第14話
特殊障碍者管理厚生局の監理局員と機動局員が行うのは、被疑者の捕捉と引き渡しである。被疑者を逮捕するのは公共治安維持局の役目だ。ユゥカが今できるのは、だから公共治安維持局が来るまでこの男が逃げないように見張ることだけだ。
それから約三分後に特別急行医療車が到着。公共治安維持局が来たのは十分も後だった。
ユゥカが公共治安維持局に状況を伝えて引き継ぎを済ませていると、ビルから公共治安維持局の局員とともに哲人が出てきた。
ユゥカは報告を切り上げ、哲人のもとへと駆け寄った。
「長かったですね」
「ああ。建物の中に客が残っていたからな。被害者や遺体があるかもしれないと思って、店員に頼んで現場を封鎖してもらっていたんだ。それに、遺体の様子も見たかったしな」
「どこかおかしなことでも……」
「いや。少し気になっただけだ」
「何か判ったんですか」
「そうだな……、判ったのは俺たちがここに来るまでの事件の流れと、奴の異能力だ。被疑者——あの青年、
「そんなに死傷者が……」
ユゥカは、つい数十分前に遺体があった場所に視線をやった。今はもう、公共治安維持局によって回収されていて、遺体はない。
「能力は、やっぱり気体を操るものですか」
ユゥカがそう尋ねると、哲人はああと言って首肯した。
「まだ正確には判らんが、何らかの方法で酸素濃度を低くしたのだろうとのことだ」
「酸素ですか」
さすがにその物質名は聞いたことはある。ただ、空気中に含まれる物質——多分水にもあったような気がする——という程度の理解しかしていない。
「ああ。例えば他の気体を充満させたか、酸素そのもの操作したか……とにかく空気中から酸素を排除し、結果、酸素濃度が急激に低くなったんだろう。呼吸数の増加や頭痛、意識の混濁などから見ても、その可能性は高い」
よく解らないが、とにかく酸素が少なかったから呼吸ができなかったということなのだろう。
ただ、一つ疑問がある。
「あの」
「何だ」
「どうして私たちは助かったんでしょう。何人か死者が出てるのに」
息苦しさを自覚してから呼吸ができなくなるまで、ある程度時間があった。被害者たちは、その間に逃げることくらいは可能だったはずだ。
「それは不明だ。多分、俺たちが来た頃には須藤は疲弊していて、異能力のピークが過ぎていたのかもしれない」
「じゃあ、ピーク時には……」
「即、意識を失うだろうな。そして須藤がそこにいればそのまま」
死ぬだろうと哲人は平然と言った。
ユゥカは恐怖を覚えていた。
普通、空気は見えない。だから、空気中の酸素濃度が下がっても、それを肉眼では認識ができない。被害者たちは、訳の解らないまま気絶し、そのまま死んでしまったのだろう。タイミングが違えば自分もそうなっていたのかもしれないと考えると、背筋がゾッとした。
「藍瀬」
「……はい」
「ひとまず局へ戻ろう」
「はい」
あとの処理は公共治安維持局に任せ、現場を去った。
哲人の車で局へ向かう途中、ぼうと街の景色を眺めていた。その間に考えていたのは、さっきの事件のことだ。
死者が出た事件に立ち会うのは、ユゥカが機動局員になってから初めてのことだった。死者は三人。意識不明の被害者もいる。
能力は病気で、危険で、悪い物。学校の授業でそう習って、社会もそういう風潮で、だからユゥカも漠然と能力をそう思うようになっていた。
それと同時に、そんな社会に苛立ちもしていた。自分は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな扱いをされなければならないのか——と。
仕方ないと受け入れているのに、理不尽だと憤りもする。そうやってずっと、能力への認識は不安定な天秤のように、どちらに定まることもなく揺らいでいた。
——でも。
今回の事件で思い知らされた。
異能力は。
——本当に危険なんだ。
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