第20話

 荷台から下ろした黒い荷物の両端をそれぞれ抱えた作業員二人は、そのまま哲人の言った路地へ歩いて行った。

「行こう」

「はい」

 作業員から少し時間を空け、ユゥカと哲人も路地へ踏み入る。

 路地には電灯が設置されていない。周辺の電飾の光があるとは言え、隘路の奥までは届かない。時々、何かの欠片を踏みつけるが、それが何なのかすらも判らないほど暗かった。

 道の先にぼんやりと浮かぶ二つの人影が立ち止まった。

 声が反響した。作業員たちの声だ。

 ユゥカと哲人も立ち止まり、耳を澄ませる。

「ったく暗ぇな。寒ぃしよぉ。もうこの辺で良いんじゃねぇの?」

「そうだな。ここなら見つからないこともないだろう」

 二人の影が足を止めた。

「桜庭さん」

 ユゥカは小声で呼び掛ける。

「今の」

「ああ。どうやら誰かに届けるわけではないようだな」

 作業員たち荷物を下ろし、道の端に乱暴に寄せた。

「こんなもんで良いだろう」

「へっ、これで一人五十万か……楽な仕事だったな」

 そう言って作業員たちは道を引き返してきた。

 ——まずい。

 どこに身を隠すかユゥカが狼狽している間にも、二人の作業員は接近してくる。

 藍瀬と呼ぶ声がした。

 振り向くが哲人の姿が見えない。

 戸惑っていると腕が勢い良く引かれた。

「わ——痛っ」

 倒れた先の壁に頭をぶつけた痛みに悶えるユゥカに、哲人は小声でもう少し寄れと指示した。

 声を殺して痛みを堪えながらユゥカは指示通り身を寄せる。

 男たちの足音が近付いてくる。

「——なあおい、ありゃあもしかして人の……」

「詮索はやめとけ。俺はあの中身が何かより、この仕事で消されやしないかの方が心配だ」

「あ? どういうことだよ」

「ケッ、馬鹿はお気楽で良いな——……」

 二人の男はユゥカたちには気付かずに横を通過して行った。

 男たちのライトの光が見えなくなったところで、ユゥカはおずおずと立ち上がった。

 真っ暗で何も見えやしない。

 ユゥカは携帯端末を取り出し、ライトを点灯させた。ユゥカたちが隠れていたのは、廃品回収ボックスの陰だった。これのお蔭でユゥカたちはあの二人に気付かれなかったのだ。

 ユゥカがそう納得したその時——。

 頬に冷たい物が当たった。触ってみると、どうやら液体のようだった。

 ——どこから……?

 ライトを上に向けると、宙に無数の線が煌めいた。

「……雨だ」

 雨足は強くなり、すぐにシャワー程度の雨になった。疎水ファイバーが編み込まれたジャケットは水を通さないから、それほど気にはならなかった。

「藍瀬。奴らの置いた荷物を確認しよう」

「はい」

 ユゥカは雨に構わず駆け出した。

 荷物の前に立ち、ユゥカは首をひねる。

 見たところ、黒いバッグに入っているのはユゥカの身長ほどの何かである。丸太かパイプか、あるいは何かの機材かもしれない。

 それにしても目的が解らない。誰かに渡すでもなく、その場で使うでもない。隠すにしても中途半端だ。彼らはこんなものをここに運んで何がしたかったのだろうか。

「桜庭さん。これ、開けちゃっても良いですよね」

「ああ」

「じゃあ」

 ユゥカは荷物の端に手を置いて——ぎょっとした。

 何か硬いものがあったのだ。

 その丸みのある形は、ちょうど人の頭を思わせる感触だった。

「どうした」

「いえ……これ」

 人かもしれません——そう言いかけて、やめた。怖かったのだ。

「あ——開けます」

 ユゥカは恐る恐るバッグのファスナーを開けた。乱雑に入れられた鉄パイプとジョイントの奥に、黒いビニル袋に包まれた物体が隠れていた。ユゥカが触れたのはこれのようである。

 中身の大部分はこの物体で、パイプやらジョイントやらはフェイクだろう。

 パイプ類を掻き分け、ユゥカは袋の張りが緩い場所に指を差し込んで、思いっきり引き裂いた。

 露わになったのは、女の顔だった。

「ああ」

 その顔は——。

「あ……ああ」

 真っ白な、藤咲ミュアだった。

「あ——」

 そう理解した途端、ユゥカは、叫びとも嗚咽ともつかない声を発していた。

「おい、どうした!」

「……そん……な」

 ——嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ……!

 胸が抉れるような感覚に襲われた。

 筋肉が硬直して体が動かない。

 呼吸ができない。

 視界は暗くなり、雨の感触も聞こえる声や音もノイズになって——全てが消失した。

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