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 スタッフの案内により再度集まった参加者たちは、それぞれ1枚のカードとペンを手渡された。

 申し訳程度に金色のラインで縁取られているだけの何の変哲もない白いカードと、これもまたどこにでもありそうな黒のサインペンである。


「カードの右下に、ご自身の番号をお書きくださいませ。」


 そう指示するのは、やはり司会を務めていたスタッフである。

 参加者たちは彼に言われるがまま、自分の番号を書き込んでいった。


「次は、真ん中にございます空白部分に、意中のお相手の番号をお書き下さいませ。言うまでもございませんが、同じ奇数番号同士・偶数番号同士で番号をお書きにならないようご注意を。

 なお、意中のお相手がいらっしゃらなかった場合、もしくはをしたくなったという場合は、空白のままで結構でございます。それではどうぞ。」


 参加者たちに、にわかに緊張の色が走った。

 意中の相手と目を合わせる者、自分を落ち着かせるように何度も息を吸っては吐き出している者、ペン先が震えてしまってうまく書きだせない者など、その反応は様々だった。

 

 そんな彼らの中にあって、麻由はただ粛々とペンを走らせ、翔吾の方を見やったりはしなかった。

 そしてそれは翔吾もまた、同様であった。


 しばらくして――。


「皆様、お書きになられたようですね。」


 司会者はニコニコと笑みを浮かべて言った。 


「それでは、これから皆様にはウェイティングルームに一度お戻り頂くわけでございますが……。その際、会場の出入口の方にボックスを持ったスタッフがおります。」


 そう言って司会者が手を差し出すと、その手が指し示す方向には確かに黒い箱を持ったスタッフがひとり。


「彼の持つボックスにカードを入れて頂きまして、それからお戻り頂くようお願い致します。万が一カードを入れ忘れた場合は無効として扱わせて頂きますので、くれぐれもお忘れなきよう……。

 後ほど、我々スタッフがウェイティングルームまでお一人様ずつ、お呼び出しに伺います。どうか、それまでごゆっくりとお待ち下さいませ。

 ……何か、ご質問等はございますでしょうか?」


 司会者は手を挙げながら目の前の参加者たちを窺った。

 彼らはその問いかけに、沈黙を保つ事で答えた。


「ようございます。それでは、本日のラストチャンスパーティーはこれにてお開きで御座います。皆様の今後の人生に素晴らしき変化が訪れん事を、我々スタッフ一同、心よりお祈りいたしております。

 本日はまことに、まことに、ありがとうございました。」


 司会者は、本日一番の芝居口調で恭しく頭を下げてみせる。

 すると隣にいるスタッフたちも、出入口でボックスを持って立っているスタッフも、綺麗に揃って礼をしてみせた。

 それに対し、参加者たちは労いと感謝の意味を込めて、惜しみない拍手を送ったのだった。


 スピーカーから再びBGMが流れ始めた。

 今度のそれは雄々しく鳴り響く行進曲で、まるで参加者たちの前途を後押しするかのようであった。


 参加者たちはスタッフに促されて、ひとり、またひとりと会場の出入口へと歩いていく。

 その様は、さながら舞台演劇のカーテンコールと言った所だろうか。


 しかし演劇のそれとは違い、彼らにとっての本番はこれで終わりではなく、まさに始まるのであった――。




 ウェイティングルームの中は静けさに包まれていた。

 シャンデリアの灯りは幾つもの影を生み出しているが、それらが動き出す気配はない。


 は一人掛けのソファに座っていた。

 手を組み、うつむいて、心の中をじりじりとさせながらその時を待っていた。

 まるでサッカーでPKを蹴る順番を待っている時のような、高校受験の合格発表の時のような、そんな気分であった。


 翔吾たちがこのウェイティングルームに戻って来てから、果たしてどのくらいの時間が経ったのだろうか。

 やがて部屋の外、廊下の奥の方からコツコツと微かな靴音が鳴り響いてきた。

 それは次第に大きく、明瞭になっていき、ついにウェイティングルームのドアの向こうで止まった。


 こん。こん。こん。


 ゆったりとしたノックの音に、室内にいた全員が一斉に息をのむ。

 ドアがゆっくりと開くと、そこにはただぼんやりとした暗闇が佇むのみ。

 その暗闇の向こうから、声が流れ込んできた。


「お待たせ致しました。11番の方、どうぞお越し下さいませ。」


 低く穏やかな男の声だった。

 室内の緊張感などまるで考慮しておらず、ある種の超越的な響きすら感じさせる。


 すると、ほとんど反射的にひとりの女が立ち上がった。

 ピンクのかわいらしいドレスに身を包んだ、いかにもガーリーといった雰囲気の女で、胸元のフリルに少し隠れてはいるが「11番」と書かれたプレートをつけていた。


 11番は逸る鼓動を抑えつけるように胸の前でぎゅっと両の手を組み合わせ、天を仰ぎ始めた。

 それは他の参加者たちが顔を見合わせようとするよりも早く、彼らはもはや驚きと共に彼女に目をやる他なかった。

 やがて彼女は息を細くゆっくりと吐き出すと、「お願い……」とだけ呟いて、部屋を出て行った。


 静かな音と共に、ドアが閉まる。

 否応なしに室内の空気が緩んで、全員が一斉に大きなため息をついた。

 

 翔吾もまた、ソファに身を沈めてため息をついていた。


(これは……けっこうキツイな……。)


 と、ひっそりと心の内で零しながら。


 果たして次にスタッフが呼びに来るのはいつだろうか?すぐなのか、それともまたしばらくは待たなければいけないのだろうか。

 そんな疑問を翔吾は抱いたが、どちらにしても時計の備え付けられていないこの部屋では詮無い事であった。

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