第2話 望遠鏡のその先に……視点.宮辻紅音(みやつじあかね)
天の河、綺麗です。満月ですし、いつもよりくっきりと星空が眺められます。そうだ、もっと拡大して見ましょう。あれ、間違えて倍率を下げてしまいました。
……!?
その瞬間、キラリと月の光が反射しました。ぎゅーっと目を瞑ってしまい、目に残像が。残像にはマンションのベランダがあります。私以外にも、誰かこの夜空を眺めているのでしょうか。そう思いながら、ゆっくりと目を開きました。
「えっ……えぇ!?」
望遠鏡を覗き込むと、マンションのベランダで盛大に、それはもうマーライオンのように、口から何かを噴き出している男性がいました。グレーの毛玉がたくさん付いただぼっとしたパジャマを着ていますが、恐らく私と同じぐらいの歳だと思います。ちょっとだけ具合が悪いのかと勘違いしてしまいましたが、どうやら違うようで……。
「は、はしたない!」
彼はベランダの床に液体をぶちまけたかと思えば、上半身を裸にしてブルブルと震えながら雑巾で床を拭き始めました。しかもよく見るとその、いや、決して興味があるからとかではないですが乳首がビンビンになってました。この寒い夜風ですから仕方ありませんが、そこまでして今夜の景色を楽しみにしたいるのでしょうか。でも、ふふふ……何だか笑いが止まりません。頭を小刻みに揺らしたり、熱々のたこ焼きを食べたみたいにハフハフと口を動かしていたり、半裸だったりと、全てが相まっておかしくっておかしくって。
はぁ、こんなに笑ってしまったの何年ぶりなんでしょう。分かりませんが、あの人……とても面白くて素敵です。もっと見ちゃおうかな……!?
「きゃあ!?」
目が合ってしまいました。勢いでカーテンを閉めてしまいました。すごい、何だか心臓がバクバクとしています。まぁ、驚いたのですから当然の反応ですが。私はあの方が気になりもう一度カーテンを開けましたが、あちら側もビックリしたのかベランダに居ませんでした。
__コンコン。
「紅音、何かあったか?」
私の叫び声を聞いて心配したのか、お父様が部屋へ来ました。
「すみません。ちょっと足を躓いてしまって。でもベッドに倒れたので、怪我はありません」
そういうと、お父様は深くため息を吐きました。
「はぁ。紅音、君は宮辻家の娘なんだ。もう少ししっかりとしなさい。それと、明日の準備も忘れぬように」
「……はい」
お父様が扉を閉じた後、私も負けないぐらいため息が出ました。机の上に置いた手帳を開くと、いつも通り学校が終わった後はビッシリと習い事の予定が書かれていました。その手帳を閉じ、私はカバンの中身を整理しました。
翌日の朝、お父様と私は使用人の方が運転するリムジンに乗りました。お父様は後部座席ですけど、私はこちらが気に入ってると言って助手席に座るのが日常です。まぁ、本当に気に入ってるわけではないのですけどね。
「紅音、そういえば貞樹(さだき)君とはどうなのだ?」
聖桜丘(せいおうか)女学院まで何も話さない父が、珍しく話しかけてきました。
「どうって……お変わりありません」
「それでは困る。貞樹君は元首相の斎藤和彦さんがお父様におられるのだ。これ以上ない最高の許嫁ではないか。よし、また3人で食事に行くぞ」
「えっまたですか?」
「何だ、嫌なのか?」
「あっ……いえ、何でもありません」
「そうだろう。やはり紅音は、どこに出しても恥ずかしくない宮辻家の自慢の娘だ」
「……はい」
珍しいこともあるのだと思いましたが、やはり日常でした。そう、これが宮辻家という星の元に生まれてしまった私のいつもの退屈な日常。
「ご機嫌よう。気持ちの良い朝ですね」
女学院の校門前でリムジンから降り、他の学生らにそう笑顔を振り撒きました。
「宮辻様、今日もとっても美しいです!」
「いえいえ、ありがとうございます。それでは」
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