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メインディスプレイを見ると、局内通知が届いていた。
通知を開くと、新たにリストに追加された指定違法者と、死亡が確認された指定違法者、それから逮捕された指定違法者の資料が添付されていた。
追加された指定違法者は一人。指定違法者は一週間に二、三人の頻度で追加される。
こうして顔や名前を見たところで、どうせ覚えられやしない。だからユゥカはいつも通り顔と障碍等級と能力だけ確認して、あとは流し見に留めておこうとした。
しかし——。
「え」
新たな指定違法者の項目に見知った名前が記載され、血の気が引いた。
No.Wf00855v-626
NAME:藤咲 ミュア
「どう……して……」
その下には、やはりよく知った友人の顔が載せられている。それは紛れもなく、ユゥカの知る藤咲ミュア本人だった。
「何で……だって……」
ミュアとは一昨日会ったばかりだ。その時は彼女の様子に
これがミュアであるはずがない。ユゥカは急いで携帯端末からミュアへ連絡を掛けた。
呼び出し音がやたらと長く感じる。
唐突に電子音が止んだ。
「ミュア……ミュア、今どこに——」
どこにいるの——そう尋ねようとしたが、それは無意味だとすぐに気が付いた。
合成音声が、相手の端末は連絡が取れない状態にあると告げたからだ。
ユゥカは通話を切って、祈るように携帯端末を握りしめた。
——これはミュアじゃない。ミュアであるはずがない。これは……。
違う、間違いだと、ユゥカは何度も自分に言い聞かせた。
——情報局員……それか生活局員に掛け合ってみるか……?
そう考えたが、もし本当にミュアだったらと思うと怖かった。
——そうだ。
仕事が終わったらミュアの家に行こう。そうすればミュアは指定違法者になんかなっていないことが判る。それにその頃には連絡が返ってくるかもしれない。
——そうしよう。
大丈夫だ。これはミュアではないのだから。ユゥカは息を深く吸って、ゆっくりと吐き出した。
不安が治まらないまま、ユゥカは震える手で次のファイルを開く。
死亡が確認された指定違法者は一人。名前と顔だけ適当に見て、これもすぐに資料を閉じた。生きている指定違法者をろくに覚えていないのだから、死んだ者の顔を見たところで意味がない。
捕まった指定違法者は五人。これは顔だけ見て閉じた。
通知を全て閉じて、デスクトップ画面に戻す。
特に残っている業務もないので——本来ならこういった時間にリストを記憶するのだが——ユゥカは休憩所に行き、ドリンクディスペンサーからホットコーヒーを選んだ。何でも良いから、とにかく平静を取り戻したかった。
このままここで飲んでしまおうとも思ったが、今は一人になりたくない。どうしようか逡巡した挙句、結局デスクへ戻ることにした。
下っ端は手が空いていれば上司の仕事を手伝うべき——そういう風潮が大昔にはあったらしい。どうかしてると思う。受け持った職務を他人にやらせるという行為は、自分は自己管理もできない無能ですと公言するようなものだ。単に作業効率が悪いか、自分の能力を把握し誤っているか。どちらにせよ、そんな人間にまともに業務はこなせないだろう。
ところが、その風潮が当たり前だと思っている輩がいる。
——ほら。
ユゥカはコーヒーを飲みながら目だけ動かして、上級監理局員のデスクを見た。ナマズのような髭を生やした中年が、さっきからこちらを見ている。
このままコーヒーを飲んでいたら、理不尽な小言を言われるかもしれない。
——それは嫌だ。
やはり休憩室にいるべきだったと後悔した。
——いや。
休憩室にいたところで、何かしていないとミュアのことが不安でおかしくなりそうだ。
せめて何かしている振りでもしようと考え、来年受けることになる特殊障碍者管理厚生局機動局員技能検定のための参考資料を眺めることにした。
このやたらと長い社内検定は、能力を無断で使用した者や指定違法者などの円滑な身柄の拘束を目的とした検定であり、それに必要な技術と知識を審査するものだ。
技術——つまり実技試験は、なんとかなるだろうと思っている。
問題なのは知識の方。特に法律に関しては、全くと言って良いほど覚えていない。機動局員の意義を始めに、職務を遂行する上で絡んでくる法律とその解釈などを記憶しなければならないのだが、その類の項は文字が多すぎて、どうしても目が滑る。
文字が羅列された画面を眺めてうつらうつらとしていると、背後から声がかかった。
「精が出るな」
声をかけたのは哲人だった。
ユゥカは凝り固まった背中の筋を伸ばしたいのを堪えて振り向く。
「お疲れ様です」
「今、空いてるか?」
「はい。事務仕事は終わってるので」
「そうか」
来いと言われて、ユゥカは残っていたコーヒーを急いで飲み干した。
哲人が向かった先は、局内の部署ではなく、やはり駐車場だった。
「今度は貸出の車なんですね」
ああと哲人は応える。
「運転は俺がする」
「私、やりますけど」
「いや。道は知っているし、臨場するでもないから、わざわざお前に運転させる必要もない」
「そうですか」
じゃあ——と言って、ユゥカは助手席に座った。哲人は運転席へ乗り込む。
「どこへ行くんですか」
「知り合いの専門家のところにな」
「専門家……」
——何でそんな人の所に?
その疑問が表情に出ていたのだろう。ユゥカが尋ねる前に哲人が口を開いた。
「さっきの会議で気になることがあってな」
そう答えて、哲人はアクセルを踏んだ。
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