第1話 異世界線に流されて
ギシギシと音を立てて揺れるロープ。その輪っかに首をかけ、指一つ動かさない人形。
止まった心臓の中身は、真っ暗闇の中を彷徨っていた。そして、辿り着いた先は真っ白い壁に覆われたどこか。
その中には、1人の白獅子獣人男がいた。両手を広げ、まるでその来訪を歓迎しているようにも見えた。
「ようこそ、私の部屋へ。とりあえずは休みなさい。疲れたでしょう?」
「…僕は…そうか、自殺して」
ダメだ、頭が痛くて思い出せない。いや、思い出す必要はない、思い出したくないから。
「その様子だと、自分の身体がどうなったかは分かっているようですね。それならば話が早い。あなたは死んだ。自分の苦しみから逃れるために」
「そう…。それで、あなたは?」
ここが死後の世界っていうなら、この男はいわゆる
それなら、さっさと地獄行きにでもしてくれ。できれば生まれ変わりたくもないし。
「私は、あなたをとある世界に導く者。ですが安心してください。あなたがいた世界とは全く違う。あなたは歓迎されるはずですよ」
「歓迎…? 僕が?」
話に追いつけない。だけど、もしかしてこのパターンって、いわゆる異世界転生ってやつかな? そんな小説みたいな展開、あるのか? でも、実際これが現実だしな。
信じてみるか、そんな世界。現実は小説より奇なりって言うくらいだ、きっとこういうことだ。
「分かった、信じる。そこがどんな世界か、分からないけどね」
「問題ありませんよ、あなたは嫌でもその世界のことを理解します」
「それなら、さっさとお願い。そのほうが、そっち的にも効率が良いはずだし」
「理解が早くて助かりますよ。では早速…」
白獅子獣人が指を鳴らした途端、僕の視界が一気に光で包まれていった。あまりの眩しさに、僕は#全身__・__#を使って暴れた。
そして、ドサっと#床__・__#に落ちた。
「イッタタ…? あれ、今のは夢? ん? あれ、訳分かんない。記憶を確かめよう。僕はフラット・クラリオ、男、浅草大学2年…。うん、合ってる。やっぱり夢か」
アッハハ、異世界転生とか、あるわけないよね。アニメチャンネルとか見過ぎかな。
って、今何時だ? 外、やけに明るいし。
「えぇっ⁉︎ 朝の9時⁉︎ 今日の講義、9時30分からなのに! 急がないと!」
とりあえず着替えないと! 朝食は後でいいや、てかナックルさん起こさないと!
でもなぁ、夢のせいか、なんか記憶が混乱してるし…。今日は整理していこっと。
「ナックルさん、遅刻だよ、遅刻!」
「ボエ? げっ⁉︎ おいおいおいおい! 遅刻じゃねぇか、早くおこせよ!」
ナックル・バトラー、人間と虎獣人のハーフ、男、浅草大学2年時に留年して、今は僕と同じ学年。幼い頃から兄弟みたいに一緒に暮らしてる。いっつも力任せで頭の出来は悪い。
うん、間違いないね。さっきの夢、記憶障害の兆候なのかな? 病院で診断しておこ。
「仕方ないでしょ、僕も今起きたとこだもん! ほら、走れば余裕で間に合うし、着替えるよ!」
「おう、そうだなアァァァァァァ⁉︎」
ナックルさんは、ここが2階だということを忘れて部屋から飛び出して、階段から転げ落ちていった。
「ちょ、何やってんの?」
「ッタタ…。慌てすぎたぜ」
「もう…。ほら、手貸すから」
僕はナックルさんに手を伸ばして、その手を引いた。僕より体重が倍くらい違うから、肩死にかけるけど。
「ふぅ~…。朝から疲れた」
「すまねぇな、学食奢るから勘弁してくれ、なっ!」
「…もう、それで良いから早く着替えて行くよ」
あの夢は、きっと夢だ、絶対夢だ。だって、僕は僕。記憶は合ってるし、絶対そう。
それに、昨日の記憶だって一昨日の記憶だって、子供時代のずっと前の記憶だってある。あれ…? 高校時代、何してたっけ…?
「おいフラット! 行くんだろ? 早くしようぜ!」
「あっ、うん!」
ま、いっか。高校時代の記憶なんかより、今のほうがずっと大事な気がする。だから、忘れちゃおう。それで良いって思う。
よし、それじゃあ#いきますか__・__#!
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