第17話 辺境の外

女性の村人が言った。


「あらあら、領主様と奥様よ」


ルーネとムソンがそれぞれ馬に乗り、連れ添っていた。


ムソンは愛馬カスタードに乗っていた。黒い巨大な馬だ。


対してルーネは、白い馬に乗っていた。サイズもカスタードに比べてふたまわりは小さい。


「お似合いのふたりねえ。遠乗りデートかしら?」


別の女性が言った。


ふたりは辺境の内と外を隔てる長大な壁に沿って、馬を歩かせていた。




「ここです」


ムソンはまわりに誰もいないのを確認してから、カスタードを止めた。


巨大な岩の前だった。その岩は、どういうわけか、ずっと連なっている壁の途中で急に出現していた。壁を壊して、そこにハマっていた。壁よりも背の高い岩だった。


(隙間はないけど……)


ルーネが思っていると、ムソンが言った。


「離れていてください」


ムソンはカスタードから降りると、もう一度まわりを確認してから、岩に触れた。


「そっち側、だれもいないな!」


ムソンは岩の向こう側に話しかけた。返事はない。


「……ふんっ!」


「えっ!?」


ムソンはおもむろに岩を押した。すると、まるでハリボテのように岩が動いた。


「さ、速く」


ムソンはカスタードをひいて、ルーネは白馬に乗ったまま、辺境の外側へと出たのだった。


「ふん!」


ムソンは岩を戻した。


「行きましょう」


平然とムソンは言った。


「……」


ルーネは訝しげに岩に触れた。硬かったし、重かった。本物の岩だった。


つい首をひねった。混乱していた。


「……こんなことある?」


「ヒヒン?」


白馬はつぶらな瞳でルーネを見返してくるのみだった。


「行きますよ」


「あ、はい」


ルーネはムソンについて行った。




やがて川に着いた。


ルーネは目を輝かせた。


「わあ!こんな大きな川があったんですね!」


「ええ。こちらの言葉でユコン川というそうです」


大きな魚が、ふたりの目の前で跳ねた。


「まあ!美味しそうな魚!」


「……いきなり味に行きますか」


ムソンはやや呆れたように言った。


「なんですか?なにか言いたいことでも?」


ルーネがニヤッと微笑んだ。目は笑っていない。


「いいえ、なにも」


ムソンは目をそらした。


その目に驚きの色が映った。


「あれは……!?」


ルーネも見た。川の上流の方だった。


少女が熊に襲われていた。熊の大きさは、少女の三倍はあろうかというサイズだった。


ムソンがカスタードを即座に疾走らせた。ルーネも白馬を駆って、追った。


「ああ……!」


ルーネの口から声が漏れた。


熊が少女のうえにのしかかり、押しつぶしてしまったのが見えた。


「くっ……!」


ムソンも声をあげ、カスタードを急がせた。


「たーーーー!」


甲高い声が聞こえた。少女の声だった。断末魔にしては、気合の入った声だった。


次の瞬間、巨大な熊が宙に浮いていた。少女が熊を巴投げしたのだった。


「え、ええーーーー!」


ルーネは驚愕した。


熊が落ちてきて、川岸に派手な音をたてて、背中から叩きつけられていた。


「がふぉ……!」


熊が断末魔のような声をあげて倒れた。


巻き上げられた砂塵のなかから、悠然と少女が出てきた。


「え……?」


少女は巨大だった。


実に可愛らしい顔立ちをしているのだが、白馬に乗っているルーネと目の高さが同じだった。ムソンより大きい。


髪は長く、うしろで三つ編みにしていた。肌は健康的に日に焼けていた。大きなどんぐり眼に、微笑を浮かべていた。


「ムソン!」


少女がうれしそうに走り寄ってきた。


「ディバ!無事でよかった!」


ムソンもいつになく快活な様子だった。


(女の子と接する時は、いつもブスッとしているのに……!)


ルーネはそれを見て、ちょっとショックを受けた。


「あはは!クマゴローと遊んでただけだよ!クマゴロー、またねー!」


ディバは無邪気な子どもがするように、ぶんぶんと手を振った。


ルーネとムソンが振り向くと、いつの間にか起き上がった熊が森のなかへと分け入っているところだった。言葉がわかるのか、片手をあげて返事をしていた。


「……でかいな」


川べりに生えている木よりも、熊は巨大だった。


「クマゴローはここらへんの長だからね!」


「……そうなのか」


「ところで、この子は?」


ディバは好奇心に満ちた目でルーネを見た。


ルーネは白馬から降りた。


(……おっきい!)


ルーネはディバを見上げて、改めて思った。230センチくらいあるのではないか?


「ルーネ・ゼファニヤ・ペリシテと申します。ムソン・ペリシテの妻です」


しかし、ルーネは心の声をおくびにも出さず、優雅にスカートの裾を持ち、挨拶をした。


「……?」


なんの反応もなかった。ルーネはちらりとディバを見上げた。


ディバはぽかんとしていた。


そして、ハッとすると、「え、ええっ~~~!ムソン結婚したの!?」と両手を前に縮めて、可愛らしい女の子のように驚いた。


「ああ」


ムソンは照れたようにすこし頬を染めて、短く答えた。


「そうなんだ……!そうなんだ……!」


ディバは反芻していた。


だが、また急にハッとすると、「あ、あああ、あの、ボク、ディバ・ダランです!よ、よよよ、よろしく……!」と慌てて言った。なぜか片手をヨッ!とあげた。


いかにも世慣れていない女の子という感じだった。


「あー、ディバはまだ10歳なんです」


ムソンがフォローするように言った。


「そ、そーなんす……!ボク、10歳」


ルーネは、しかし、驚かなかった。


なぜなら前の生で、ディバの一族は、子どもの頃からみんな大きいということを知っていたからだ。ここに来る前に、ムソンに言われていたというのもあった。


だから特段驚いてみせる必要もないし、驚くのも失礼だなと思った。


(それにしても……)


前の生でディバと直接しゃべる機会はなかった。


(ボクっ娘だったとは!)


「ディバさん。仲良くしましょうね」


ルーネが微笑むと、ディバはうれしそうに笑みを返した。


「うんっ!」


ルーネは本心から仲良くしたいと思ったし、また、今回の目的のためにも仲良くなりたいと思った。


ちらりと見ると、ムソンは安心したような、それでも不安そうな、微妙な表情をしていた。


ムソンはルーネの視線に気づき、目をそらしてしまった。


(う~ん、なにか隠してる?)


ルーネはじっーと圧をかけて見た。だが、ムソンは耐えるようにこちらを見なかった。


(まあ、いっか)


ルーネはご機嫌だった。


(ルーネ・ゼファニヤ・ペリシテ……!ペリシテって名乗っちゃった!)


そんなに悪くない響きだと思った。

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