第七十三話 研究所支部

 出掛ける前に七宮さんと一緒に秋月さんの部屋を訪ねる。管理人室は本館の二階にあった――外から見ても二階があるのは分かっていたのだが、足を運ぶのは始めてだ。


「秋月さん、藤原です。ちょっとお話が……」

『あっ……ちょ、ちょっと待って姫乃、応対しなきゃいけないから。えっ? どうしてそんな……あぁっ、切っちゃった』

「……秋月さん?」

『はいはーいっ、ちょっと待ってね』


 ドアが開いて秋月さんが出てくる。ちょっと慌てていたようだが、電話でもしていたのだろうか。


 部屋の中は見せたくないのか、秋月さんは部屋から出てくるとドアを閉めた。そしてこちらを向くといつものように微笑む。


「今日の行き先で相談したいことがあるとか?」

「あ、まさにそれです。さすがですね、秋月さん」

「ふふふ、まあ観察眼に優れている硯さんですから。あらー、白ちゃんすごく可愛い格好してるわね」

「っ……そうでもない。普通の服」


 七宮さんの私服はフリルブラウスにデニムスカートという組合わせで、少し大人っぽいコーディネートだった――胸が大きいのでフリルがあると目立ちにくくなる、ということだろうか。


「そんなこと言って、藤原くんも目が褒めてる感じになってるよ」

「どういう感じですか……というか、俺の格好は大丈夫ですかね、服のことをあまり考えたことがなくて」

「……私はいいと思うけど、外に出たら藤原くんの服も見たい」

「あー、それ、それよね……男の子の服を選ぶって、こういうときにしかできない経験よね。秋の服は私が選んであげようか」

「ええっ……あ、ああいや、秋月さんがそう言ってくれるのは嬉しいですけど」

「もー、真面目なんだから。私が言ってることなんて、適当にあしらってくれていいよ?」

「……それをしないのが、藤原くんの……」

「いいところだよね。さっすが白ちゃん、私と意見が合うよねー」


 秋月さんは七宮さんに抱きついている――七宮さんは困り顔だが、本気で嫌がっているというわけでもなく、和やかな空気だ。


 しかし今の俺は、客観的に見て浮ついていないだろうか――気を引き締めなければ、七宮さんと本当にデートをしていると勘違いしてしまいかねない。


「そろそろ本題に戻りますが……昨日ダンジョンで見つけたものを鑑定したいんですが、良い持ち込み先はありますか?」

「私は『品質鑑定』ができるけど、これは薬草とか食べ物に使うものなのね。鑑定するものが鉱石だとか、装備品だったりするなら、専門の人に頼んだ方がいいわね」

「専門の人……研究所ラボには鑑定ができる人もいますか? それとも自動人形ドール関係が専門ってことなんですかね」

「……あっ。そういうことなら、普通に紹介しても良さそうね。さっき、私の知り合いが藤原くんに会いたいって連絡してきたの。五辻いつつじ姫乃ひめのっていうんだけど、今研究所ラボに勤務してて」


 秋月さんの知り合いが研究所ラボにいる――それなら、その五辻さんという人を通じて俺の動画を投稿した人とも連絡が取れるかもしれない。


「今日は藤原くんが外出してるから別の日でって言ったんだけど、彼女も街にある支部に行くから、都合が合えばそこで会いたいって……ちょっと強引なのよね、いつも」

「分かりました、俺もラボの人とは話したかったので……七宮さん、大丈夫かな」

「私もその人とは知り合いだから、大丈夫」

「白ちゃんは研究所には小さい頃から行ってたからね」

「その人が俺に会いたいっていうのは、やっぱりドールのことですか?」

「ええ、今まで二回とも同じドールと同行してるでしょう。それでやっぱり、凄いデータが取れちゃってるんでしょうね……藤原くんだものね」

「い、いや……確かに、予想もしなかった経験はしてますが……」


 『凄いデータ』というのは、動画での記録以外にもあるのだろうか。特に昨日2号ダンジョンで起きたことはまだ内密にしておきたいので、五辻さんにその件もお願いしておかなくては。


   ◆◇◆


 秋月さんが車を手配してくれて、彼女の運転で駅前までやってきた。


「この春に免許を取ったばかりだから、ちょっと緊張してたんだけど……二人とも、大丈夫だった?」

「全然大丈夫でしたよ。乗り慣れてない感じでもなかったです」

「……硯先輩はなんでもできるから」

「ふふ……って、照れてちゃ駄目よね。私は他の用事があるから、姫乃にはよろしく言っておいてね。たぶん今日の夜はうちに来ると思うんだけど」

「分かりました。ニナ、ここからは歩いて行こう」

「この帽子を借りましたので、光の眩しさは軽減できています」


 『ダンジョンコア』にとって、やはり地上の光は眩しいようだ。日光による他の影響などは無さそうだが、注意して見ていないといけない。


 秋月さんの車が発進し、駅前のロータリーから離れていく。そこそこ人の行き来はある――というか、学園の生徒らしき姿が多い。


「っ……あ、あれ、D組の七宮さんじゃ……」

「やば、私服可愛すぎだろ……天使は何を着ても天使なんだな」

「もう一人いる子も相当可愛くないか? ってかあんな子いたっけ……?」


 男子たちの注目が七宮さんとニナに集まっている――学園では追いかけ回された俺だが、外に出ると目立たずにいられるようだ。


「あそこに見えるは藤原氏……ここで会えたということは、やはり彼を忍者部に勧誘する運命ということ……!」

「ちょっと茜、外でそういうことするの止めときなさいよ。その時代がかった口調も禁止ね」

「ああっ、そんな……! 私から忍者要素を取ったら何も残らないじゃない!」


 忍者部の女子生徒――確か切原茜さんだったか。まさかここで遭遇するとは奇遇もいいところだ。


「……藤原くんは、忍者部に興味はあるの?」

「いや、今のところは……」

「良かった。藤原くんが部活に入るなら、私も入りたいから」

「部活とはどのようなものでしょうか?」

「部っていうのは課外活動をやるときの集まりってことだな。体育系とか、文化系の色々な部があるんだ」

「そうなのですね。私も司さんと同じところがいいです」

「学園の生徒じゃないと部には入れないからな。でも、そう言ってくれるのは嬉しいよ」

「……嬉しい。その感情に、私は興味があります」


 ニナはそう言って、俺の顔をじっと見てくる――さすがにそうマジマジと見られると落ち着かない。


「……ニナ、そんなに人のことを近くで見ちゃだめ」

「はい、私もそうなのではないかと思っていました。じっと見ていると、何か衝動的なものが私の中に生まれるのです」

「衝動って……ちょっと問題があるんじゃないか、それは」

「触れたいとか、司さんの目を観察したいという行動が思い浮かぶのです」

「……藤原くん、こんなに懐かれちゃうくらいのことをしたの? 昨日、ダンジョンの奥のほうで」

「ど、どうだろう……」


 本当に俺にも良く分かっていないので、曖昧にしか答えられない。七宮さんは俺の真意を確かめるように、ニナは興味の目で見てくる――その距離が二人とも近すぎる。


「二人とも、間合いは適切に保ってもらって……」

「っ……ご、ごめんなさい」

「司さんの匂いを嗅ぐと神経系が落ち着くということが分かりました。同時に、何か衝動的なものが……」

「それは抑えたほうがいいやつだな、たぶん」


 ニナが自分で申告してくれるからいいが、その衝動を放っておいたら危ないんじゃないだろうか――俺といることに慣れたら落ち着くのなら、今のうちだけの心配かもしれないが。


   ◆◇◆


 秋月さんに教えてもらった場所は『探索者支援機関 Dラボラトリー支部』と描かれたビルだった。


「藤原司さんですね。五辻からお約束について承っております。そちらのエレベーターから上がっていただいて、B2の応接室にお入りください」

「ありがとうございます」


 受付で聞いた通りに移動する。地上十階建ての建物は他のテナントも入っているが、地下は全てDラボラトリーの施設が入っているようだ。


 B2まで降りてくると、応接室の前にもスペースがある。そこにバイクスーツ姿の女性がいて、ちょうど電話を終えたところだった。


「おー、久しぶり。白ちゃん元気してた?」

「お久しぶりです、姫乃さん。姫乃さんも元気そうで何よりです」

「えっ……白ちゃんがそんなこと言ってくれるなんて。私のこと嫌いなんじゃないかと思ってたのに」

「そんなことは……」

「ごめんごめん、分かってるよ。色々変化があったのは、藤原くんのおかげだっていうことも聞いてる」


 五辻さんはヘルメットを被るためか後ろで髪をおさげにしていて、バイクスーツの前を大胆に開けている。このフロアには他の男性が入ってこないのかもしれないが、直視するにも気をつけないといけない。


「姫乃さん、バイクでここに来たんですね」

「ごめんね、さっき着いたばかりでこんな格好で」

「いえ、お忙しい中お時間を取って頂いて恐縮です。お会いできて嬉しいです、俺は藤原司と言います」


 自己紹介をすると、姫乃さんはグローブを取って右手をこちらに差し出してきた。握り返すと姫乃さんは朗らかに笑う。


「私こそ会えて嬉しいよ、藤原くん。私だけじゃなくて、この子もね」

「え……」


 五辻さんに呼ばれて物陰から姿を見せたのは――サイファーをそのまま小さくしたような、小型の自動人形だった。


「マスター、オハヨウゴザイマス。日曜ハイカガオ過ゴシデスカ?」

「っ……サイファー、五辻さんに連れてきてもらったのか?」

「ハイ、連レテ来テイタダキマシタ。セッカクデスノデ、ミーティングヲ行エレバト思イマシテ」

「ということだから、このサイファーを通して管理者の子ともやりとりできるからね。本当は直接研究所に連れて行ってあげたいけど、正規の手続きを通すまでちょっと時間がかかっちゃってね」

「そうなんですか……すみません、お手を煩わせてしまって」

「……ほんと話に聞いた以上に丁寧な感じね。私も硯も現役に戻りたくなるくらいエキセントリックな成果を上げてるのに」

「それを言うなら、エクセレント……?」


 エキセントリックでは変わった人という意味合いに取れてしまう――まあ、それも客観的には間違いではないのかもしれないが。


「そうそう、ダンジョンで見つかったものの鑑定も頼みたいって話だったね。廊下で立ち話もなんだから部屋に入ろうか。私はちょっと着替えてくるね、待たせてゴメンだけど」


 姫乃さんに案内されて部屋に入る――そこにはミーティングに使う机の他に、金属製の大きな台が置いてあった。


「ここで何をするのでしょうか。そちらの戸棚から魔力反応がありますが……」

「ピピッ 鑑定二用イル魔道具等ガ入ッテイマス コチラハ外部カラノ素材持チ込ミヲ行ウタメノ部屋デス」

「藤原くん、昨日何を見つけたの?」

「魔物を倒したときに拾ったものもそうだけど、最深部に降りたとき、珍しい鉱石とかがあったりしたんだ。それを見てもらおうと思って」


 小型のサイファーはふよふよと飛び回っていたが、そのうちに俺の肩に乗った。俺を止まり木にすることで魔力が補充できるらしい――と、ニナがこちらをじっと見ている。


「私の視界内で魔力供給を行われると、その……衝動が……」

「……それは衝動っていうより、お腹が空いたんじゃない?」

「一日外に出てると心配だな……とりあえず回復はしておこうか」


 『魔力回復小』のオーブはいくつか用意してきたので、ニナに一つ渡す――彼女がそれを握りしめると、オーブの効果が発動した。


「んっ……容量が満たされました。しかしこの魔力の味は……」

「お待たせー、じゃあ早速鑑定行こうか」


 ニナの言葉の途中で、白衣を着た姫乃さんが部屋に入ってくる。


「ん? どうやって持ってきてるの?」

「この台の上に置いてもいいですか?」


 姫乃さんは鑑定するべきものを俺が持っていないと思っている――彼女はサイファーを連れてきてくれたし、信用してスキルを見せても大丈夫だろう。


 バインダーを取り出し、鑑定したいチップを台の上に並べていく。姫乃さんは何を始めるのかと不思議そうな顔をしている。


「――『復元』」

「っ……そ、それが君のスキル……『荷物持ち』の希少わざ……?」


 チップに圧縮されていたものが瞬時に元の大きさに戻る。姫乃さんは驚きを隠せず、目を見開いてそれ以上の言葉を失っていた。

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