こう!」

「あぁ。だが、作戦はどうするよ? 敵の殲滅を優先するか、それとも人命救助が先か…? って、ん⁉︎ フラットのやつ、どこ行った⁉︎」

「さっき、すごい勢いで出てったよ?」

「ちょ、ラン! それなら止めろよ!」

「止める必要なんてあるの? 私は、フラットくんが正しいと思ってる。作戦会議なんかで時間を潰すよりも、今は1秒でも早く現場へ向かうべきでしょ。敵は、ただでさえ人が多い花やしき公園。作戦会議してる間にも、大勢の人が襲われるだろうねぇ」



 そのランの言葉で、隊長であるはずのナックルは言葉を失った。たしかに、作戦会議も重要だが、それよりも大事なことに目を向けられていなかった。

 しかし、フラットはそれに気づいて、咄嗟に飛び出している。どちらが正しいか、そんなのは比べられない。それでも、人を救うはずのファイターが、のんびりして良いわけがない。

 そう考えを巡らせたナックルは、フラットを追うようにオフィスから出ていった。


「…俺はカメラでもやるっすよ」

「え…もしかして、現場に行くの? エドくんが?」

「何か悪いっすか」

「いや、俺も驚いたよ。エドが現場に行こうとするなんて」



 今までなら、エドは出撃の間はオフィスで戦闘映像をただ眺めているだけだった。そんな彼が、現場に行くと言うのだ、驚くのも無理はない。


「分かったよ、はいこれ。でもいい⁉︎ それ、すっごい高いんだからね! 壊さないでよ?」

「ランの私物を改造したものだからね。壊したらキッツイお仕置きだろう」

「壊すわけないっすよ。それじゃあ…行ってきますっす」



 カメラとそのカメラ専用の三脚を、それぞれ縮小化させて持ち、エドも続いて出て行った。

 その後ろ姿に、オフィスに残った2人は思わず微笑んだ。まさかあのエドが、現場に行くと言い出すなんて、思いもしていなかったから。

 しかし、笑っているだけというわけにもいかない。ランはドローンカメラの遠隔操作を、ペーターは遠隔でファイターである2人に指示を出さなければならない。

 そのため、彼らはエドが出て行くのを微笑んで見送ると、すぐに持ち場についた。飛び出した彼の勇姿に負けないように。

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