第24話 俺はお前たちに手を貸さない

 俺は緊張で胸の鼓動が高まってくる。

 これは兵士時代、この人を見るといつも緊張していた。

 兵士だった頃に何もできない俺は、この人に何か強い言葉を掛けられるのではないのかと会うたびにびくびくしていた。

 実際その時は特になにも言われず、そのまま兵士をやめてしまったがいざ目の前に立たれると兵士の時の発作が蘇ってくる。

 額に汗をかいている俺の異変を見たヴィルヘリアが近づいてくる。


「おい、大丈夫かレイク?」


「だ、大丈夫だ。それより、ヴィルヘリア達は今話をしない方が良い」


 俺は小声で答えながら改めて、ジークフリードの方へと向く。


「なんだ、後ろの少女たちは?」


「き、気にしないでください。ただの友人です」


「……ほう」


 ジークフリードは睨みつけるように後ろの3人の方へと目線を向けた。相手の妖気を強さを見る《妖気感知》のスキルで後ろの3人を見る。

 ジークフリードは突然、驚いたように目を見開く。彼は3人の妖気を感じてしまったのだ。こちらを睨む2体とおどおどとしている1体の妖気がこの世の人間の比ではないと言うことに。

 そんなはずはないとジークフリードは目線を逸らし、改めて妖気感知でレイクの方を見る。すると、後ろの3人までとはいかないがレイクの妖気が以前よりも高まっているのが見えた。

 それは兵士時代のあの頃の比ではない。この妖気は冒険者と比較するならS級は軽くあるだろう。


「お前は一体、何をした?」


「何をしたというのは?」


「聞いたぞ。お前はゼパル村を襲撃したハイドラを単身で倒したと。それは一体どういうことだ?」


「そ、それは」


「それにこの妖気……兵士時代のお前が持っている妖気ではない! どういう事だ!?」


 流石にここで竜王に力を頂いて倒しましたなど素直に話せるわけがない。竜王と仲良くしているとなれば反逆罪で取り押さえられかねない。

 俺は色々考えるがうまい返しが見当たらなくて、頭の中がグルグルと回っている。

 数分の時が流れ到頭俺ではなくジークフリードが口を開いた。


「さては、レイク。隠していたな? 自分の能力を」


「え?」


「兵士の時、わざと力を隠していたのだろう? お前は余り目立ちたがりな性格だとは思っていなかったが、まさか兵士を辞めてまでも力を隠すなんて」


「え? え?」


「ハイドラを倒せるほどの力を持っていたお前の能力を兵士の時に見破れなかった我々を許してほしい」


 突然、ジークフリードが俺に向けて頭を下げた。それと同時に周りに居た兵士たちも俺に向かって頭を下げ始める。

 俺はすぐに状況を飲み込むことが出来なかった。俺を馬鹿にしていた兵士たち、そしてジークフリードまでもが俺に頭を下げるだなんて。

 状況を理解できていないこの時に、なぜか俺の前に出てきたものが1人だけいた。


「なるほどな! レイク流石ではないか妾達の偉大さに到頭気が付いたというわけかこの者達は!!」


 出てきたのはヴィルヘリアだった。まぁ堂々と竜族語で胸を張って鼻を高らかに上げて出てきた。


「わ!? 馬鹿!!」


 俺はヴィルヘリアの口を閉じるとジークフリードの目が変わる。


「今のは聞いたことがある。人族語ではない……意味不明な構文の言葉、まさか竜族語か!?」


 ジークフリードは博識だ。一応人族語の他にある程度の蛮族語や精霊語を心得ている。だからこそ、聞かせたくなかったのだ。ヴィルヘリア達の言葉を。


「レ、レイク。お前はまさか竜族語が分かるのか?」


 ばれてしまってはもうどうする事もできない。


「ああ、俺の能力は竜の言葉が分かるし、会話もできるんだ」


「てことは……その後ろに居るのは」


「竜王たちだ」


「な……!?」


 ジークフリードは驚き、後ろへと後ずさる。兵士たちもざわつきを隠せずにいた。

 ジークフリードの額から汗が吹き出し、焦っている。それもそうだ。あの人間の天敵である最強種たちが目の前に居るのだから。

 しかし、ジークフリードは剣を抜こうとはしない。今戦っても勝てないと身体が感じているからなのだろう。それとも他に何かあるのだろうか。

 ジークフリードはゆっくりと地面に座りこむ。


「ま、まさか。このような力をお前が持っていたとは」


 するとジークフリードは突然、俺に向けて土下座をする。


「頼む、我らの話を聞いてくれ! 近々我が国に竜王ベルドレッドが攻め込んできそうなのだ。このままでは我が国が大変なことになる! そこで、お前の力を借りたいのだ!」


 ジークフリードの行動を見て、周囲の兵士たちは困惑していた。だって、俺も困惑しているのだから。

 一方で口をふさがれてきょとんとしているヴィルヘリアに聞いてみることにした。勿論、竜族語で。


「なんじゃと? イブニクル王国にベルドレッドが攻め込もうとしてきているじゃと?」


「そうらしいんだ。それで、国が大変なことになるから助けてくれって言われて。俺はどうすれば」


 そう困っている俺を見てヴィルヘリアは溜息をついた。


「はぁ……レイク、ここはお前1人で決めるのじゃ」


「ええ!? そ、そんな」


「良いかレイク。お前はわしらの代表になる人間じゃ。今までの事を思い出せ。こやつらにお前は良い様にされたか? 頼みを聞いてやれるほどの事をこやつらはして来たか? その全てを含めて、決断するのじゃ。勿論、その結果に対して妾達は何も言わないのじゃ」


 そう言いながらヴィルヘリアは後ろへと戻り、再びベンチへと座る。


 俺は今までの事を思い出す。

 俺が兵士の時、色んな人間に馬鹿にされた。こいつは何やっても駄目だとか、無能だとか、来る場所を間違えたとか、俺の事を知らないくせに皆が俺の事を馬鹿にした。

 それを今になって、能力が分かったら助けて欲しいだと? そんなの虫が良すぎる話じゃないか?

 謝罪をすればいいってもんでもない。俺の2年間はかなり苦痛だったんだ。

 今のは2年間分の謝罪に値したか? いや、俺は感じなかった。


 そう思えば思うほど、俺の怒りが沸々と煮えたぎる。


「じゃあ、返事をさせてもらうよ。ジークフリード司令いや、ジークフリード、俺はお前たちに手を貸さない」


 俺は覚悟を決めたように、声を変えた。


「お前たちの国がどうなるかは俺達は一切しらない。ただ、今回の件で俺たちの身に危険が及ぶなら、俺たちだけで対応させてもらう。お前らの国など知ったこっちゃない!!」


 俺は後ろを向き、竜族語で皆に声をかけた。


「俺達は俺たちの道を行こう」


「うむ! そう来なくては」


「ふふ、成長したじゃない」


「はわぁーー♪」


 こうして俺たちはジークフリードたちを置いて、この場を去った。


「な? ど、どうして?」


 その場に残ったジークフリードは俺達の後ろ姿を見たまま、当分立ち上がることが出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る