第七十四話 世界初

 パチパチパチ、と拍手の音が鳴る――どこからかと思ったら、サイファーが鳴らしてくれているらしい。


「イカガデスカ姫乃サン、私ノマスターハ凄イデショ?」

「…………」

「……姫乃さん?」


 姫乃さんは動かないまま、ただ瞬きだけしている――驚かせてしまっただろうか。


「……ああ、ようやく頭の整理ができてきた。質量保存を無視して、物体に損傷を与えずに小さくしたり、大きくしたりする。そういうスキルっていうこと?」

「は、はい。俺もそういう原理だと……いや、原理っていうよりも、『そういうことが起こっている』と解釈するしかないというか」


 スキルは本人が原理を理解していなくても、その効果を享受できる――改めて考えてみると危険でもあり、なぜそんなことが実現しうるのかと疑問にも思う。


「まずひとつ言っておくけど、このスキルはみだりに人に見せない方がいいよ。私はもう見せてもらっちゃったけどさ、正直なとこ言っていい?」

「……姫乃さん、藤原くんを脅かすようなことは駄目」


 七宮さんが俺の前に出て守ろうとしてくれる――姫乃さんはそれを見てふっと笑うと、神妙な顔つきから穏やかな表情に変わった。


「まあ率直に言っちゃうと、君のことが欲しい」

「っ……」

「ッ……」


 俺よりも、七宮さんとサイファーの方が反応している。


 俺はといえば欲しいと言っても直接的な意味じゃないんだろうな、と達観しているが――いや、正直を言うと、こんなにストレートに言われて少しも動揺しないというのは無理がある。


「一ヶ月君をレンタルできるなら、三百万くらいなら即金で出したいくらい」

「い、いや、そんな。俺にはそんな大金を積むような価値は……」

「それくらいだったら、君ならもっと短い期間で稼げるんだろうけどね。こういうスキルを持ってる逸材がまだ隠れてるなんて、ほんと灯台下暗しって感じ」

「……姫乃サン、オ話ハ良イデスガ、接触スル必要ハアリマセン」


 肩に手を置かれ、二の腕に触れられ、頬に手を当てられ――というところでミニサイファーに止められた。七宮さんもほっと胸を撫で下ろしている。


「ごめんごめん、ついどんな感じか触ってみたくなっちゃって。白ちゃん、硯には内緒にしといてね」

「……とても言えない」

「あら、お顔が真っ赤。ごめんね藤原くん、私が無意識に変なことしたら振り払っちゃっていいから」

「……お二人のことを見ていると、身体の内側が熱を持つようです」

「ん? この子は同じ寮の子とか? 毎年留学生が来てるけど、そういう関係?」


 連れてきたはいいが、ニナのことをどう紹介すべきか――ダンジョンの化身です、と普通に明かすのは尚早に思える。


「(司さん、聞こえますか。私の素性を明かすのは保留として、現時点では留学生と設定しておきましょう)」


「(っ……直接脳内に……分かった、その方向で頼む)」


 ニナは精神感応テレパシーができるらしい――便利ではあるが、脳内だけで会話をするとちょっと頭がクラクラする。これは慣れが必要そうだ。


「私はニナと言います。司さんたちと同じ寮でホームステイをしています」

「ふーん、ニナちゃん……珍しい髪の色してるわね、これって地毛?」

「はい(実は任意で変更できます。今の色はパステルピンクというのでしょうか)」


「(あ、ああ……パステルっていうより、ちょっとピンクがかった白って感じかな)」


 姫乃さんに受け答えをしながら、脳内で俺に語りかけてくる――この髪が地毛というのは、どこの国の出身でもなかなか居ないんじゃないだろうか。


「まあダンジョンがある世界だし、こんな髪の人がいてもそう驚くことじゃないわね。よろしく、ニナちゃん」

「よろしくお願いします。姫乃さんは背が高くてお綺麗ですね」

「(っ……ニナ、そういうことはあまりストレートに言うものじゃ……)」


 慌てて脳内で止めてしまった――姫乃さんは大人の対応をしてくれそうだが、いきなり褒め殺しというのは失礼に当たる場合もある。


「そう? えへへへ、良いわね、こんな純朴そうな子に褒めてもらうと。みんな私が身長のことに触れると怒ると思ってんのよ、ちょっと高いくらいなのにね」


 思った以上に杞憂だった。姫乃さんはニナのことをいたく気に入ってしまい、相好を崩している。


「姫乃サンハコウ見エテ、可愛イモノガオ好キナノデスヨ、マスター」

「こら、何教えてんの……藤原くん、今のは気にしなくていいから」

「はは……でも、いいと思いますよ」

「ギャップ萌エ、トイウモノデスネ……アアッ、捕マエテハダメデス」

「藤原くんの前だとほんとに元気ね……まあ、私としても嬉しいけど。これからもこの子をよろしくね、『お兄ちゃん』」

「えっ……あっ、は、はい」


 なぜ『お兄ちゃん』なのかピンと来なくて思わず曖昧な受け答えになってしまう。ミニサイファーも急に何も言わなくなってしまった――姫乃さんはそれを見て楽しそうにしている。


「さてと……そろそろ本題に入ろうか。ここのビル、『Dラボラトリー』って書いてあったと思うんだけど、私はそこの一員ね。Dっていうのはそのままダンジョンで、ダンジョンに関する多岐に渡る研究をしてるわけ……私の専門は工学系で、自動人形の開発もそのひとつ。その一環として、材料工学も扱ってる」

「材料工学……この鉱石についても分かったりしますか?」


 2号ダンジョンの最深部で拾ってきた鉱石は二つ。チップに変換したときは『石英』『魔鉱物』と出ていたが、まず石英のほうを見てもらう。


 姫乃さんは持ってきていた鞄から、手で持てるくらいの棒状の機械を持ってくる――店でレジを打つ時に使うスキャナーのようだ。


「これが識別用のハンドスキャナーね。物質の組成を見て、データベースと照合して、結果を表示してくれるわけ」


 姫乃さんはそう言って石英をスキャンし始める――しかし。


「ピピッ エラーガ出テイマス」

「マジか……未登録物質じゃん。こっちの鉱物はアダマンティウムに似てるけど……はい、未登録物質です。放射能が出てたりはしないし、ちょっと持って帰らせてもらっていい? 研究協力費は出すから」

「ああいえ、お金とかは……」

「もらっておいた方がいいよー、お金は幾らあっても困らないし。まあ一つにつき1ゴールドだけどね。後で精算するから、どんどん鑑定していきましょうか」


 何も分かってないけどね、と苦笑しながら、姫乃さんは『赤い帽子』の鑑定を始める。


「……『レプラコーン』の帽子キャップ……希少度6……?」

「『マッドブラウニー』って魔物の色違いみたいなやつが持っていたものです。そっちの短剣も同じですね」


 姫乃さんは俺の顔を見るが、口が動いていても声が出ていない。


「……姫乃さん、大丈夫?」

「う、うん、大丈夫なんだけど大丈夫じゃないというか……ええ……?」


 続いて『錆びた短剣』を鑑定する姫乃さん。スキャナーの持ち手についている液晶に詳細が表示されて、彼女は無言で口元を抑えた。


「……これも希少度6。ということは、間違いなくこれは本物……『レプラコーン』が持っていたもの」

「姫乃さん、その『レプラコーン』っていうのは……」

「以前北欧のダンジョンで見つかったのち、遭遇したパーティを全滅させ、のちに重火器で武装した軍によって討伐された魔物。そんな魔物が持っていたものを、ほとんど無傷で拾ってくるなんて」


 思わずゾクリとする――特に苦戦しなかったとはいえ、そんな魔物と遭遇していたという事実。


 恐ろしくもあるが、『固定』によって相手の動きを制限できることがどれほど強力なのかを改めて実感する。


「これ……戦闘になって、倒したっていうこと? この魔物に遭遇したのは、学園内のダンジョン……?」

「は、はい。ただ、ダンジョンに入る時にいつもと違う場所に転移したんです。かなり深いところというか……」

「……その状況から『レプラコーン』と戦って脱出する……もう、国内トップレベルの探索者と言っていいようなことをしてるわね。半端じゃないわ、藤原くん……」

「恐縮です。でも、運が作用してる部分もありますし、仲間のみんなの力が大きいですから」

「……謙遜してるけど、ほとんど藤原くんの力」

「ハイ、マスターハトテモ素晴ラシイデス……何度モ素敵ナ姿ヲ見セテクレテ、私モイツモドキドキシテ……」

「っ…………じゃなくてサイファー、ちょっと落ち着いて、深呼吸してね」

「ッ……ハ、ハイ、申シ訳アリマセンデシタ。ピピッ」


 今日は前にも増して、サイファーの言動が人間らしい――というか、サイファーを通して話しているのは管理者の人ということなのか。


 そうなると、俺を見てドキドキするというのは――と、そこは深読みしてはいけない。


「この帽子と短剣も持ち帰って分析させてもらうよ。『レプラコーン』の所持品ってだけでボーナスが出るからね」

「はい、よろしくお願いします」

「分析が終われば、装備品に加工したりもできると思うから。えーと、あとは……さっきから気になってはいたけど……」


 今回『仮面の人形』を見せることはやめておいたが、『壊れた大鎌』は出している。動かなくなったとはいえ『ジョーカー』そのものである人形を見せるのは、もう少し様子を見たほうがいいという判断だ。


「……ちょっと触れるだけでも危なそうね。それに……こんなの、どう見たって……』


 鑑定スキャニングが終わる。そして表示されたものを見て、姫乃さんはもはや声も出ないという様子だった。


「……姫乃さん、大丈夫ですか?」


 七宮さんが姫乃さんに近づき、背中をさする。姫乃さんは微笑むが、首筋に汗が滲んでいる。


「白ちゃん、ありがと……さっきからずっと驚いてるのに、こんな……ちょっと覚悟が半端だったわね」

「その鎌は、動画サイトでも出てると思いますが。俺が戦った『ジョーカー』と呼ばれる魔物が持っていたものです」

「私も2号ダンジョンでの動画は見せてもらってるから。でも、このジョーカーが出てくる部分は映像がかなり乱れてたのよね。戦ってるようなところは見えたんだけど……」


 ダンジョンのコアからニナが出てきたところも、姫乃さんは見ていない。深層では撮影に問題が生じたのか、サイファーの管理者が伏せてくれたかのどちらかだ。


「この鎌だけど……鑑定結果から言うと、世界初の発見になる。この鎌の発見者として、藤原くんの名前を登録できるくらいの事態ね」

「そ、そんな、新しい星を見つけたみたいなことになるんですか?」

「ダンジョンにおける発見は膨大な量が蓄積されていて、新しい発見は少なくなってきてるんだよ。それが、学園内のダンジョンでなんて……これまでのダンジョンに対する認識が変わっちゃうくらいのことになってる」

「そうなんですか……やっぱり、学園内のダンジョンも学生が入るには危険ってことになるんですかね」

「それを言っちゃうと、全てのダンジョンについて同じことが言えるのかもしれないし。『ジョーカー』がどのダンジョンでも出てくるかもしれない、だから探索を禁止する……なんてわけにもいかないのね。放っておくとダンジョンからは魔物が出てきてしまうから」


 探索者はダンジョンで得られるものとリスクを天秤にかけなければならない。


 学園で死者は出ていないが傷病者は出ている。もし俺たちのようにダンジョンの深層に飛ばされる想定外イレギュラーが他にも起きたら――待っているのは惨劇だ。


「……『ジョーカー』の件で、学園のダンジョンが封鎖されたりはするんでしょうか」

「特異な案件を一般化すると、全国のダンジョンに学生が入ることができなくなる。そうすると、探索者の育成も止まってしまう……探索者が減るっていうのはそれだけダンジョンから魔物があふれる可能性が増すっていうことなの。だからリスクがあっても、原則として封鎖にはならない……というより、できない」


 今後も学生たちはダンジョンに潜ることになる。『ジョーカー』と遭遇することがそう簡単に起こるわけじゃないが、別の脅威が現れることも考えられる。


「異変が起きたときには私たちの機関から探索者を派遣するから、もし危険だと思ったらすぐ連絡して欲しい。学園でも同じ対応をすると思うけどね」

「分かりました。それで、この鎌は……」


 世界初の発見と言われてしまったが、他に何か教えてもらえることはないだろうか。


「この鎌の希少度は『10 世界に一つしか存在しない』……もしオークションに出したら途方もない値段がつく。藤原くん、君を雇うために必要な金額を低く見ててごめん。桁が三つは足りてなかったわね」


 一ヶ月で三百万円と言われたが、桁が三つ違う――となると、三十億円。


 この鎌を修復してもらうか、何かの素材にできないかと思っていたが――これほどに価値があるとなると、2号ダンジョンの9階以降にあるものには、どれだけの資産価値があるのか。


「この鎌のことを動画で発表して、もっと有名になっちゃう? ……なんて、今日会ってみてわかったけど、驚くほど謙虚だよね。藤原くんは」

「今後も探索者として穏便にやっていくには、情報の公開は適度な方がいいかなと……」

「今や、全世界が君の動向に注目してるよ。動画は編集しちゃっていいんだよね? 公開前にはちゃんと見てもらうから」

「えーと……そうですね、事前に見せてもらえるなら」

「……ア、アノ。前回ハ、勝手ニ公開ヲシテシマイ、本当ニ……」


 サイファーの電子音声はいかにも申し訳なさそうだ――俺は笑い、目の前にふよふよと浮かんでいるミニサイファーの頭を撫でる。


「動画の編集をしてるのは管理者の人……でいいのかな。無理のない範囲でやってくれると嬉しい。そんなに派手なことはしてないから、編集で格好良くしてもらってるところはあるし」

「ソンナ……アレデ派手デ無カッタラ、一体ドンナ探索動画ガ派手ナノデスカ」

「デービッド・ランドルフとか、天ヶ崎理彩とか。サラ・ウィンスレットも動画映えすることやってるよね」

「……世界でも上位の人たち。難しいダンジョンにアタックしてる」


 動画サイトで名前だけは見た気がするが、どんな内容かは見ていない。七宮さんが詳しいなら、教えてもらって見てみるのも良いかもしれない。


「さて……本当なら鑑定は報酬をもらう側なんだけど、研究材料を預けてもらっちゃったからね。お姉さんがお小遣いあげるから、今日はたっぷり遊んできなよ」


 そう言って姫乃さんが渡してくれた金額は――50ゴールド。


「映画とか一人2シルバーで見られるし、高校生のお小遣いとしてはものすごい額だけどね。年齢に関係なく才能と発見には報酬を払うのが、探索者の世界だから」

「ありがとうございます、こんな……」

「こっちこそ、今日藤原くんに会えてよかった。ほんとはサイファーも一緒に行かせてあげたいんだけど、行動時間に制限があるから。また手続きが通ったらラボに招待していい?」

「はい、ぜひ。また会おうな、サイファー」

「ハイ。休日ヲユックリオ楽シミクダサイ、マスター」


 思いがけず大きな収入があった――それも、手に入れたものを売却したというわけでもなく。


 Dラボラトリーを出てどうするか。ニナが少し眩しそうにしているので、とりあえずどこかの建物に入った方が良さそうだ。


「……あっ」


 きゅぅぅ、と音が聞こえてくる。俺でも七宮さんでもない――となると。


「……食事の摂取による魔力回復は、効率はそれほど良くありませんが」


 どうやらニナはお腹が空いてしまったらしい。俺はスマホを操作し、周囲にどんな店があるのかを調べ始めた。


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