第8話

「んでさー。どーなの、今の仕事。てか、まだ続けてるよね? 前はすぐ辞めちゃったけど」

 運ばれてきたパンケーキをさっそくナイフで切り分けながら、ミュアが尋ねる。

「続けてるけど……。どうって言われても」

「忙しいとか大変とかさ」

「うーん」

 ユゥカはコーヒーに口をつけて、考える時間を作った。

「まあ、大変かな。昨日も現金強奪犯が相手だったし」

「え! 凄いじゃん! 戦ったの?」

「うん。でも、凄くないよ。上司に危なっかしいとか言われるし」

 怪我もするしねと言って、ユゥカは手の癒創ゆそうシートを見せた。

「へー。大変そうだけど、カッコイイなー。特殊障碍者管理厚生局トッコウかー、ウチも受ければ良かったかなー」

 そう言ってミュアはパンケーキを頬張る。

「ユゥカわふぁ、のーろくでさいろーふぁれらんらっけ」

「何言ってるか分かんないよ」

「んぐ——と」

 ミュアは口の中の物をむりやり嚥下して、ふうと息をついた。

「ユゥカはさ、能力で採用されたんだっけ?」

「まあ、そんなところ」

「コピー、だっけか?」

「そう」

 ユゥカは自分の手のひらを見る。

 コピーといっても、八級の出力しか出せない。駄能力だの下位互換だのと揶揄されることもある。決して便利な能力ではない。

 もっと使い勝手の良い能力者もいただろうに。哲人が何故ユゥカなんかを採用したのか、未だに判らない。

 良いなーと、陽気な声がした。

「ウチなんか三級なのに異能力不明なんだもん」

「普通は能力なんて使うものじゃないから、それで問題ないと思うけど」

「そーだけどさ。夢っていうの? ロマン的な、そーゆーのがさー、ないんだよねー」

 能力なんて迷惑だと思うのが普通だ。能力に対して前向きに考えられるのは、ミュアの能力が不明だからだろう。

  異能力不明——そう診断される例は少なからずある。

 特殊障碍等級は基本的に、Anothr ability matter——通称、異能因子と呼ばれる——の血中濃度で決められる。

 能力の詳細は、幼少の頃に数回だけ受ける異能力検査で調べられる。発動する能力を弱めるために、希釈したAピルを服用して能力を使うのだ。多くの人は、そこで初めて自分の能力を知る。

 しかしその中で、見た目の上では能力が発現しない者もいるのだ。そうした者は、等級だけ決められて、異能力不明と診断される。

 ユゥカも二年前まではその口であった。

 ところが、ある特殊障碍者が起こした傷害事件に巻き込まれて抵抗したことをきっかけに、偶然にも能力が判明した。

 能力を発動している人間に直接触れるとその能力をコピーする——なんてややこしい能力は、そんな特殊な状況でもない限り判るはずがない。

 ちなみにその当時、特殊障碍者による能力使用ということで、駆けつけた特殊障碍者管理厚生局によってユゥカは犯人ともども拘束された。能力の無断使用には正当防衛も情状酌量も不可抗力も適用されないのだ。

 そこでユゥカに目をつけて拾い上げたのが、ちょうど機動局員の人員に空きがあった桜庭哲人である。

「やっぱユゥカは凄いよ」

 ミュアは先ほども見せた感心の眼差しをユゥカへと向けた。

「何が」

「ちゃんと社会の役に立てる仕事してて」

「それはミュアもでしょ」

 ミュアは気象観測報知局に勤めている。気象予測演算士のライセンスも持っているのだから、充分凄いものだとユゥカは思う。

 それをユゥカが言うとミュアは、ウチが取得できるなら誰にでもできるよと笑った。

 確かこのライセンスの取得試験の合格率は三十パーセント未満だったはずである。ミュアの自己評価の低さには困ったものだと思う。

 ——まあ。

 そこが好感を持てるところでもあるのだけれど。

「ミュアこそどうなの、気象観測報知局キホウは。この前、良い感じの上司が異動してきたとか言ってたけど」

 話を振られたミュアは、それがさーと声を上げた。

「顔はマジで超タイプなの。性格もさ、スマートで良いなーって思ってたの。けどさ、性格良いのは社内だけで、ホントはマジでクソ野郎だったわけ」

「クソ野郎って……」

「アイツさー、気に入らないことがあるとすぐ機嫌悪くなんの。自分のことは棚に上げていちいちウチにケチつけてくるし。マジありえない」

「付き合ったの」

「本性知る前にね。半月で限界きた」

 そう言ってミュアは最後のパンケーキの切れ端を口に突っ込んだ。

「何かその人、ミュアの話聞く限りだとモテてそうな感じするけど」

 ミュアがタイプと言うぐらいだから、顔は相当良いのだろう。

 そうそれッと、ミュアはフォークの先をユゥカに向けた。

「アイツ、気になる女みんなに声かけてんの。顔が良いから大抵の人はオーケーするわけ。まあウチみたいにすぐ別れる人がほとんどだけどさ。でも中にはサドっぽいのが良いとか、頼ってあげたくなるとか言う人もいんの。マジで理解不能。今も三股してるらしいし」

 ミュアは眉間にシワを寄せながら、カフェモカをくるくるとかき混ぜる。

「ユゥカんとこは? 良い人いる?」

「うーん……」

 ユゥカはミュアと違って、恋愛だとか交際だとか結婚だとか、そういうことには無頓着に生きてきた。だからいざ周囲の人間をそういった対象として見ようとしても、いまいちピンとこない。

 そもそも、区域内で結婚したところで、相手の等級が同じか非特殊障碍者でもない限り、一緒に暮らすことはできない。その上、子供もほぼ確実に取り上げられてしまう。そんな記録上だけの繋がりに何の意味があるのか、ユゥカには結婚の意義が見出せないのだ。

「まあユゥカ昔っからそーゆーの疎かったしね——あ、この前言ってたナントカって人どうなの?」

「何とか……ああ、桜庭さんか。桜庭さんは……」

 例によって、あの人のこともそういう目で見たことがない。嫌いとまでは言わないが、どちらかと言えば苦手だ。

 顔は——見るからに神経質そうだが、多分整っている方ではあるだろう。性格はあくまでも印象に過ぎないが、裏表のない真面目な人だと思う。ただ、あまり感情を表に出さない——笑ったことがあるのだろうか——から、何を考えているかがいまいち判らない。

 そういうようなことをミュアに言った。するとミュアは、猫のような口でほほうと声を発して、カフェモカを一口飲んだ。

「クール系イケメン。会ってみたいかも、桜庭さん」

「ミュアとは……どうだろ」

 相性はあまり良くない気がする。

「えー、何で?」

「いや、なんとなく。あまり喋る人じゃないし。性格的に合わなそう」

 二人が仲良くしている様子が想像できない。

「気難しい系の人?」

「まあ、そういう部類になるかも」

「うーん、でもやっぱり一度はお目に掛かりたいなー」

 そう言ってミュアはカフェモカを飲み干した。

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