第6話 すみません。思い出しちゃって。視点.宮辻紅音

「くしゅん」


 昨日のメントルコーラ?で、濡れたせいでしょうか。少し風邪を引いてしまったかもしれません。午前授業が終わって昼休憩になり、私は校内で初めて自販機を使いました。今日も水筒を持ってきていますが、ちょっと飲みたい気分なんです。


「あら、紅音ちゃんがコーラなんて珍しいわね」


 校内の自販機の前にいたら、用務員の女性が声をかけてきました。


「は、はい。喉が渇いてたので......それでは!」


 いけない、エリーネを待たせちゃってます。私が屋上に小走りで向かうと、ポンと胸に何かが当たりました。


「紅音ぇ、どこに行ってたんだよぉ~」


 この気だるそうな声、エリーネちゃんですね。彼女はブロンドヘアを靡かせ、スポっと私の胸から抜け出しました。ぷくぅと頬を膨らませ、ビー玉のように綺麗な青い目を細めてこちらを見つめています。ふふ、彼女には悪いですが小柄な身体も相まってレッサーパンダの威嚇みたいで可愛いです。


「ごめんなさい。ちょっと飲み物を買いに行ってまして」

「ふ~ん、まぁいいわ。じゃあ屋上へゴーだぁ~」


 エリーネ・ミラノさん......唯一気を置けない大切な親友です。いつも学校では、彼女と食事をとっています。


「ワオ! 今日も紅音の弁当、デリシャスだなぁ~」


 私が重箱の蓋を開けると、彼女は物欲しそうに中身を見て来ました。


「ふふっ。ではまたどうぞ」

「え、いいのぉ?」

「いつも言っているじゃないですか。私1人じゃ食べきれないので、遠慮なく食べてくださいって」

「シェイシェイ紅音ぇ~」


 謝謝(シェイシェイ)......エリーネは本当に喋り方が独特です。彼女は1年前にアメリカから転入してきたのですが、中国語を日本語と勘違いして学んでしまったようで......日本語・中国語・英語と3ヶ国語が入り混じって面白い喋り方を身に付けたようなんです。


「うわぁ~ヤミ~ヤミ~」


 エリーネったら、またハムスターみたいになってます。


「エリーネ、落ち着いて食べないと危ないですよ」

「平気平気~ぶっふごっ!」

「あぁ、はいどうぞ!」

「しぇいしぇ……ぶはぁ! 紅音ぇ!」


 あ、やってしまいました。小走りしたせいでコーラが噴射してしまいました!


「ごめんなさい! ……あっ、ふふっ。ごめっふふっ。すみません。思い出しちゃって」


 エリーネ、まるで野崎さんみたいで失礼ですけど笑いが止まりません。ふふっ、お腹、お腹が痛くなってきました。


「あぁかぁねぇ……シャーラップ!」


 彼女はお腹を抑える私にさらに追撃を加え、脇腹をこちょこちょとして……ふふっ。


「ちょっ、やめて……にゃはっ……ごめんなひゃいエリーネ!」

「許さない〜」


 私が涙目になっても彼女の怒りは治らず、結局3分ほど悶えることになりました。


「はぁ……はぁ。エリーネ、深く反省しております。本当にごめんなさい」


 お互い荒い呼吸になり、ようやく落ち着くことになりました。ですが、エリーネはまだ少し怒りが余っているようで……。


「もう、何がそんなにファニーなんだよぉ」

「えっと、実はベランダで仲良くなった方のことを思い出してしまいまして。それがとっても面白くてつい」


 私が説明すると、エリーネはベンチから立ち上がって口をとんがらせていました。


「ふ〜ん。それってぇ、ボーイフレンドじゃないよねぇ?」

「と、とんでもありません! あの方とはただベランダ越しにやりとりするだけで」


 そうです。野崎さんとは昔でいうところの文通をする友達のようなもの。


「……!?」


 私があたふたしていると、エリーネは可愛らしい小さな人差し指をピンと向けてきました。


「紅音ぇ、忘れてないぃ? 紅音は許嫁がいる浮気なんて許されないプリンセスだってこと!」

「う、浮気……ですか。……エリーネ、でも本当に私が浮気だとして、あの方は悲しんでくれるでしょうか?」


 そう、お父様と同じように貞樹さんも口では愛や優しいことを言ってくれますが、本心はきっと相応しい身分の相手だからということ以外何もないのです。この許嫁の関係には、好きとか愛してるなどの純粋なものは1つもありません。


「バンダン(馬鹿)! 男ができたら、紅音といれる時間が減っちゃうじゃんかぁ」


 エリーネは勢いよく抱きついてきて、私のお腹に顔を埋めました。あぁ、この子の本音はこっちだったんですね。


「エリーネ、安心してください。野崎さんとは絶対にそういう関係にはなりませんし、エリーネと話す時間はこれからもきちんと確保していきます」


 ふふっ、こうやって頭を撫でているとまるで妹みたいで可愛いです。


「野崎さん??? 紅音ぇ、なんでベランダだけの関係でネームまで知ってるのぉ? やっぱりボーイ……あっ!」

「すみません。私ちょっとお花を摘みに行きます!」


 便器に腰を下ろし、私は深いため息を吐きました。


「はぁ。なんで逃げたんでしょう」


 別に、名前を知ってることもまた説明すればよかったのに。……今晩は、野崎さんとは会わないようにしよう。


……その日の夜。


 ベランダを偶然、はい、ほんと〜に!たまたま目に入ったんですけど!


「なんで……なんで野崎さんの部屋に、女性がいるんですかぁ!」


 望遠鏡の先には、野崎さんがギャ、ギャルというのでしょうか。派手な見た目の女性に押し倒されていました!うぅ、すぐに理由を聞きたいけど……浮気って言われた手前話しかけ辛いです。どどど、どうしましょう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る