2.確信となって、少年は決意を固める。
「………………むむむ……」
宝城ルナの容姿は端麗だった。
そうなってくると、ただでさえ珍しい転校生という存在に多感な学生たちが飛びつかないわけがない。休み時間になると、決まって彼女の周囲にはクラスメイトの輪ができていた。なんだったら、この教室の生徒だけではない。
視線を教室のドアの方へ向けると、そこにいたのは他のクラスの同級生。
あるいは、他学年の生徒も混ざっていたかもしれない。
「とても、自分の席に戻れる状況じゃないな……」
そんな光景を俺は、黒板の前から眺めていた。
決して人嫌いというわけではないが、さすがにあの密度の空間に滞在するのはかなり厳しい。それに何よりも、いまは宝城から離れて冷静に状況を確認したかった。――というのも、彼女が本当に『志藤マリア』なのか、だ。
普通に考えればあり得ることのない確率だ。
だけど俺の耳と心は、これが正解だと述べている。宝城ルナは志藤マリアであり、先日卒業してしまった愛しの推しである、と。
だけど、まだまだ決めつけるには早いようにも思っていた。
本能と理性を天秤にかけるとしたら、本能に全振りしているのだから。もしこれで勘違いだった場合、俺は残りの高校生活で消しきれない黒歴史を生み出すだろう。
それだけは、避けなければならない。
俺は本来的に『壁になりたいタイプのヲタク』だった。
クラスメイトの中に、俺がそのような趣向の人間だと知る者はいない。ただただ普通の男子高校生を演じ、貫き通した一年間を無駄にはしたくなかった。
「そうなると、どうするか……?」
顎に手を当てて、俺は真剣に考え込む。
直接訊ねる、という選択は当然ながら却下だった。それで仮にこちらの勘が当たっていたとしても、俺という個人を相手に認知されてしまう。意味がない。
俺はあくまで陰ながら推しを応援し、陰ながら喜びを共有したいのだ。
その基本原則がある限り、俺から彼女に正体を訊くことはない。そうとなれば、まずは相手の出方を窺う、ということになる。
幸いなことに、俺と彼女は席が隣同士。
先ほどから教科書を見せたり、必要最低限の会話はしていた。
「……気は引けるけど、どうしても確かめたいからな」
予鈴が鳴って、クラスメイトが各々の席に戻っていくのを確認して。
俺もまた自分の席へと戻った。すると、
「あはは、ごめんね! 迷惑かけちゃって!」
「あぁ……いや、大丈夫だよ」
宝城の方から、どこか申し訳なさそうにそう声をかけてくる。
おそらくは俺が席から離れて、黒板の前で時間を潰していたのを知っているのだろう。そのような気配りは不要と思い、あえて素っ気なくそう答えた。
それを彼女はどう受け取ったのか、しばし悩むような素振りを見せてから言う。
「それじゃあ、これお詫びね!」
「……お詫び?」
「うん!」
そして手渡されたのは、一つの紙袋。
こちらが首を傾げていると、宝城は満面の笑みで頷いて続けた。
「それ使うとね、勉強してても手首が疲れないんだよ!」
どこか自慢げに。
俺はいったい何だろう、と思いながら袋の中を覗き込んだ。そして――。
「――ぶふっ!?」
思わぬものを見て、吹き出した。
よもや、このようなものを手渡されるとは考えもしない。
だって彼女から渡された『それ』というのは……。
「ど、どうしたの!?」
「使えないって、こんな……!?」
俺は紙袋を宝城に突き返しながら、必死に声量を抑えて告げるのだった。
「学校で、こんな破廉恥な道具なんて……!!」――と。
そう、使えるはずがない。
何故なら、彼女が取りだしたのは『志藤マリア』のグッズ。そして、その中でもかなりアレとも呼べる品――――――『おっぱいマウスパッド』だったのだから。
俺は顔から火が出そうなのを必死に堪えつつ、一生懸命に呼吸を整える。
すると、そんなこちらを見た彼女は何を勘違いしたのか……。
「えー……うちにいっぱいあるから、遠慮しなくて良いのに」
少し残念そうに、そう口にするのだった。
どうやら自分の感覚が思い切りズレている、というのを把握していない様子だった。そして、このやり取りはどこか懐かしくも思う。
何故なら『志藤マリア』は、いわゆる『天然ポン』で有名だったから。
仮にこの会話を配信上でやったとして、普段の彼女を知るリスナーはみな『いつものこと』として処理するように思えた。
そして自分もまたその一人で。
だからこそ、この時の俺は改めて確信を得たのだった。
『宝城ルナは、志藤マリアである』――と。
俺から突き返された紙袋を仕舞いながら、唇を尖らせる宝城。
そんな彼女を見ながら、俺は一つの決心を固めた。
そう――俺は改めて壁になろう、と……。
――――
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卒業した推しがクラスメイトになったんだが? あざね @sennami0406
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