6

 翔吾を迎えに来たのは、彼が今日初めて見るスタッフだった。

 

 綺麗な白髪を七三に分けた、面長の、すらっとした老人である。

 パーティー会場にいたスタッフたちとは異なり、彼が身に着けているのは燕尾服のようで、まさに老執事そのものといった雰囲気を醸し出している。

 また、左手には2本の蝋燭を刺した手持ちの燭台を持っていた。


「5番様、大変お待たせいたしました。それでは参りましょうか。」


 などの一切ない温和な声でそう言うと、スタッフは歩き出した。

 その足取りは美しく軽やかであり、翔吾はその姿に目を奪われてしまって、慌てて彼のあとを追いかける羽目になった。


(それにしても……。)


 歩きながら、翔吾は違和感を抱かずにはいられなかった。

 廊下の雰囲気が、先ほどとはまったく違っていたのである。

 まず、極端に灯りが乏しい。

 翔吾はこの廊下をすでに何度も通っているが、彼の記憶の中にある煌々と照らされた廊下とはまるで正反対であった。

 前を歩くスタッフの持つ燭台の灯りがなければ、ちょっと離れただけでその姿を見失ってしまいそうなほどであった。


 また、辺りには微かに冷気が漂っていた。

 どこかから流れ込んできているようだが、身にまとわりつくその感覚から、それが空調やエアコンの類ではない事は明らかに思われた。

 例えるならばこれはそう、夜の墓地の中にいるような感覚であった。


 真っ暗な中を、ふたりは蝋燭の灯りを頼りに歩いていく。

 5分歩いたか、10分か。

 もっと歩いているかもしれないし、まだほとんど歩いていないのかもしれない。

 翔吾は、だんだんと時間の感覚がぼやけていっているような気がした。


 やがて、先導する老スタッフの歩みが止まった。

 それにつられて翔吾の足も止まる。


「あの……?」


 翔吾は尋ねようとしたが、老スタッフはそれを無視して手にしていた燭台を掲げた。

 

 それまで仄かだった蝋燭の灯が、急にその明度を増して、目の前を強く照らし出していく。


「……?うぉっ……!」


 翔吾は怪訝そうな表情で上を見上げ2、3歩後ずさると、思わず驚きの声を上げた。


 そこには、とてつもなく巨大な石造りの扉が鎮座していたのだ。

 その両の扉の表面には、それぞれ天使と悪魔とでも呼ぶべき存在が向かい合うように彫られており、まさに天界の門とも魔界の門とも形容できそうなほどの荘厳さをたたえていた。

 扉の下端したばから漏れ出ている白い煙も、老スタッフの持つ燭台の灯りも、その巨大な扉の威容をこれでもかと言わんばかりに強調していた。

 

「お疲れさまでございました。私がご案内するのはここまでです。

 この扉の向こうに貴方様の意中の方がいらっしゃれば、次の段階へと進む事ができます。いらっしゃらなければ、そのままご自分の場所へとお戻り頂く事になります。

 それでは、中へとお進みくださいませ……。」


 老スタッフは一礼すると、蝋燭の灯りをフッと吹き消した。

 すると、ほんの少しの煙と空気の燃焼する匂いを残し、辺りは完全に暗闇に支配されてしまった。

 老スタッフは影も形もなくなって、翔吾が耳をすましても手で探ってみても、もうその存在を確認する事はできない。

 翔吾はこの暗闇の中に、ひとり、取り残された格好となった。

 

 ボックスに入れたカードには「12番」と書いた。

 勿論、麻由の番号である。

 この扉の向こうに彼女がいるかどうかで、翔吾のこれからが決まる。


 生きるか死ぬかの、運命の選択。

 


 そのプレッシャーは想像していた。分かっていたつもりだった。

 しかし実際にこうして目の前に突き付けられると、いかに自分の想像が甘かったかを自覚せずにはいられない。

 翔吾はごくりと生唾を飲み込んだ。

 しばらくの逡巡――。

 それでも再び覚悟を決めると、ようやく扉に向かって一歩を踏み出す事が出来た。


 すると、そんな翔吾の意志に呼応するかのように、目の前の扉が重々しい音を立ててひとりでに開き始めた。


 次の瞬間、翔吾の目に無数の強烈な光の筋が飛び込んでくる。

 しかしそれらは不思議と眩しくはない。

 翔吾は光を遮ろうと手をかざしたりもせず、ただただ緊張の面持ちで前を見つめるのであった。

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