第16話 氷の竜王はすぐ溶ける
エリザの謁見の間にて、ヴィルへリアと2人だけになったエリザは顰めた顔を見せながらヴィルへリアへと近づく。
堂々と笑顔なヴィルヘリアと険しい表情のエリザ、2人は対比したような態度を見せる。
しかし、そんなエリザの表情はすぐに解け、涙目になって腕をヴィルヘリアの肩へと巻きついた。
「もう馬鹿、心配したのよ」
「おお、何じゃ何じゃ、エリザは相変わらず誰も見ないところでは甘えん坊じゃの」
「べ、別に勘違いしないで。あなたに会えなくて寂しかったとか、あのレイクとかいう人間に取られたかもとか思った訳じゃなくて……その、あなたの友達としての計らいよ! 感謝しなさい!!」
「うむうむ、持つべきものは友じゃの♪」
「もう……馬鹿♡」
☆☆☆☆☆
一方、謁見の間の外で俺は体育座りしてヴィルヘリアとエリザの用が住むのを待っていた。
俯いていた俺に向かって歩み寄ってくる音が聞こえ、顔を上げるとそこにはクリスがいた。クリスはニコニコで上機嫌な様子だった。
「あらあらレイク様、もしかしてご主人様からお席を外すように言われちゃったのですか?」
「そうです……ああ、ええっと」
「クリスで構いませんよ♪」
「じゃあ、クリスさん」
「はい♪」
「えらくご機嫌ですね。何か良いことでも?」
「うふふ、レイク様も知りたいですかぁ?」
クリスは手を口に当てながら微笑み、ヴィルヘリアとエリザのいる部屋の扉の前に立ってこちらへ来るように手招きをする。
俺は不思議に思いながらもクリスのいる元へと向かった。
「クリスさん一体何を?」
「しぃーー♡」
クリスから静かにするように言われ、俺は黙った。そして、クリスはゆっくりと扉を半開きにしてその隙間から部屋の様子を伺う。
俺もそれに合わせて、ゆっくりと中の様子を伺った。
そこには、先ほどまでツンツンしていたエリザがヴィルヘリアに抱きついている様子が目に入った。あんなにも氷の如く冷酷そうに見えた彼女はとろけきった目をしていた。正に氷が溶けるように……
「クリスさん、あの状況は一体?」
「ご主人様はヴィルヘリア様のことが大好きなのでございます。ですが、ご主人様はとてもプライドが高いのであります。他の者から舐められぬようにいつもは先ほどのように冷酷なご主人様ですが、ヴィルヘリア様と2人っきりの時はあんな可愛らしい姿を見せてくださるのです。はぁ……♡ 私はここからその2人の様子を見る事こそ何よりの至福♡」
なるほど、エリザはヴィルヘリアのことをかなり気に入っているがその気持ちを上手く表すことが苦手である不器用な性格……これが“ツンデレ”と言う奴だ。
そう思うと先ほどまで恐れていたエリザへの気持ちが少しだけ気楽に感じられるようになってきたかも。
人の、いや竜達の戯れを覗いていると何やら2人が会話を始めたので俺は聞き耳を立ててみることにした。ヴィルヘリアから能力をもらってから五感が鋭くなった気がする。確か【超感覚】と言っていた。今ここで使わせて貰うことにする。
☆☆☆☆☆
「エリザよ、今日ここに来たのはエルザに妾の頼みを聞いてほしくて来たんじゃ」
「来て早々頼み事なんて何て図々しいのかしら。でも、まぁ良いわ。今は気分が良いから特別に! と・く・べ・つ・に! 聞いてあげても良いわ」
エリザはヴィルヘリアから離れ、そっぽを向く。しかし、そのにやけ顔と突風が起こる程振られた尻尾から気持ちが隠しきれていない様子が見受けられた。
「実はの、エリザにはレイクの稽古相手になって欲しいんじゃ」
「ふーーん、何よそんな事で……は?」
「はぁ!?」
話を聞いてしまった俺は思わず声を上げてしまった。そして、そのままバランスを崩してしまい扉が大きく開かれて扉の先へと倒れてしまった。
「はぁ!? ちょちょちょっと貴方!! 外で大人しくしていてって言ったじゃない!!」
毛を逆立て、顔を赤くしながら驚くエリザを裏腹に俺は顔を青ざめながらヴィルヘリアの方へと駆け寄る。
「どどどどどういう事だヴィルヘリア!? まさか、ここへ来た理由って……」
「うむ、
にかっと歯を見せながら太陽のように笑うヴィルヘリアとは対照的に俺は月のように青白い顔になる。
いや、確かにまだ俺はヴィルヘリアの能力を理解していない為、特訓をしなきゃいけないのは重々承知ではあった。だが、本来はそこら辺に居る雑魚モンスターでもよいではないか!?
どうしてよりにもよって五大竜王と手合わせをしなければならぬのだ!?
「レイクよく聞け。レイクはそこら辺の雑魚共と相手をしていれば良いと思っておるじゃろうがそれは違う」
ヴィルヘリアに本心を言い当てられてしまった。
「お前は妾と一緒に竜を統べる者になるのじゃ。その特訓にどうして目にも入らぬ下級のゴブリンをいたぶる必要があると言うんじゃ?」
「そ、それは……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいヴィルヘリア!! 何、もう意見が通っている体で話を進めているのかしら!? まだ私は何も」
エルザは言葉をつづけようとしたが途中でヴィルヘリアがエルザへと眼を向けた。その眼差しは真剣そのもので思わず、言葉を止めた。
「エリザ、妾はお前を頼りにしておるからここへ来たのじゃ。3日間で良い。頼む、レイクを強くしたいのじゃ」
エリザは驚いていた。これまで、ヴィルヘリアがエルザに対して頼みごとをすることが稀なことだった。それもこのレイクと言う男を育てると言う意味の分からない願い。
だからこそ、エリザは疑問の中に少しだけ興味が湧いてきたのである。
「……どうしてそこまでしてその男の特訓をさせたいのよ」
「それは、竜を統べる為じゃ」
「どうして竜を統べたいの? 竜を統べるなら私も勿論、その中に入っているんでしょ?」
「それは、勝ちたいからじゃ。勇者に」
ヴィルヘリアの一言に空気がぐっと重くなる。
「妾は勇者に負けて、世界の地下に封印されていた。妾は何度も勇者に負けた。『勇者は唯一竜を倒せる者』だ。だからエルザも恐れているじゃろ、勇者の存在を。どうして勇者が竜を倒すのか、それは人間が竜種を悪意の権化であると誤認しておるからじゃ。確かに竜の中には悪意を持って人間を襲うものもおる。しかし、中には善意を持った竜も居れば生命を維持するためにやむを得ず人を喰らう竜だっている。その事情を人間は知らない。なぜか?
「可能性ですって?」
「レイクは竜族語を理解できるのじゃ。つまり、人間と竜種の意思疎通の手段が生まれたことになるのじゃ。そこで妾は考えた。レイクを鍛え上げ、竜を統べさせることによって、人間たちに力を示すとともに信用を与えるのじゃ。そして、人間と竜種の間で武力行使の前に新たな手段、『交渉』『取引』が追加されるのじゃ。レイクを通してな」
ヴィルヘリアのその目つきは本心で物を伝えている時の目をしていた。エリザは少しだけ悩んだ後、大きな溜息を吐いた。
「3日間だけよ。私も忙しいし……それと勘違いしないでよね、
「本当か、くぅ~~これじゃからエリザは優しいんじゃ! ありがとな!!」
ヴィルヘリアは笑顔でエリザの肩に腕をまわして抱き着く。すると、エリザの顔が赤くなり目をまわしていた。
……て、ちょっと待て。まだ俺はやると決めてないんだが!!
「お、おいヴィルヘリア!! 俺はまだやるなんて」
「妾は忘れてはおらぬぞ。お前自身が妾に『鍛えて欲しい』と言ったことを」
「ぐっ……」
そうだった。旅立つときに自分でその言葉を発してしまったのを思い出す。
「やるじゃろ?」
「……ああ」
やらないと言う選択肢はここには無いようだ。
こうして、俺はエリザの元で3日間という、短いようで長い日々が始まった。
《現在ステータス》
name:レイク
称号:破滅古竜の眷属
《(判明済み)所持スキル》
コモンスキル:【威嚇】【風切り】【拘束鎖】【超感覚】
EXスキル:【仁王覇気】【多種結界】【耐性無視】【環境適応】
加護スキル:【
竜種固有スキル:【炎ノ息吹】
言語スキル:【竜族語】
耐性:【状態異常無効】
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