『ラストチャンスパーティー』


 それが、このイベントの名前である。

 これまでに何度も開催されてきたこのイベントは、何の捻りもない名前ではあるが、ラストチャンスの言葉が示す通り「もう後がない」という参加者たちが集まっていた。


 しかしそんな参加者たちが集まるパーティーでも、カップルが成立する確率は半分がせいぜいと言った所だった。

「後がないから、とりあえず相手さえ見つかればいい」という考えは、このパーティーでは認められないのである。


 過去には、カップリングを成立させられなかった参加者が大泣きに泣いて会場から立ち去ろうとせず、延々と居座った例もあった。

 また、相手に断られた参加者が怒って暴れだし、止めに入ったスタッフに危害を加えた……などという事もあった。


 それでも『ラストチャンスパーティー』が中止になった事は、今までにただの一度もなかった。

 このパーティーに対する需要は、それほどに大きいのである。


 そして。


 今宵も約20人の「後のない」参加者たちが、最期のチャンスに賭けてここに集まったのであった――。

 


   ♦


(どうしよう……。)


 麻由は人知れず肩を落とした。

 その拍子に、照明が彼女のドレスの右胸につけられたプレートに当たり、チカチカと反射する。


 プラスチックで出来た名刺サイズほどのネームプレートだ。

 中に納められてある紙には黒マジックで「12番」と書かれている。

 それは地味と言うよりも、もはや質素と言った方が正しい。


 麻由はプレートを軽く手で弄って、チラリと会場の中央へと視線を移した。

 そこでは、自分以外の参加者の大半が集まっていた。

 彼らは早くも、楽しそうに会話を始めている。


 誰もかれもがきらびやかで、魅力的に見えて仕方がない。

 このパーティーにおいて見た目の重要度はさして問題ではないなのだが、それでも麻由は自分の貧相な体つきに恨めしい気持ちになってしまう。


(やっぱり、場違いだったかな……。) 


 何度目かの後悔の念が押し寄せてくる。

 覚悟を決めて参加したはいいものの、麻由は元来引っ込み思案な性格だったし、また、どうしようもない事情もあった。


 麻由は気を紛らせようと、改めて会場内を見渡してみた。


 広々とした会場は、このパーティーの参加人数から考えればもったいないほどの規模であった。

 床には深紅の絨毯がびっしりと敷き詰められている。

 その鮮やかな赤色は、照明とあいまって、ぼうっと浮き立つようである。

 

 天井には豪奢なシャンデリアが3基、会場を真っ二つにするようにして吊り下げられていた。

 それらシャンデリアの両サイドにも照明があったが、意図的に光量が抑えられているようである。

 壁には三つ又のキャンドル。

 等間隔に設置されたそのキャンドルたちは、シャンデリアと共に、会場に温かな光を提供していた。


 また、会場の至る所に丸テーブルが置かれてあった。

 それらひとつを取っても花とキャンドル、もしくは花とフルーツといった具合にセンターピースが据えられて、とても華やかである。

 その内の1台は、どうやらすでに一組のカップルに占拠されているようであった。


 麻由の人生の中で、こんな豪華な所には親戚の結婚式でも来た事はない。

 気を落ち着かせるつもりが、逆にすっかり雰囲気に飲みこまれる形になってしまった。

 

 おどおどとしつつ麻由が視線を移すと、今度は3人のスタッフが立ち話をしているらしいのが目に入った。

 年齢のバラバラに見えるその3人は、先ほどの司会をしていたスタッフと同じでタキシードを着用していた。

 立ち姿はとても堂に入ったもので、それでいて堅い印象を与えない。

 良く訓練のされているスタッフのようである。


 すると、麻由の視線に気付いたのか3人のうちのひとりが彼女の方に向き直った。

 麻由は驚き、慌てて目を伏せた。


 このまま何もしないでいたら注意されるか、最悪、退出を命じられてしまうんじゃないか……。そんな不安が、ふと麻由の頭をよぎった。


(このまま帰らされるのだけは……絶対にイヤ。)


 だが、それでも麻由はなかなか最初の一歩を踏み出す事ができない。

 必死に理性を働かそうとしても、心や体がまるで言う事を聞いてくれないのであった。


 どうする事も出来ずに麻由がやるせない思いでうつむいていると、不意に目の前にグラスがひとつ、すっと差し出されてきた。

 びっくりして顔を上げると、そこには自分と同じプレートをつけたスーツ姿の男が立っていた。


「こういうのって、緊張しません?」


 そう言って、男ははにかんだ。


 だいぶあどけなさの残る、童顔と言ってよい青年である。

 少し身をかがめてはいるが、それでも麻由より頭ひとつは背が高い。

 スーツから覗く首筋や手元からは、彼が何かしらのスポーツをやっているか、少なくとも体を鍛えている事実が窺い知れた。

 ただひとつ残念な事には、どういうわけか彼がスーツを着こなしているようには見えなかったのだった。

 むしろ、着させられている感すらあった。

 そしてそれが、青年のあどけなさに拍車をかけている要因でもあった。


 青年は胸に「5番」と書かれたプレートをつけていた。


(5番……。えっと……、名前なんだったかな……。)


 パーティーが始まってすぐ、自己紹介の時に目の前の青年が名前を言っていたのは思い出せたが、肝心のその名前はまるで覚えていなかった。

 緊張でそれどころではなかったのである。


「あ、ごめんなさい。僕、翔吾って言います。えっと、麻由さん……でしたよね?

 お酒、大丈夫でしたか?」


 青年……、翔吾は声を上ずらせながら言った。

 麻由の目から見ても、明らかにその表情は固まっていた。


(もしかしたら、この人も緊張しているのかな……。)


 そう思うと、麻由は少し安心する事ができた。

 それにこうして男性から声を掛けられるのも随分久しぶりだし、そこに喜びがないわけでもない。


 麻由は気恥ずかしそうに頷くと、翔吾からグラスを受け取った。


「あ、良かったあ。なんだか緊張してるように見えたんでここはお酒かな~って思ったんですよ。ほら、お酒入ると、緊張って少しほぐれるじゃないですか。」  


 翔吾はぺらぺらと早口でまくしたてて、しまった!という表情を見せた。

 ……これでは緊張していたのはむしろ自分の方だと自白したようなものである。

 

 ふたりは、なぜか申し訳ないと言った様子で頭を下げあった。

 そうしてようやく笑い合う事ができた。


「良かったら乾杯しませんか?」


 翔吾が言って、手にしたグラスを掲げた。

 琥珀色のシャンパンがグラスの中で軽やかに踊る。

 麻由もそれにならって、おずおずとグラスを差し出した。


「それじゃあ、乾杯っ。」 

 

 グラスとグラスが重なる。

 

 チン……と控えめな音が鳴り、シャンパンの気泡がさわやかに弾けた。

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