第18話 花の冠


「カンパーイ!」


族長のアルバが五度目の乾杯をした。


すると一族の人々が口々、バラバラに「カンパーイ!」と上機嫌に唱えた。カタコトのカンパイは調子っぱずれで、陽気に響く。もうみんな結構へべれけになっている。


無理もない。


宴に供されていたダーシュラという酒はとんでもなく強く、ルーネはその甘い匂いだけでも酔っ払ってしまいそうだった。


ムソンに事前に注意されていなければ飲んでしまっていただろう。危なかった。


ルーネは酒の代わりにナップルというジュースを飲んで、ちらりと横を見た。


ムソンがむすっとした顔でダーシュラを飲んでいた。


ムソンがルーネの視線に気づいた。


「……なんですか?」


「え?えーと」


お酒を飲む横顔に見惚れていたとは言えなかった。


「……結婚をこんなにも祝ってくれて良かったですねえ」


「まあ、そうですが……」


ムソンはルーネに顔を近づけた。


「ここだけの話ですが、彼らは飲めればなんでもいいのです。元来がお祭好きの人たちですから」


「はあ、それはたしかになんとなくわかります」


彼らの集落に着いた途端、太鼓がドンドコ鳴り響き、何が何やらわからない間にふたりはひな壇に座らされた。そして、宴は始まったのだった。


「わたしたち、ずっと放っておかれてますもんね」


「ええ。だから、結婚のことは内密にしていたのですが……」


「……ごめんなさい。ディバさんに妻と言わないほうがよかったですね」


「ああっ!そういうことじゃないのです。考えてもみてください。明らかに用意されていたでしょう?」


「たしかに……」


「だから、まあ……結局のところ悪いのは私なのです」


「はあ……?」


ムソンはずいぶん歯切れが悪かった。


「おーう!飲んでるかあ?」


族長のアルバがやって来た。上半身裸で、浅黒い肌を惜しげもなく見せている。筋骨隆々でムソンといい勝負の肉体美を誇っていたから、実際恥ずかしくもないのだろう。ムソンとアルバの背丈はおなじくらいだった。


「……遅い。ふつうゲストをこんなに放っておくか?」


ムソンがやはりむすっとして言った。


「ハッハー!みんな根が人見知りだからよ、酒で身体をあっためる必要があんのよ!まあ、そんな怒んなよ!」


アルバはムソンの横に座り、肩を組んだ。


その馴れ馴れしい態度に、ルーネが驚いた。たしかに前の生でもムソンとアルバは親しげだったが、ここまでの仲だとは思わなかった。もしも他の人が、アルバと同じことをすれば、即刻腕を切り落とされるのではないか?


ムソンは相変わらずむすっとしているが、特段不快そうでもなかった。


「お前、結婚することは秘密だって言ったのにしゃべったろ?」


「……奥さん、お初にお目にかかります。シーファ族の長アルバ・シーファです。以後お見知りおきを」


アルバはきりっとした顔だけひょこっとムソンの横から出して、そう言った。初対面の挨拶としては、かなり型破りだが、無礼な感じはしなかった。むしろ、都会的な洗練を感じさせる優雅さがアルバにはあった。ちょっとヤンチャな貴族青年のような。


「ルーネ・ゼファニヤと申します。こちらこそ」


ルーネもにこやかに座ったまま返した。


「……ふむ」


「なにが、ふむだ。質問に答えてないぞ」


ムソンが横目でアルバをにらむ。


「いや、いい嫁さんじゃないか。前に来た時は『結婚したくねえ~!皇帝を亡き者にしてやる!』って管を巻いてたけど、いや、良かったな!」


「ば、ばかか!お前はどうしてそう口が軽いんだっ!」


ムソンが慌てて、アルバの胸ぐらをつかんだ。アルバは相変わらずヘラヘラしている。


「……ふ~ん、結婚したくなかったんですか。そうですかあ。まあ、知ってましたけど~。それにしても皇帝を亡き者にしたいくらいとは……」


「ル、ルーネさん……?」


ルーネの暗い声に、ムソンは振り返った。


「……わたし、ショックです。アルバさん、どうしたらいいと思いますかあ?」


「な、なぜアルバに……?」


ムソンの疑問を無視して、ルーネとアルバの会話は進む。


「そうだな、奥さん。その寂しさ、オレっちなら埋められるぜえ?」


「まあ!いけませんわ……!わたしには夫が……!」


「奥さぁん……!ちょっとした火遊びですぜ……!」


「あら、ヤケドしちゃいそう!」


「秘密の軟膏を塗って差し上げますよ……!」


「まあ!」


「な・ん・だ!コレは!」


間に挟まれてプルプルしていたムソンが、ついに爆発した。


「アルバ!夫の目の前で、人の妻を口説くな!」


「へい」


アルバはニヤニヤしながら、軽く返事した。


「ルーネさん!」


「はい」


「あなたもあなたです!いくらなんでも悪ふざけが過ぎますよ!」


「はい」


ムソンはやや気まずそうに言った。


「……たしかにアルバに愚痴っていたのは認めます。ただし、それはあなたに会う前の話です!」


「……今は?」


「は?」


「今はどう思ってるんですか?」


「……それは、言う必要はないでしょう」


「だめ。ちゃんと言ってください。ちゃんと言って欲しいです……!」


「……私は、あなたと」


ルーネの瞳に引き込まれるように話していたムソンだったが、そこでハッと気付いた。


さっきまで酒宴でうるさかった周囲が異様に静かなことを。


「!?」


ムソンがバッ!と勢いよく振り向くと、シーファ族一同が固唾を飲んで、そしてニマニマして注目していた。


よく見ると、ルーネも若干ニマニマしている。


「……謀ったな」


ムソンは黒い妖気を漂わせて、背後にいるアルバに言った。


「ハッハー!ばれちゃったら、ここまで!みんなー、せーの、結婚」


アルバが一族全員に呼びかけた。


「オメデトー!」


一族全員の口々からバラバラに、カンパイよりも盛大に、調子っぱずれで陽気な音楽のように、祝福の声は響いたのだった。


アルバがどこともなくうなずくと、鼓笛隊が華やかな音楽を演奏し、舞踊が始まった。


ひな壇の脇から小さな女の子たちがやって来て、花の冠をルーネとムソンにかぶせてくれた。


ムソンの黒い妖気は鳴りを潜め、呆気にとられているようだった。


「ムソンさん、皆さんが祝福してくれて、本当によかったですね。わたし、うれしいです!」


ルーネは嫌でも、自分たちの結婚式を思い出していた。あの冷え切った結婚式を。儀礼のみで、だれも祝福するものなどいないし、自分たちの心も冷え切っていた。


「……そうですね」


ムソンはやっと微笑んだ。


「私もうれしいです」


ムソンは立ち上がり、ルーネも連れ添うように立ち上がった。


ムソンはダーシュラの入った盃を掲げた。


「みんな、ありがとう」


それだけだったが、十分だった。


カタコトの祝福とルーネの知らない言語での祝福が入り混じった。


まさに祝祭だった。


ふたりはお互いを見て、照れくさそうに笑った。

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死に戻り公爵令嬢が嫁ぎ先の辺境で思い残したこと 楽使天行太 @payapayap

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