第4話 聞こえますか?オーバー 視点.野崎太一

 レポートなんてググるか適当に穴埋めするようなもんだったが、まさかこの作業でドキドキすることになるとはな。彼女の名前はわからないが、助けてくれた

礼を言わないと。俺も部屋から紙を数枚持ってきて、彼女にわかりやすく「ありがとう」とお礼の言葉を書いて見せた。彼女はサラサラの黒髪を靡かせて、「いえいえ」といっているような反応だ。


「いえ、面白い芸を見せていただいたので。私も何かしてあげたくなったのです」


 面白い芸?なんのことを言っているんだろう。頭にクエスチョンマークを浮かべていると、彼女は続けてメッセージを出した。


「ところで私は宮辻紅音というのですが、あなたのお名前を差支えなければ教えていただけませんか?」


 へ、お名前?さっきも勉強教えてくれたし、この宮辻さんって人......もしかして俺に気があるのか!いや、いやいやいや陰キャで引きこもりの俺にタワマン住みのお嬢様が惚れるわけないだろ。ま、まぁでももしかしたらってことがなくは......。


「高山高校2年生、野崎太一です!」


 やべぇ、勢い余って学校名まで書いてしまった。2日ベランダでちょっとやりとりしただけの相手なのに。


「野崎さんですね。あの、1つお尋ねしたいことがあるんですけどよろしいですか? 昨日の芸はどうやったら出来るのか、よければ私にも教えてください」


 また芸って……まさか盛大にぶちまけたアレのこと言ってたのか?お嬢様だからなのか、メントスコーラ知らないんだろうな。でも、教えろと言われても一々紙に書いて話すの疲れるな。 


 ……め、めんどくないやり方で教えるか。


「あの、このやりとり面倒くさいので直接会って教えましょうか?」


 やべぇ、過去最大級に緊張してる俺。てか、今まで可愛いと思っても告白とかアプローチとか一切したことなかったのに何してんだろ。いやでも、俺に興味があるから話しかけているわけで、可能性がなくはない……はず。彼女はハッとして、再び紙を取りに部屋へ消えた。その間、俺は生唾を飲んで高鳴る鼓動の音を聞いていた。あっ、もも戻ってきた!


「ごめんなさい! それは無理です!」


 ですよねーーーーーーー!!!!!


 うんわかってたよ。はぁ、何で期待なんか持ったんだろ。彼女にとって俺は、暇つぶし以外の何者でもないのに。……そうだよ。俺なんて他人より秀でたことなんて何もないじゃないか。はぁ、勝手に指が動いて「ググれカス」って書いちまった。これ見せるか?でも、そうしたらこの関係終わって……。


「本当にごめんなさい。私、夜中は外出禁止されていて昼間も習い事があってできないんです。野崎さんがせっかく、教えてくれようとしたのに……」


 そう彼女がしょんぼりとした表情と共に伝えてきて、俺は見せようと思った紙をくしゃくしゃに丸めた。俺ってなんてやな奴なんだろ。ベランダ越しにやりとりするだけの関係なのに、わざわざ勉強教えてくれたいい人にあんな暴言を言おうとして。


__バシン!!!


「の、野崎さん何してるんですか!」


 俺はケジメというか、自分への制裁のつもりで頬に一発入れた。これでチャラという訳ではないが、宮辻さん許してください。いや、やましいことなんて考えず、メントスコーラを教えてあげよう。それが本当のケジメってやつだ。


「宮辻さん、じゃあ電話でどうですか?」


 はぁ、これでサクッと教えてこの関係は終わりだろうな。


「すみませんそれも無理です! スマホも監視されていて、バレたら怒られるかもしれません」


 えー、うっそーん。どんだけ箱入り娘なんだ宮辻さん。電話も会うのもできないって、じゃあやっぱ面倒だけど紙で説明しなきゃいけないのか。


「あっ、良い事思い付きました! 野崎さん、明日ポスト必ず見てください!」


 そう言って宮辻さんは、俺から住所を聞き出すと手を振ってカーテンを閉めた。


……え、どゆこと?


 何が何やらわからぬまま、次の日を迎えてしまった。だが例の如く、俺は昼間に起きてリビングへ向かった。すると、母親がテーブルの上に「あんた宛になんか来てたよ」と書いたメモが置いてある。そのメモの隣には、昭和の携帯みたいな黒い筒状の機械が描かれた箱があった。これはもしかして、トランシーバーというものか。なるほど、これなら話せるし隠しておけばバレない。


 —その日の夜。


「それじゃあ行ってきまーす。って、あんたベランダの前で何ずっと正座してんの? 頭大丈夫?」


 起きた母親は今から職場に行くのだが、緊張のあまりトランシーバーを前に置いて座ってる俺へ声をかけてきた。


「うっせぇ! さっさと行きやがれババア!」

「ぷっ何でそんな声震えてんのさ」


 チクショウ!声が上擦ってしまった。そうだ、水飲んで声整えなきゃ。それと、どもらないように発声練習もしとくか。


 __母親が家を出て1時間後。


「あえいうえお……おえっ!」


 やべぇ、発声練習し過ぎで喉が枯れてしまった。


「えーマイクテストマイクテスト。野崎上等兵聞こえますか? オーバー」


 ……つ、繋がった。これが宮辻さんの声か。か、可愛い!てか、お嬢様なのに上等兵って、ノリも最高だ!恥ずかしいけど、俺も乗っからなきゃな。喉痛いけど、かますぞ!


「……何ちゃって、普通に挨拶した方がいいですよね。よし、そろそろ通話をオンに……あれ、もう繋がってる?」

「イエッサー! 宮辻紅音少尉、こちら問題なく繋がってます。オーバー!」


 はぁ……はぁ、ハイテンションに敬礼まで加えてやったぞ。かなりのHPを削られたが、完璧な返しになった!


「……」


 あれ、音が完全に途絶えた。おかしいな、通話のボタンはオンになっているのに。俺は何があったのか確かめるため、トランシーバーを耳に当てたまま望遠鏡を覗いた。すると、顔を真っ赤にした宮辻さんがそこにはいた。


「宮辻さんもしかして、恥ずかしかったの?」


 そう声をかけると、彼女はハッとした表情をしてトランシーバーを口元に近づけた。


「その、音が入ってないと思ってしていたんです。恥ずかしいので、見ないでください。お願いします!」


 と、震えた声色で話しかけてきた。宮辻さんは多分、少し天然だ。


 

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