第22話

「犯人は奴らではない。一人が今朝自首してな。どうやら遺体の遺棄を任されただけのようだ。何を運ばされていたのかも知らなかったらしい」

「自首——ですか」

 ユゥカは首を傾げた。中身すら知らない荷物を投棄しただけで、なぜ自首をするのだろうか。

「何者かに襲われ、相方が殺されたんだと言っている」

「え……」

「なんとか逃げ果せたが、まずい仕事に関わってしまったと思い知り、公共治安維持局コウチに駆け込んだそうだ。いつまた狙われるかも判らないから、いっそ逮捕された方が安全だと考えたらしい。そして、そいつが証言した荷物の置き場所が、藤咲ミュアの遺体の発見場所と一致した」

「じゃあ、その犯人がミュアを殺した真犯人……」

 どうだろうなと哲人は言う。

「遺体の処理に人を雇うくらいだ。そいつらを殺害しようとした奴も雇われの可能性がある」

「……そうですよね」

 ユゥカは落胆した。

「ミュアの遺体はどうするつもりだったんですか」

「依頼の内容は、数日中に発見されるであろう場所に荷物を捨てろ——というものだったらしい」

 つまり、ミュアを殺した犯人はわざと見つかる場所に遺体を遺棄させたということか。

「遺体の受け渡しは監視用動画像記録機アインのない歓楽街の奥で行われて、記録はない。受け渡した奴の顔については、目出し帽を被っていたから判らないと言っている。アナログの文書でのやりとりだったから、声も聞いていないそうだ」

「そうですか」

 結局、ミュアを殺した目的は判らない。なぜミュアなのか。どうして殺したのか。考えるだけで悔しさが込み上げてくる。

 だが犯人の大凡の見当は付く。

 ——多分、指定違法者だ。

 指定違法者が身を隠す場所は、歓楽街の裏町しかない。そこには指定違法者を受け入れる不法イリーガルな宿泊施設も多くある。

 きっとミュアもそこへ行き、指定違法者と何らかのトラブルがあったのだろう。相手は能力が使い放題の犯罪者。対してミュアは、能力不明の特殊障碍者だ。されるがまま、抵抗する術もなく捕まってしまったに違いない。

 ——それなら。

 何としてでもミュアを探すべきだった。哲人に頼んで、ミュアの捜索をするべきだったのだ。

 真実から目を背けてただ返信を待つだけという愚かな選択をした過去の自分を、心の底から恨んだ。

「それからな」

 そう切り出して、哲人はホルダーから端末を抜いて操作した。

「お前が寝ている間、区域内は厄介なことになった」

 哲人は端末をユゥカに差し出した。表示されていたのは、死傷事件の報告書だった。どうやら昨日も発生したらしい。

 ユゥカは端末を受け取って、概要を読み始める。

「……これは」

 まず目についたのは、被害の大きさだった。

 これまでは、ターゲットにされた人の数は十人程度だった。それが今回は五十二人。死傷者の数は三百四十人とある。

 それから時間帯についても、昨日の犯行は朝に行われていた。

「どういうことですか。何でこんな……」

「認識が甘かった」

 そう苛立たしげに言うと、哲人は眉間に皺を寄せた。

「俺たちはこれまで、脱漏者一人に対しターゲットが一人だと決めつけていた」

 だが——と哲人が言ったところで、ユゥカはその先の言葉を察した。

「何人でも良かったんだ。奴らはまず、第一陣が商業地区で通勤中の健能者に手当たり次第に触れ、続いて第二陣が、健能者が多く住む八級の居住地区と行政地区で、家屋に侵入し健能者に異能力を暴発させた」

 やられた——哲人はそう溢して、膝の上で拳を握った。

「脱漏者の半数は捕まえたが、被害は甚大だ。お蔭で区域を出ようとする健能者が後を絶たない。ターゲットにされた者へのバッシングも酷いものだ」

「バッシングって……何でですか」

 ターゲットになった人は単なる被害者だ。彼らは特殊障碍者ではないと、局長が再三言っていたはずである。

「異能力で何人もの人を殺した——その事実は変わらない。ほとんどの者は身元が特定されて、個人情報がGLSで流出している。検挙から逃れた何人かは、そのせいで待ち伏せされて暴行を受けたそうだ」

「そんな」

 自らの正義感で私刑に及ぶなと局長が注意を呼びかけていたが、結果はこの有様である。あの会見はまるで無意味だったのだ。

「今朝からゲート——区域の各所の出入り口で大渋滞が発生している。そのほとんどは無申請で区域を出ようとしている者だ。正規の手続きを踏むよう引き返させているが、すんなりと指示に従う者は多くない」

「どうしてですか」

 さっさと手続きを済ませばすぐに出られるだろうに。非特殊障碍者たちの不可解な行動に、ユゥカは眉を歪ませた。

以前まえも言ったが、手続きが面倒でな。手続きをしてから審査が通るのに、最短でも三日はかかる。こんな状況ならもっと時間がかかるだろうな」

 そんなに面倒なのかと、ユゥカは驚きつつも呆れた。それほど厳重にしてまで、特殊障碍者を外に出さないようにしているということだ。

 ユゥカが非特殊障碍者の行動に納得していると、突然、哲人の懐から電子音が鳴り響いた。

 哲人は内ポケットから携帯端末を取り出して、はいと応じた。

「桜庭です。……ええ。今は病院に。……本当ですか!?」

 哲人は驚愕すると、慌てた様子で窓に駆け寄り、外の様子を確認した。

 只事ではない雰囲気に、ユゥカもベッドを降りて窓に寄った。

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