第七十二話 のどかな朝
今日の朝食は和風で、汁物・ご飯・基本のおかず以外に、追加メニューの特製卵焼きが出てきた。
「うーん、和食の日はこの卵焼きがたまんないのよね」
「この寮に来て始めて見たよ、卵焼き専用のフライパンというものを」
先輩たちの好物でもあるらしい。秋月さんは寮生たちの反応を見て満足そうにしている。
「朝から重いものにはできないから、定番のメニューを可能な限り美味しくできたら嬉しいよね。私が寮監になる前に、一番準備したのが食事のことだから」
料理で人心が掌握できるのかと言えば、秋月さんがその答えを示しているだろう。
「ニナちゃん、見た目は食が細そうなのにいっぱい食べるわね……」
「いっぱい食べても痩せる体質の人っているんでしょ。羨ましい限りよね」
「秋月硯さんの料理はとても美味しいです。いくらでも食べられます」
「そんなにかしこまらなくていいよ、フルネームじゃなくて名前で呼んでいいから」
「硯さんの料理には魔力が込められています。素材に応じて一時的に能力が向上する効果があります」
「えっ、それって分かるものなの? 『料理』に関係するスキルを極めた人くらいしか、目に見えて食事効果は出ないはずなんだけど」
「敏感なのね……って言うと私が鈍いみたいじゃない」
「俺に言われてもですね……」
ダンジョンコアであるニナと俺たちでは食事の意義も違うということで、ニナは自分に起きた変化を細かく認識できるようだ。
「ニャーン」
「リンちゃんのご飯はこっちね。お姉さん特製の猫まんまでーす」
「塩分とかちゃんと考えてそうよね、硯さんなら」
「実家でも猫を飼ってるから大丈夫。フードが一番バランスが取れてるんだけどね」
猫ではなく『リリム』という種族の魔物らしいし、人型に変身もできる――そういうわけで、どちらかというとフードより猫まんまの方が嬉しいようだ。
「ミャー。ミャミャミャ」
「ん?」
「ねえ見て、藤原に話しかけてるみたい」
「動画でも見たことがあるな、話してるみたいに鳴く猫。微笑ましいね」
他の人にはわからないようだが、リンが何を話しかけてきているか俺にはわかる。あとでちょっと話がしたいということらしい。
「……ご馳走様でした」
いつの間にか七宮さんが食べ終えている――魚の食べ方が凄く綺麗で、手を合わせている姿にも気品がある。
「藤原くん、準備ができたらリビングで待ってるから」
「……えっ? 土曜日に一緒に出かけるって、二人とも……」
「せっかく同級生で同じ寮なんだから、一緒に行動するのはいいんじゃないかな。そういえば瑛里沙、後輩くんに今のうちに聞いておかなくていいのかい?」
「樫野先輩、俺に何かありました?」
聞いてみると、樫野先輩はどこか落ち着かなそうにしつつ、おさげを指先で触りながらこちらを見てくる。
「……日曜日なんだけど、一緒にダンジョンに行かない? 一日中ってわけじゃなくて、ちょっと付き合ってほしいってくらいなんだけど。もちろんななみーも一緒にね」
「藤原くんが行くなら、私も行きたい」
「俺も全然大丈夫ですよ。どこのダンジョンに行くかは決まってますか?」
「い、いいの? あー良かった、普通に断られるかと思った」
「今日の夜に三年生の子たちも帰ってくるけど、たぶん日曜は休んでるでしょうね」
「今夜はお疲れ様会しないとね。藤原たちもまた凄いことしたみたいだし、そのお祝いも兼ねて……な、なに?」
「いえ、樫野先輩ってやっぱり本当は優しいんですね」
「っ……あ、あんたねえ、初対面でオットマンにしてきた私にそんなこと言ってたら、いつか詐欺に引っかかるわよ」
「こんな感じで反省しているからね。後輩くんと一緒に探索したいというのも、私と二人のときに何度も聞かされているんだよ」
「……藤原くん、大人気。でも、樫野先輩にはあげない」
「あ、あげるとかあげないとかじゃなくて……待って、もうそういう関係なの?」
七宮さんが大胆なことを言うので、樫野先輩は大いに動揺していた――俺としては七宮さんがどれくらいの気持ちで言ってくれているのかが気になったりするが、そこにこだわるのは野暮だろうか。
◆◇◆
一度部屋に戻ったあと、中庭に出てみると――すでに人型の姿になったリンが待っていた。
「こ、こら。いきなり変身してたら、驚く人もいるんだからな」
「ミャー」
リンは反省したというように猫耳を垂れるが、悪びれた様子はない。人型になっても気まぐれな猫という感じだ。
「ミャミャミャ、ミャミャッ」
「え……魔力の素の草を集める? 俺たちがいないうちにやってくれるのか?」
「ニャウニャウ」
「それは助かるけど、マホロバ草が生えてる場所とかはわかるのか?」
「ミャーン」
もともとマホロバ草で魔力を補給していたので、生育している場所はわかるらしい。猫の姿では草が集められないので、人型になってみたとのことだ。
「その姿だと魔力が切れたりしないか?」
「ニャーゴ」
「昨日十分補給したから大丈夫? そういうことか……でもこの寮から出るんだったら、服とか着ないと駄目じゃないか?」
「……ミャッ? ミャミャミャ」
「昨日も変身したけど何も言われなかった? ま、まあそれは屋内だからな……その状態を、俺たち人間は『裸』っていうんだ」
「ミャーン」
『裸』の概念は知っていたようだが、改めて指摘すると顔を赤らめている――と。
「……藤原くん、その子、もしかして……」
七宮さんは本当に気配がしない――普通にビクッとしてしまった。
「え、えーと……こんな格好で外に出ちゃってるんだけど、リンが変身した姿なんだ」
「なんとなく、話し方……? が同じだからわかった。凄い……猫が変身するなんて」
「申し訳ないんだけど、リンが着られるような服を借りてもいいかな」
「わかった。とりあえずジャージでもいい? 今日外出したときに、リンの服も買ってくる」
「ニャーン」
こうしてリンは七宮さんのジャージを着ることになり、猫耳は帽子で隠すことになった。
「七宮さん、耳付き帽子って可愛いものを持ってるんだね」
「……何かのパーティの景品。私も嫌いじゃないけど、自分ではかぶらない」
「ニャニャ、ニャニャニャッ……」
「っ……分かった。下に着るシャツを持ってくる」
素肌にジャージを着たことで擦れてしまうらしい――猫でもそういうことは気にするのか。ともあれ、ニナにも服を貸してくれている七宮さんには感謝しかない。
マホロバ草の採取をリンがやってくれるのなら、オーブの材料確保は問題なさそうだ。
今日の予定はまず服を買いに行ったあと、昨日迷宮で見つかったものを鑑定してくれるようなところに行きたい――土曜日も学園は開いているので、ショップに行くべきだろうか。出かける前に秋月さんに相談した方が良さそうだ。
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