第6話 下手の横好き

 目覚まし時計が鳴るよりも前に僕は目を覚まして、保存用食料庫に仕舞っておいたお手製辛味フランクを取り出し、ナックルさんを起こすことなく、

オフィスへ一直線に向かった。


「おはようございます! あの、エドいますか?」

「ん、あぁおはよう。朝から元気だね。エドならまだ来てないけど、それより手続きやらせてもらっても良いかい?」

「あ、そうだった。結局やってないんだっけ」


 昨日は食事で手続きは手付かずになっていたんだ。エドが来るまで待つことになるし、ちょうど良いや。


「じゃあ、手続きお願いします」

「うん。今手続き申請のデータを送るから待っててね」

「あれ、僕の番号教えましたっけ?」

「その必要はないよ。ファイターレベルの手続き申請は、厳重にロックされていて、なおかつ世界中の誰にでも発信できるんだ。だから課長権限でもあるんだけどね」


 え、スパムとかできるってことだよね。まあ、課長くらいの人にしか任せられない仕事ってことだし、するわけがないか。


「あ、来ました。で…あれ? 名前を入力するだけ?」

「そうだよ。きみはいわゆる“隠れファイター”だからね。ファイターに関するデータはスキップで良いだろう」

「か、隠れ…」


 違法ファイターのことを隠れと言うってのは知っているけど、こんなあっさり言われるとかえってショックだな。

 まあ、隠れの中でも暴力行為(性的なものも含めて)をするのは“ヴァイス”と呼ばれて、ファイター関連法に基づいて、ファイター関連捜査部の警察が取り押さえるんだ。僕が見てる動画の人、そのファイター関連捜査部の警部さんだし。


「よし、入力できた」

「まだあるよ。150項目くらいあるから」

「えぇっ⁉︎」

「冗談だよ。じゃあ送信ってところ押してくれ」

「もう、本気にしたじゃないですか。はい、送信しました」

「うん。これでフラットくんは正式にデ・ロワーのファイターになったよ。あと、きみが隠れで良かった。そういう子を探してたんだよ」


 え、「隠れで良かった」って言われてもなぁ。デ・ロワーの名前を勝手に使ってたわけだし、なんとも言えないんだけど。


「それと、デ・ロワーの掲示板できみの嘘は誤魔化しておいたからね」

「えっ、何もそこまで…」

「良いんだよ、きみみたいな面白い子を見つけられたんだ。そのお礼だよ」

「…僕は、別に面白くなんか…」


 僕は凄くなんかない。面白くもない。いつも、誰かの真似をしているだけ。

 だから、僕は…。


「…どもっす」

「あ、エド! おはよう、作ってきたんだ、僕の手作り!」

「才能の自慢っすか?」

「ううん。ちょっと厨房きて!」

「え、ちょ⁉︎」


 自動扉を通ったから、入社したはずになったはずだし、僕は鞄を持ったままのエドを無理矢理厨房に引っ張った。

 そして、アナログ式のコンロの前に立ち並んだ。


「じゃあ、僕の料理見てて」

「何の真似っすか? 俺に自慢したいなら帰るっす」

「違くて。僕って、レシピなしじゃ料理できないんだ。1から作ることはできても、0からは作れなくて。まだ作ったことのない料理となると…。だから見てほしいんだ。僕に才能がないってこと」


 そう言って、僕はタマネギ、キャベツ、ニンジン、モヤシ、豚肉を取り出して、それぞれ適当なサイズに切った。

 豚肉から炒めて、キャベツは水の中につけて煮込み、他の野菜は沸騰したお湯に入れた。

 そして、柔らかくなった野菜を豚肉を炒めているフライパンに入れ、あとは思いつきで色んな調味料を入れた。

 そう、僕が苦手なのは調味料。それぞれがどんな効果を発揮するのかが分からない。つまり、僕が作れない料理はレシピがない料理。そう、“家庭の味”ってやつ。


「うわっ…なんか甘いような酸っぱいような、辛いような…なんすかこれ?」

「野菜炒め…のつもり」

「これが…野菜炒めっすか? そういうの作れないのに、フランク作れるのが意味不明っすよ」

「レシピがあるからね。ないものは作れないんだ」


 僕は猿真似しかできない。これが、僕の精一杯。戦闘も、料理も、全部真似ごと。

 才能なんてお飾りは不要。見栄っ張りにしかなんないんだもん。


「あのさ。昨日は怒らせてごめん。エドのこと、何も知らないくせに生意気言っちゃって」

「…別に気にしてないっす。ていうか、これどうするんすか?」

「食べて良いよ」

「食うわけないっすよ!」

「それもそうだよね」


 僕は、下手だけど好きだからやっている。それを自分自身で分かっている。だから気にしないんだ。気にしてたら、何にも生まれないから。


「エド、よかったら料理教えてくれないかな? 家庭的なの」

「…お断りっす。これ以上は近づきたくないっすもん」

「だよね~。でも、付き合ってくれてありがと。でさ、エドにだって才能あるじゃん」

「えっ…ないっすよ、俺なんかに」


 そう悲観的になってるから分からないんだよ。僕は分かってる、エドにしかない、たった1つの才能。


「エドはいいやつだよ。話をちゃんと聞いてくれるし、答えてくれる。それができるだけで、充分才能だよ」

「そんなの、誰にだってできるじゃないっすか」

「うん。でも、僕だってそうじゃない? レシピさえあれば、並大抵の料理ができる人は真似できる。オンリーワンの才能って、きっとないんじゃないかな」


 そんな才能を持たないから、人って夢を見るんだと思う。自分にしかない“才能”を追い求めて、夢を追う。

 夢を追わない人は、ありきたりな才能を自分のものだと錯覚しているか、生きていることを忘れているだけ。

 才能は、褒められれば光ってく。そして、その人だけの“個性”になる。僕はそう思うんだ。


「…そういう考えを持てるの、羨ましいっすよ」

「大学のレポートで書かされたからね、ニシシ」

「ずるいっすよ、それは。でも…ちょっとだけっすけど、嬉しいっす」

「そう? じゃ、これ自己責任で持って帰るよ」

「ぜひそうしといてくださいっす」


 じゃあ、厨房のタッパーを拝借してと。これで持ち帰れる。それじゃあ、オフィスに戻るかな。

 ちょっとずつでも、エドのことを知れればそれで良い。仲良しごっこなんかじゃないからね。下手なりに頑張ってるだけだから。僕の追い求めて掴んだ個性は、誰かの才能を引き出すこと。それだけなんだ。

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