Last day「選択、そして……」
第21話
『へえ。良いなぁ、ツキって』
『どうして』
ユゥカは首を傾げた。ただ地球から近いから大きく見えるだけの天体の、どこにルカは惹かれたのだろう。
『だって、ツキはずっとチキューを見てるんでしょ? あたしはユゥカを見守ってたいもん』
そんなことを真っ直ぐな目で言われて、ユゥカはなんだか恥ずかしくなった。
『わ、私は……地球……ってこと』
『そ。チキュー。青いんでしょ? ユゥカって青って感じだから、ぴったりだよ。まあ、見たことないからどんなのか知らないけど』
『ルカは、太陽じゃなくて良いの』
大きくて、温かくて、輝いていて——太陽の方がずっと良いと思う。
ユゥカがそう尋ねると、ルカは良いと即答した。
『あたしはユゥカと一緒にいたいから、タイヨーよりツキの方が良い。タイヨーはユゥカのトモダチにでも譲るよ』
雨粒が窓を打つ音で目が覚めた。
天井に貼られた細長いペースティングライトの光がやけに眩しく感じる。
視軸を右に逃がすと、不必要に撥水性の高い窓ガラスの表面を、雫が絶え間なく転がり落ちていた。そのずっと向こうに、灰色の空が広がっている。
「具合はどうだ?」
反対側から、落ち着いた低い声で尋ねられた。振り向くと、眼鏡を掛けた神経質そうな男が丸椅子に座っていた。
——桜庭さん……? それと……。
哲人の隣で、ユゥカと同じ機動局員のヨシトが、小さく手を振っていた。
状況が把握できない。なぜ目が覚めたらこの二人がいるのか。そもそもここはどこなのか。
ユゥカは体を起こそうとしたが、哲人に手で制された。
「まだ休んでいて良い」
そう言われてユゥカは一度持ち上げた頭をまた柔らかい枕に預けた。
吸音加工が施された凹凸のある白い天井を見て、ユゥカはここが病院であることを理解した。そして同時に、あの悪夢のような出来事が現実であるということも。
——ああ……。
夢ではなかったのだ。
ユゥカは手の甲で目を覆った。
喪失感。絶望感。虚無感。このどうしようもない気持ちはどうすれば消えるのだろう。
泣けば良いのか、怒れば良いのか、叫べば良いのか。いっそ全部してしまいたかった。
「……ミュア」
ユゥカが亡き友人の名を呟くと、そうかと静かな声がした。
「やはり知人だったんだな」
ユゥカは言葉を発さず、首肯で返した。
「
遺体——その言葉がユゥカの胸を深く抉る。
「やっぱり……死んだんですね。ミュア」
ああと哲人は静かに応える。
「死亡推定時刻は、一昨日——俺たちが遺体を発見した日の、朝七時から八時の間だそうだ」
「一昨日……。私、そんなに寝てたんですか」
「ああ。今が十一時だから、丁度一日半だな」
哲人は携帯端末を見て言った。
「すみません」
「いや、良い。知人が亡くなって辛いのは理解できる」
「桜庭さんも、誰か……」
ああと、哲人は応えた。
「妹がいたんだ。区域外にな。当時発生していた通り魔事件に巻き込まれた」
「そう……だったんですか」
無神経な質問だったと、ユゥカは今になって自覚した。
「……すみません」
「八年も前のことだ」
そう言って哲人は目を伏せた。
「それで、桜庭さん」
「何だ?」
ユゥカはゆっくりと体を起こした。寝ながらではどうにも会話がしづらい。
「ミュアの……死因は何ですか」
哲人は、そのことかと溜め息混じりに言って後頭部を掻いた。
「
そこで哲人は言葉を止めた。多分言うのを躊躇っているのだろうと、ユゥカは理解した。
「……死因は、多量の出血によるショック死とのことだ。頸動脈の他、複数箇所の動脈が正確に切られていた。おそらく……意図的に失血死させたんだろう」
ユゥカは歯噛みした。津波のように押し寄せる怒りで気が狂いそうだった。
「やったのは、あの二人ですか」
ミュアの遺体を運んでいたあの二人の作業員。暗くて顔は確認できなかったが、監視用動画像記録機になら映っているだろう。
いや。映っていなくても関係ない。どんな手段を使ってでも、何年かかってでも見つけ出してやる。そしてミュアを殺したことを心の底から後悔させてやるのだ。
——たとえ殺すことになっても。
ところが哲人は、違うと首を振った。
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