エピローグ

 ぶ厚い金属を引き裂くような音を立てて、空間に生じていた裂け目は閉じていった。


 やがて空間が完全に元通りになった頃には、光のカーテンも魔方陣も綺麗さっぱりとその姿を消してしまっていた。

 さきほどまでそこに居たはずのスタッフの姿もない。 


 ったのは、しなりと横たわる一個の死体のみ。

 その傍らには「12番」と書かれたプレートが落ちていた。


「……無事に終わったようですね。」


 誰もいないはずの空間に声が響き渡る。


 すると、死体のすぐ傍の空間に、縦一文字の細い裂け目が出来た。

 そこからズルリと姿を現したのは、燕尾服に身を包んだ年齢不詳の男。

 翔吾と麻由の交換の儀を執り行ったスタッフだった。


 彼は気持ちよさげに伸びをした。

 そして肩や首を何度か回すと、ひょいと足元の死体を摘み上げ、肩に担いだ。


「うーん、毎度のことですが、出来立ての死体というものはどうも触れていて気持ち悪いですね、生温かくて。」


 そう言いながら、空いている方の手で目の前の空間を縦になぞる。

 すると、先ほどと同じような裂け目が現れた。


「あとはこの体から魂を引き抜いて黄泉路へと連れて行けば、今日の業務は終了、と。……おや、定時までまだ随分と時間がありますね。よほど彼らの相性が良かったのでしょうか。」


 スタッフは少し考えこむと、ぱっと上を見上げた。

 中空に、まるでプロジェクターで映し出したようにして現世の映像が差し込まれる。


 そこは、どこかの病院の一室のようだった。

 たくさんの人間がベッドをぐるりと取り囲み、涙を流しながら何やら言葉を発している。

 そしてベッドには、顔をくしゃくしゃにしながら、やはり涙を流している人間の姿があった。


 スタッフはチラリとその人間のに目をやって、もう後は興味ないとばかりに映像を閉じた。

 

 肩に担いだ、冷たくなっていく死体に声をかける。


「良かったですねぇ、12番様。涙というのは生き物の特権なんです。その理由がなんであれ。なにせ、死体は泣けませんから。

 そしてあの方はこれからも人間らしく生きてゆかれる事でしょう。人間らしく、歓喜と悲哀に無様に揺れながら。

 ……それこそ、あなたが望まれた通りに。」


 その時、死体がピクリと動いた。

 右頬の辺りが引きつったのか、それはまるで笑みを浮かべているかのようである。

 

 しかし死体は死体、笑む事などない。

 ただの死後硬直である。

 

 偶然の産物にスタッフはシニカルな笑みを浮かべると、空間の裂け目をまたいで、闇の奥へと消えて行った――。




 夜の繁華街。


 無数に放たれたネオンサインは夜を押し上げて、煌々と輝いています。

 あちこちの店から漏れ出ている遠慮を知らないBGMは、まるで自分たちの縄張りを主張しているかのようです。


 しかしひとつ道を外れてしまえば、そこはそんな喧騒からは隔絶された世界。

 

 目に映るものと言えば、看板の煤けたコインパーキングと、近づく事すらはばかられるような灰色の雑居ビル群ぐらいでしょうか。

 

 そんな雑居ビルの、とある一室で。


 今日もまた、生の歓びと死の歓びが交錯する、宴の幕が上がるのです……。

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