Day4「違和感」

第15話①

1

『ここは退屈だよ』

 祖月輪ルカは呟くように言った。

『最近、思うんだ。あたしたち——ここにいる皆は、本当に病気なのかなって。本当に、こんな所にいなくちゃいけないのかなって』

 分厚い超強化ガラスの向こうの少女の疑問に、ユゥカは何も答えてあげられなかった。

『でも、こんなこと思ってるのは、多分、あたしだけ。他の皆は当たり前みたいに、まるで、何も考えてないみたいに過ごしてる』

 おかしいよ——ルカは小さな声でそう言った。

『しょうがないよ……。障碍なんだから……』

 そんな言葉しか言えない自分が本当に嫌だった。しょうがない——なんて、本当は思っていないのに。本当はこんな所から連れ出してあげたいって思ってるのに。でも、それができないと解っているから、同情したところでそれは責任を伴わない薄っぺらな気持ちにしかならないと知っている。

『ユゥカだって、同じ障碍なのに』

『私は……八級だから……。この障碍は……危険なんだよ……。それに、昔の人が——』

 授業でそう習った。

 けれどもその部分は多分、自動音声検閲システムによる規制でルカには聞こえていないだろう。

『でもあたしはその人たちじゃない。危険じゃない。何もしてない』

『そうだけど……』



「それは……その、つまり、どういうことでしょうか?」

 会議室に困惑の声が上がった。その声のお蔭でユゥカの意識は明晰を取り戻す。

「うん? 今言ったでしょう。同時多発的に、異能を用いた暴動がおこったってことだよ」

 落ち着いた口調の局長とは逆に、局員は騒ついた。 

 局員たちの中から腕の影が一本、おずおずと挙がった。

「うん? 何かな」

「一つ、確認しておきたいのですが」

 どうぞと、局長は部下に言葉の続きを促した。

「その……今回の被疑者たちは全て、過去の検査では健能者だった——というのは、どういうことなのでしょう。異能者ではなかったのですか?」

 局長は、さあねえと答えた。

「検査の結果がそうだったとしか言えないね。それ以上は判らないよ。判明してるのは今言った通りのことだけ。被疑者たちは記録の上では、異能力は持っていなかった——つまり健能者だったってことだよ。過去の血液検査では、異能因子AAMの血中濃度は正常値——つまりゼロだったわけ。そういう経緯があったから、念のため新たに検査をしたけど、それも結果は全て同じだった」

 今出すよと言って、局長はスクリーンの横に立つ。枯れ枝のような痩躯の中老の男の姿が現れた。

「次のページは……そう、これね。これが、過去の結果と、今回新たに血液検査した結果」

 スクリーンに、十二枚の顔写真といくつもの数字が羅列された表が表示された。その中の一つ、右上の画像の青年は、昨日ユゥカが捕らえた須藤タダヒサだった。

「見て解るように、全員、異能因子は見つからなかったよ」

 ですがと、黒影の一人が言った。

「昨日、私は現場に向かいましたが、彼らは確かに異能力を使っていました」

「うん。状況や証言、監視用動画像記録機アインの映像を見ても、犯人は彼らである可能性は高いね」

「では、これまでの血液検査にミスがあったと——そういうことですか?」

「そういうことになるかもしれないね」

 再び室内が騒つく。

 ユゥカも同じく動揺していた。

 もし局長の言う通りなら、現代社会の根幹を揺るがす重大な不祥事だ。リストにすら載っていない特殊障碍者たちがヘルスウォッチを着けず、薬も服まずに、特殊支援福祉区域の外をも闊歩している可能性があるということになる。

 それは剥き出しの刃を持った得体の知れない危険人物が、人混みの中を歩いているのと同義である。

 リストに載っている指定違法者とは訳が違う。再び先日のような事件が起こるかもしれない。

「まあ何にせよ、この十二人がほぼ同じタイミングで暴れたわけだから、彼らには何かしらの統一された意思みたいなのがあると思うんだ。最悪、組織的なテロルの可能性もあると思ってた方が良いかもしれない」

 テロルという単語で、局員たちの緊張が高まる。

「記録にミスがないかはここの総合記録局員に任せるとして、検査の方は……そうだねえ、加賀美かがみくんと村上むらかみくん。公共治安維持局と一緒に健康管理療治局の調査、お願いね。あ、区域外そとの方も行くことになるだろうから、その時は加賀美くん一人になっちゃうけど、よろしくね」

 承知しましたと、影の集団の中から声がした。

「一応、この十二人は現在、これまでの血液検査の結果に則って、健能者として扱ってる。彼らの目的と接点は公共治安維持局が調査しているけれど、もしかしたら——例えば指定違法者グループと繋がりがあったり、やっぱり異能者として扱いますとかになったりしたら、僕たちも調査に加わることになるから、そのつもりでね。最後になるけど、何か質問とかあるかな?」

 局長のギョロリとした目が会議室を見渡す。

「ないね。はい、じゃあ解散」

 会議室の照明が点灯する。

 局員たちは緊張した表情のまま、ぞろぞろと会議室を出て行く。

 ユゥカもその流れに身を委ねるように会議室から出て、自分のデスクへと戻った。

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