第3話 レポートは花丸です。視点.野崎太一

 夕方、薄らと影が増してくる時刻。恐らく同じ歳の奴らが帰宅する時間だ。だかそんな時間でもお構いなく、俺はストリートファイティング6を遊んでいる。いや、遊んでは断じていない。俺はこのゲームでプロゲーマーになり、あの梅谷と並ぶ有名人になるのだ。


 オラオラオラオラ!


 ふん、手も足も出ないとはこのことだ。これでランクがまた上がり、トップランクに舞い戻った。まぁ、俺ならこんなの朝飯前だ。


 __グゥゥゥゥ。


 そういえば、飯食ってなかったな。次の試合がマッチするまで時間あるし、ポテチでも持ってくるか。そう思って椅子の背もたれに背を任せ、ぎゅいーんと背伸びした。全身の血が巡る感覚がして気持ちがいい。……ベランダでも行くか。新鮮な空気も吸いたいからな、うん。


「……うん、まぁ空気吸いにきただけだし!」


 ベランダに行くも、彼女の姿はなかった。あのお嬢様、可愛かったな。もう一度見たいけど、顔合わせちゃったし無理だよな。


「Youlose」


 ……えっ?今なんか嫌な音声が。うわ、もうマッチングしてんじゃねぇか!しかもこれランク戦やんけ!急いでベランダから戻り、キーボードに指を置いた。しかし、時すでに遅しで敗北してまたトップランクから1つ下のランク帯に落ちた。


「ちょっ、雑魚すぎ。このゲームやめたら?」


 おまけにチャットで対戦相手が煽ってきた。クソ……クソクソクソクソ!!!何がやめたらだ。俺はこのゲームでは誰にも負けないんだ。ふざけたこと言いやがって。


__ピンポーン。


「なんだようっせぇな!」


 呼び鈴が鳴り、咄嗟にそう怒鳴りつけてしまった。


「ふぇ!? 野崎氏、何で怒っているんでござるか?」


 ござる?あぁ、もしかして……。玄関の扉を開けると、そこには丸眼鏡がいた。


「ご、ごめん。ちょっと悪夢を見ちゃって……河見さん、河見ゆゆさん?」

「あ、そういうことでござったか。てっきり推しに萌えすぎてキレてるのかと思いましたぞ」


 丸眼鏡に三つ編みお下げのツインテール、学生カバンには彼女が好きであろうアニメやゲームのキャラの缶バッジがびっしりと付けられていた。河見ゆゆ、俺の高校のクラスメイトで上の階に住むオタクだ。


「これ、レポートでござる」


 陽キャでもなく引きこもりの俺を毛嫌いすることもなく、近くに住むクラスメイトが河見で今更ながら安心している。


「おや、野崎氏......望遠鏡とはシャレてますなぁ」

「えっ......あっ、うん」


 河見は眉間に手を置いて、興味津々に部屋の中を覗いた。しかし、彼女の視線は口にした望遠鏡ではないような。


「この音......やはり間違いはない! 野崎氏、もしかしてストファイをしていますな! ぜひ、私と一戦......って、野崎しぃぃ!」

「レポートありがとうございます」


 俺は河見の言葉を遮り、バタンと扉を閉めた。彼女のことは嫌いではないが、琴線に触れると深入りしてくるところだけが、唯一の苦手要素である。ふぅ、なんか疲れたからもう一回休むか。そう思ってベッドで横になると、目線の先にはベランダがあった。


 ......もう夜か。


 自然と身体が動き、ベランダに向かっていた。いや、別に夜なら彼女に会えるとかそういうことではない。これはそうあれだ......たまには外でレポートをするのも悪くはないと考えたに過ぎない。そう少し期待をして望遠鏡を覗いたが、彼女はいなかった。いや、居ないというよりカーテンで閉じられていて中が見えなかった。


......まぁ、レポートしたかっただけだし!


 俺は自分にそう言い聞かせ、数学のレポートに目を向けた。しかし、その瞬間から

ピタリとシャーペンを動かす指が止まる。な、なんじゃこりゃあ!1つも問題がわからんじゃねぇか!


__10分後。


 頭をこねくり回してみたが、何も浮かばない。はぁ、しゃーないスマホで答え調べるか。っとその前に、一応彼女がいるか確認......!?


 あ、カーテン開いてる。ていうか、こっちに手を振ってないか?俺はすぐに立ち上がり、望遠鏡を覗き込んだ。彼女はその行動を見ていたのか手を振るのを止め、部屋に戻った。えっ、もしかしてなんか嫌われることした!?いや違う、また戻ってきた。えーっと、なんか可愛いジェスチャーしているんだが。


「ばってん? ばってんってもしかして、レポートの回答のことか?」


 俺がレポートを指すと、彼女はグッジョブと返してきた。おぉ、もしかして教えてくれるのか。彼女はまた部屋に戻って、今度は紙を見せてきた。覗いてみると、解答とわかりやすい解説が書かれている。なんでここまでしてくれるのかわからないが、とりあえず書き写してみた。


「こ、こんなもんか?」


 レポートを掲げて見せると、彼女は望遠鏡を覗きこんだ。そして一分ほど経過した時、頭の上に両腕で大きな輪っかを作って正解というジェスチャーをしてきた。その姿を見て、すぐに俺も望遠鏡を覗いた。


「か......かわいい」


 覗き込むと満面の笑みでニッコリしていて、輪っかを作っている手にはまだ紙があった。その紙をよく見ると「完璧です!」という花丸マークとデフォルメの女の子の絵が描かれている。その彼女の尋常ではない可愛さはしばらくの間、背後で薄っすら聞こえる「Youlose」と鳴り響くゲーム音声を忘れさせた。

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