第9話 モーマンタイモーマンタイ。視点.宮辻紅音

「ひゃっ」


 不注意で転んでしまいました。幸い、怪我はなかったのですが。


「紅音さん、大丈夫?」

「えぇ、結構です」


 ちょっと苛立っていたのもあって、心配してくださった同級生に怖い顔を見せてしまいました。あぁ、これも全部野崎さんが悪いんです!早く、早くエリーネに言いたいです。


__昼休み。


「それでですね。野崎さんの家にその、ギャルの方がいたんです。野崎さん、面白くて素敵ですけどいつもグレーのダボっとしたパジャマだし、頭ボサボサで正直モテそうには見えないのにおかしいと思いませんか?」


 私がそう力説すると、エリーネは何故かジト目で引き気味な表情をしていました。


「紅音ぇ、口がベリーベリーホットだねぇ。好きなんじゃないの?」

「好きじゃっ......ないです。でも」

「でも?」

「せっかくお話できる方が増えたのに、横取りされた気分なんです!」


 あ、怒り過ぎてお弁当食べるの忘れていました。重箱を開けると、上段にある海老フライが一瞬で消え、エリーネのお口に。


「もう、お行儀悪いですよ。あげる予定なんですから、そんなことしないでください」

「だってぇ、美味しそうなんだもん」

「......悪い子には上げませんよ?」

「食べきれるの?」


 私はそう言われ、重箱に視線を下ろしました。確かにこの量は、とても完食できそうにありません。でも、今の小悪魔なエリーネに屈するのは釈然としないです。


「ちょっ、紅音ぇ怖いよぉ」


 怖い?そういわれてみれば、私今朝からずっと怒ってばかりです。はぁ、エリーネまで怖がらせて、何やっているんでしょう。


「ごめんなさい。少し怒り過ぎてしまいました」

「食べていい?」

「はい! 召し上がれ」

「やったー! 私もソーリー紅音ぇ」


__数分後。


 重箱弁当が空になった頃、また昨夜のことを思い出してしまいました。


「やっぱり、あの方は野崎さんの彼女なのでしょうか?」


 俯きながら呟くと、エリーネはため息を吐いていました。


「紅音ぇ、そんな男いなくなったってモーマンタイだよ」

「そんな言い方ないでしょ」

「だって、ストレートに言えばその野崎ってボーイはさぁ……引きこもりのダメ人間じゃね?」

「え、引きこもりのダメ人間……ですか?」


 彼女は立ち上がり、人差し指で宙を描きながら話を続けます。


「ボサボサの髪でグレーのダボダボパジャマでしょ? それに、宿題じゃなくてレポートを書いてるって言ってたじゃん」


 確かに、言われてみればおかしいかも知れません。え、待ってください。野崎さんが引きこもりということは、あの女性はレポートを渡しに来た同級生という可能性はないでしょうか?


「宮辻家のお嬢様と、マンションの引きこもりじゃバランス取れないよぉ。私としては、紅音がそいつと話さなくなってベリーグッド」

「いやでも、レポートを渡しに来た同級生が野崎さんを押し倒すなんてありえません。やはり、あの方は野崎さんの彼女ということに……」

「もう、話きけよぉ!」

「あっ、すみません」

「コホン。とにかく、引きこもりダメニートはもう終わり!」


 終わり……もうベランダで話すのもダメなのでしょうか。彼女がいるとはいえ、ベランダ友達として今後も仲良くすることはいけないのでしょうか。いや、私が野崎さんの彼女なら夜中に話す仲の異性がいるというのはいい気分がしません。やはり、諦めるしか……。


「もう、なんでそんなダークな顔するんだぁ」

「すみません」

「はぁ、紅音ってば恋したら周りが見えなくなるタイプだったんだなぁ」

「だから恋なんかじゃ……」

「はいはい。わかったからダメニートのアドレス教えてよ」


 えっ、アドレスって住所のこと?何でエリーネが野崎さんの家の場所を知りたがっているんでしょう。


「焦ったいなぁもう。私が野崎に直接聞いてやるんだよぉ。それで白黒ハッキリ付けるんだぁ!」

「でも、野崎さんの許可なく住所を教えるのは」

「はぁ。じゃあ紅音はこのままでいいのぉ? 自分で聞けないからトラブルなんでしょ?」


 うぅ、返す言葉もありません。野崎さん、申し訳ございません!私はエリーネに彼の住所が書かれたノートの切れ端を渡しました。少し不安がありながら渡したのですが、受け取った瞬間、彼女は不気味な笑みを浮かべたような気がしました。


「エリーネ、何か企んでませんか?」

「ふふふ、紅音は何も考えなくていいよぉ。モーマンタイモーマンタイ」


 えーっと、モーマンタイに見えないんですけど!

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