第8話 河見ゆゆの悩み。視点.野崎太一

 街灯の灯りと月の光は、薄っすらと夜の街を明るくしている。大半が寝静まる夜中、俺のいる一室だけは昼間のように明るくなっていた。コントーラーでコマンドを打ち、技を発動させるたびにテレビ画面はチカチカとした。かれこれ1時間連戦しているが、河見さんはスタミナお化けか?


「Youwin」


 俺がまた勝利すると、彼女は目をバッテンにして仰向けに倒れ込んだ。よかった、ようやくダウンしたか。こちらも負けはしなかったが、指を酷使してヤバかった。


「うはぁ、野崎氏強すぎですぞ。パソコン部では絶対エースの私が、こうもコテンパンにされるとは。野崎氏、もしかしてプロの素質があるんでは?」

「プロはこんなもんじゃないよ。俺なんてまだまだ」

「へぇ、野崎氏でも難しいのでござるか」


 ふっ。だが、酷使した甲斐もあるというか、河見さんの弱音を引き出せたのは大きな収穫だ。これで少しは、俺に謙遜というのを覚えただろ......!?


「はぁ、それにしても熱いでござるなぁ。ゲームをしただけなのにこんな汗をかいてしまった」


 河見さん、そのへそ出しTシャツで仰ぐのやめてくれません!?近いからなんか、香水に混じって汗の臭いとかして大変よろしくないんで!って、目が合った!


「顔が赤いですなぁ。お色気作戦失敗だと思いましたが、効いてはいたのですかな」

「お色気作戦って、俺も汗かいて熱いだけだよ」


 取り繕うように言い訳すると、彼女は露骨にがっくりとしてコントーラーのスティックをこねこねし出した。


「はぁ、悔しいでござるよ。私ってそんなに女子力ないんでござるか?」


 あぁ、河見さん俺にモテないタイプって言われたのが嫌だったのか。


「河見さん、モテないタイプっていってごめん」

「......野崎氏」

「でも、そんなにモテたいなら今みたいな恰好でずっといればいいんじゃ......うわぁ!?」


 突然、河見さんは「野崎氏!」と叫んで突撃してきた。押し倒された俺は、見上げるとポツポツと涙を垂らす彼女と顔を合わせた。何が何やらわからず、ただ女の子の身体が密着していて頭がパンクしかけている。


「か、河見さんこれはどういう」

「野崎氏、私悩んでいることがあるので相談してもよろしいか?」


 よろしいかって......この状況で拒否する権利あるのだろうか。いや、あったとしても泣いている人にそんなこと言われたら聞かざるを得ないでしょうが!


「わ、わかったから一旦どいて」

「うぅ、そうでござるな」


 ふぅ、頭がパンクしないように息を止めていたら危うく死にかけたぜ。彼女は涙をクシクシと拭き終わると、背を向けて悩みを打ち明けた。


「私、中学までバリバリのギャルだったのでござるよ」

「へ、へぇ」


 イメチェンじゃなくて、ガチだったんかい。オタク女子の河見さんが昔はギャル、想像もでき......今そこに実際いるな。


「今よりもイケイケのチャンネーだった私は、同じくクラスでイケイケの男の子に告白されて付き合うことになったんでござる」


 チャンネーって、古くないか?でも確かにこのギャル姿なら男はとっかえひっかえだろうな。まぁ、いつもの河見さんも親しみやすくてそれはそれでいいと思うけど。


「その男の子とは、それはそれは楽しいリア充生活を送っていたんでござる」

「あの、今のところ悩みというよりリア中爆発しろ案件なんですが」

「ここからが肝心でござる! 無事爆発したのであしからず!」

「お、おう」


 話し続ける河見さんは、明るい声色から少しトーンが下がり始めた。


「でも、私が中3でオタクに目覚めてから全てが変わったのでござる。ギャルメイクに費やしていたお小遣いを、オタク趣味に費やすようになりましてな。イケイケギャルがあれよあれよと質素になりまして、好きだった人にブスって言われたのでござる」

「えっ、マジで?」


 ブスって、彼氏がそんなこと言うのか。河見さん、そんな辛いことあったのによく立ち直ったな。


「その人とは別れまして、ブスと言われたのをトリガーにオタ活が加速しましてなぁ。いやぁ、推しが増えて増えてさらにお金がすっからかんでごさるよ。もう2次元で満足じゃあ! って感じでござる!」


 ……河見さん。


「しかし、たまに思うのでござるよ。このまま地味な自分でいていいのかと。女子力を失ってしまってはいつか本当に恋した時、諦めざるを得なくなってしまうのではと! 野崎氏、私はこのままオタ活しててよろしいのでござるか?」


 女子力か、これはつまりギャルの河見さんとオタクの河見さんどちらでいればいいのかという話だよな。正直に答えていいのか?いや、真剣に悩んでいるならこちらも同じように答えるべきだ。


「正直いうと、ギャルの河見さんはめちゃくちゃ可愛い」

「……で、ござるか。やはり、オタ活は諦めた方が」

「でも、いつもの河見さんはブスじゃないよ。それに、好きなことに夢中なのってそれが魅力に見えて好きになる人もいるんじゃないかと思う。だから、どっちがいいかなんてわからない。河見さんがしていて楽しい方を、選ぶべきなんじゃないかな」


 なんて、引きこもり陰キャが何を偉そうに言っているんだろうな。ありきたりなことをありきたりなセリフで言ってしまった。


「好きなことに夢中なのが魅力的……その考えは完全に盲点でござった。確かに、学校に来なくなるぐらいゲームに夢中な野崎氏はとても異彩を放ってるでござる。なるほど、なるほどなるほど! 野崎氏、少し悩みが晴れました!」


 河見さんはぱーっと花が咲いたように元気になり、背を反対にした。


「それは結構だけど、何か馬鹿にされたような気がしたんだけど……。俺は別に、学校行かないのはゲームのせいじゃ」

「あれ、そうなんでござるか? なら野崎氏、よかったら一緒に学校行きましょうぞ! 野崎氏がいたら、私ももっと学校生活が楽しいでござる!」


 うっ、そんなキラキラとした眼差しで見てこないでくれ。俺が学校に行かないのは、他人からしたら取るに足らない理由だ。でも、今更引くに引けないから行くことはできん。


「あー、えっと」


 言葉を悩んでいると、彼女は心配そうに眉をひそめて俺の手を握ってきた。河見さんの柔らかくて細い手は、暖かくて優しかった。


「もしかして、誰かにいじめられたとかでござるか? それなら安心してくだされ。私がそいつを懲らしめてやりますぞ」


 河見さんのぐいぐい来るところ苦手だったけど、こういう感じで来られるのは何か嫌じゃないな。というかむしろ、彼女は暖かくていい人なのがわかった。


「ありがとう河見さん。でも俺は……」

「あー! 完全に忘れていましたが、宮辻氏がこちらを見ていますぞ! ほらあそこ!」

「えっ、本当に!?」


 河見さんの指す方を向くと、ベランダに宮辻さんがいた。俺はすぐさまトランシーバーを取って、彼女に声をかける。


「宮辻さん、いつから居たんですか?」

「……」

「あれ、宮辻さん?」


 望遠鏡で見ると、なんか怒ってるような。それに、ずっと呼び掛けても反応がない。これはどう言うことなのかと、思わず河見さんと顔を見合わせた。


「ふふふっ、嫉妬しましたな」

「マジで?」

「……知りません!」

「えっあっ、宮辻さん? 知りませんって?」


 そこからはひたすら、トランシーバーのツーツーという回線が切れた音が響いた。河見さんが言うように、これは本当に嫉妬なのだろうか。


「まずいことになりましたな。ネタバラシをする前にカーテンを閉められてしまいましたぞ」

「えっ、あっそうじゃん! これじゃあ河見さんと俺がガチでイチャイチャしたと勘違いしたままじゃん!」

「まぁ、私も検証も済んだことですし今日のところは退散するでござる。それでは!」


 河見さん、やるなら最後までしてくれよ!あぁ、宮辻さんに脈があるかもしれないことはわかって嬉しいけど、誤解を解かなきゃ大変なことになる!

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