第4話 仲間ができたよ

 戦闘が終わって、ナックルさんと僕とでカメラをデ・ロワー総合ビルまで運ぶことになった。

 で、今はそのビルの27階にあるオフィスに来ている。


「話があるから、そこのソファに腰掛けて待っててね」

「はぁ…。これでも食べてよ」


 2階建て造りの、典型的なオフィス。その2階にある休憩スペースにあるソファに腰をかけた。近くに置かれている観葉植物を眺めながら待つことにしたけど、待てども待てども全然呼ばれないし誰も来ない。

 お腹空いたし、道中のコンビニ、マイマートで買った辛味チキンでも食べてよっと。うん、スパイスが効いてるし、チリが美味しい。

 にしても、こんなに暇なら、ゲームしたって怒られないよね。昨日中断したまんまだし、クリアしちゃおっと。


「よいしょ…。あ、間違って立体映像つけちゃった!」

『ふんふふ~ん♪ あれ? きみ、何してるの?』


 立体映像をオフにすることに夢中になっていると、短い金色の髪をした、白い半袖に緑のスカートを履いた女の子が声をかけてきた。


「あ、分かった! きみでしょ、デ・ロワーの名前を勝手に使った違法ファイターって!」

「うぐ」


 もう有名人だよ。どうしよ、逃げちゃおうかな。ナックルさんから説教受ける時点で屈辱だし。


「まあ良いよ。あの戦闘、凄かったからさ」

「え、凄かった? いつも通りにやったんだけど」

「えぇ⁉︎ あれがいつも通りなの⁉︎」

「う、うん…」


 かなり積極的に話してくるな。まあ話し相手ができて、暇じゃなくなったから助かるんだけど。


「通りで、あのペーターさんが必死にきみの動画を見てるわけだよ。あ、そうだ! 先輩になるであろう私がジュースを奢ってあげよう!」

「へ⁉︎ い、いいですよ! 悪いですし」

「気にしない、気にしない。そうだなぁ…じゃあ、これ! 春といえば、やっぱりこれでしょ」


 立体映像を眺めながら、その人はお金を入れずに緑色のラベルをしたジュースを選んだ。

 でも、あれなんなんだろ? 見たことないジュースだけど。 てか、社員無料だったんかい。奢りじゃないじゃん、それ。


「はい、ジュース」

「あ、ありがとうございます…。グリーンサイダー?」


 変な名前だけど、飲まないわけにはいかないよね。見た目はなんか、メロンサイダーより濃い感じだけど。


「いただきます…」

「感想お願い。私の案で通った“緑茶のサイダー”だからさ」

「ブフェエ~っ⁉︎ 緑茶ぁっ⁉︎」


 な、なんてものを飲ませてんだよ⁉︎ ていうか、「私の案」って何⁉︎ もしかして、ジュースも作ってるの⁉︎


「アッハハハハ! やっぱりダメかぁ。ユニークかつ美味しいと思ったんだけどな」

「いや、味わってないけどさ。緑茶サイダーって聞いたら飲む気失せたというか…」

「あぁ~…そういうことね。じゃあ、今のなし! ほら、飲んだ飲んだ!」

「も、もう飲む気ないって…? あの、服に糸くずついてる」

「あ、ありがと。ウフフ、きみって結構お節介なんだ。わざわざ取ってくれるなんて」

「お節介…か」


 良い人なんだけど、積極的すぎて困る。でも、こういう人がいてくれると、安心できる。

 なんでだろ、こんな人をずっと望んでた気がする。ずっと昔から、僕は…。


『ちょっと、何の騒ぎだい? フラットくんの動画見てるから静かにするよう言っただろ』


 階段から、僕を休憩スペースに案内した男の人の声がした。口調的に、この人の先輩か上司だとは思うんだけど。


「ごめんなさい、ペーターさん。ちょっと後輩がどんな子か気になっちゃって。でも、合格ですよ!」

「ん? 合格…?」

『そうか。じゃあ、降りてきてくれ。手続きに移るから』

「え?」

「ほら、行くよ」


 僕は話についていけぬまま、女の子に手を引かれて、1階のオフィスへ導かれた。

 そこには、ナックルさんと、僕を案内したメガネをかけている金髪男性と、見たことないヒョウ獣人男が座っていた。


「じゃあ、自己紹介していこうか。ちょうど良い、“ラン”から頼むよ」

「はぁい! 私はデ・ロワーファイター課カメラ映像係、ラン・エイビス! ちなみに、研修係でもあるからよろしくね」

「かなり積極的だっただろ? 相手するのも疲れると思うが、頑張ってくれ」


 あぁ~、だから合格とか言ってたのか。にしても、困るほどに積極的なのは気疲れするんだけど。

 まあ良いか、ナックルさんを四六時中相手にしてたんだから、それに比べたら五十歩百歩か。


「フラット、何考えてるか分かってるぜ」

「げっ。ナックルさんは自己紹介良いよ、結構知ってるし」

「だそうだが、俺はスキップでいいか?」

「まあ…デ・ロワーファイター課の隊長ってくらいは言ったほうがいいんじゃないか?」

「お前が言ったから、もう言うことなしだぜ」


 たしかに。じゃあ、残りはヒョウ型獣人の男の人だけど…。なんか、見るからに寡黙だよなぁ。

 仕方ない、僕から声かけるか。


「えっと、よろしくお願いします」

「…ふん」


 あれ、目つき変わった? 一瞬だったけど、そっぽ向く前に驚いたような目をしたし。

 もしかして、根っからの寡黙じゃないのかも。


「エド、自己紹介くらいはしてやれ。困ってるぞ?」

「エドっていうんだ! 僕は-」

「プレート・クラーチェ。さっき動画で名前は確認済みっす」

「違うよ、フラット・クラリオ! 公開動画で本名を言うわけないじゃん!」


 でも、話してくれた。それだけで充分だよ。なんだ、話せば返してくれるじゃん。

 良かった、てっきり不良かとばかり思っちゃったよ。


「別に、他人の名前に興味なんかないっすよ」

「おいおい、お前にとっては初の後輩なんだぜ? もっと良い反応しろよな」

「そんなのいいよ。それより…お腹空いちゃった」

「あ、そうだね。もうこんな時間だし、先にごはんにしよっか」


 ふぅ、晩ごはんも食べずに来てるから、なんとか食べたかったんだよね。

 でも、欲張らないように意識しないとだから、さりげないタイミングを掴むのに苦労したよ。これでようやく空腹を満たせられる。


「じゃあ、食堂に案内するね。25階だから、階段で行く?」

「俺はいいっす。飯は1人で食うっすから」

「…じゃあ、無理矢理にでも連れてくよ。よっと!」

「ドワ⁉︎」


 僕はエドの服のえりを掴んで、引っ張った。そして、椅子から落ちたエドを離して、今度は手を握った。

 そのまま引きずるように行こうとしたが、細身のはずなのに重い。なんで?


「エド、またポケットにおもり入れてるだろ? しかも合計で20キロの」

「えぇ⁉︎ 通りで重いわけだよ。まっ、それならこうするかな」


 僕はイヤリングの玉を槍に変えて、エドを乗せた。そして、そのまま槍を宙に浮かせてエドを運ぼうとした。

 だけど、簡単にエドは飛び降りた。


「そんなに嫌? みんなと食べたほうが楽しいと思うけどな」

「俺は1人で充分っすよ。一緒にだなんて、絶対お断りっす!」

「う~ん…。じゃあ、僕はここで食べよっと。持ち帰りだと安いはずだし」

「あぁ~、軽減税率だもんね、持ち帰りだと」

「変わってもたったの1%だぜ? ほとんど変わんねぇって」


 そうだけどさ。分かってほしいんだけど。まさかとは思うけど、エドと距離を置きたいのかな?


「あ。でもお得って考え方は良いよね。それは自由で良いんじゃないかな?」

「それもそうだけどよ。フラット、一緒に食うっていうのが俺達の掟だろ? それを決めたのはお前なのに、なんかおかしいぜ」

「え…。あ、あぁ、そうだっけね。じゃあ、ちょっと掟変更。みんなで一緒に食事すること、でどう?」


 このままだと、エドは確実に孤独になる。それで良いわけがない。

 本人が心からそう思っているなら話は別だけど、エドはそうじゃない。あの目が物語っていた。

 エドはただ、怖がっているだけ。怖がっているから、心を守るために閉ざしてる。それで孤独にして良いわけじゃない。寂しい思いをして、結局は心に傷がつく。

 だから僕はあの目を見て、決心した。何と言われたって、僕は手を伸ばそうって。


「なんか、俺のせいで口論になってるみたいっすね。それなら帰るっす」

「エド、あのさ-」

「俺のことは気にかけないで結構っすよ。それじゃあ、お疲れ様っす」


 冷たい言葉を残して、エドは鞄を持ってオフィスから出て行った。

 だけど、それでも僕は気にかけた。閉じられた瞼の奥にある思い。それは無視できない、無視したくない。

 僕は昔からお節介と言われてた。それで良い、それが、僕に出来る精一杯だから。

 そして僕はエドの背中を追いかけた。もちろん、オフィスから遠く離れられるようにかつ、エドに気づかれないように歩きながら。

 そうしてエレベーターも違うほうを使って、バレずに外に出て、そこでようやくエドの名前を叫んだ。


「おぉい!」

「な、なんでついてくるんすか⁉︎」

「いやぁ~、コンビニのフライヤーでも買おうかなって。そしたら偶然エドがいたから。どう? 一緒に行かない?」


 自分で言うのもなんだけど、今の嘘はかなり良いんじゃないかな? 特に矛盾もしてないし。


「でも食堂行くはずっすよね?」

「あ、それはやめた。だってラーメンとかしかなかったんだもん。辛いメニュー、全然なくって」

「辛いメニューがない? おかしいっすね、激辛で有名な火星料理フェアをやってたはずっすけど」


 ヤバ、食堂に行ってなかったからそういうの全然知らない。まずい、矛盾点が生まれちゃった。


「えぇ、そんなのあったんだ! 見てなかった」

「なら戻れば良い話っすよ。それじゃ-」

「戻るの面倒だし、それはやめとく。それに、マイマートでも激辛フェアやってるし」


 これは合ってる情報だよ。なにせ、待ってる間に食べてた辛味チキンはマイマートのフェア限定商品。

 間違いようがないからね。


「はぁ。不思議なやつっすね、アンタ。俺みたいなのと付き合うだけ損っすよ」

「損って…。そんなことないよ。エドが悪いやつに見えないもん」

「…今日だけっすよ。辛いのは俺も好きっすし、一緒に行くってのは、ただのついでっす」

「ついででも良いよ。それに辛い物好きがいてくれて良かったよ。全制覇しちゃう?」

「何言ってるんすか、全制覇が基本っす」


 ありゃりゃ、手厳しいことで。でも、少しは距離を縮められたかな。さっきよりは全然話しやすい。

 どれだけ距離が長かろうと、ミクロ単位でも良いから縮めていきたい。僕に出来て、みんなに出来ないことは、これくらいしかないから。

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