第六十三話 可能性

「……私の中で、幾つか『それ』を生成していますね」

「それっていうのは、この中にあるもの……ってことでいいんだよな。これは圧縮した状態なんだけど、それでも分かるのか?」


 チップのバインダーを見せると、双葉さんはあるチップを指し示した。


「『リバイブストーン』……でいいのか?」

「ダンジョン内部デ発見サレタモノガ、ダンジョン本体ヲ回復シ得ルエネルギーヲ内包シテイルノデスカ?」


 俺もサイファーと同じことを思った。『パープルバルン』のコアが変化したものが、ダンジョンそのものである彼女にとって力になりうるのか。


「私が人間の侵入を受け入れているのは、彼らの持つ生命エネルギー……そしてあなたたちが魔力と呼んでいるものが、私の活動を維持するための力と同質であるからです」

「……そういうことだったのか。だから魔物は人間を襲ってくるんだな」

「すべての魔物は自律しており、個々で自分の生命を維持する活動を行っています。私の分体は、生命力を収集する能力を持っていますが」

「魔物は魔物で独立してて、『ジョーカー』はあんた直属っていうことなのか」

「そうなります。魔物は私の中以外でも、同じものが発見されることがあるようですね。私は自分の外部の情報を、侵入者から得ることしかでき、ません……が……」


 急に双葉さんの言葉が途切れ途切れになる。繭の拍動はさらに弱まっている――もう、止まってしまうのではないかと思うほど間隔が長い。


「……魔物のコアに……人間の……魔力が干渉して、できたその『復活石』は……『対象の生命力が零になったとき、一定確率で一定量回復させる』という効果を持ちます。その、効果は……」

「生命反応ガ弱マッテイマス。コノママデハ……」

「……『リバイブストーン』を使う。サイファー、下がっててくれ」


 俺は繭に近づき、復元した『リバイブストーン』を掲げる――すると。


「っ……く……うぅっ……」


 双葉さんが苦しそうにする――そして繭の中の光はかすかに強くなっただけで、また弱まり、消えてしまいそうになる。


「これで回復するんじゃないのか……っ、どうしたんだ……っ!」


 助けられると思った。だがそれは、可能性が提示されただけだった――『リバイブストーン』で生命を維持できるかもしれないと。


「……転移、を……あなた、方に……」


 途切れ途切れの言葉。おそらくあといくらも経たずに転移が始まる。


 なぜ失敗したのか。頭の中を過ぎる言葉――『一定確率』。


 どうすれば確率を上げられるのか。残りの『リバイブストーン』二つを使って試行回数を増やす――それ以外にも、もう一つ方法がある。


「――まだだ。まだ終わりじゃない……っ!」


《スキル『圧縮』を発動 『リバイブストーン×2』を『リバイブストーン+1』に変換しました》


 これが正解なのかは分からない。しかしただの『リバイブストーン』で全く手応えが無かったのなら、同じものをあと二度使ったところで望みは薄いと思える。


 『+1』の可能性に賭ける。『リバイブストーン+1』を掲げ、助けたいと願う――心の底から。


「……オ願イシマス……ッ、ドウカ……!」


 サイファーの声。一度目はただ、苦しませるだけのようにも見えた――しかし。


 繭が、ドクンと脈打つ。


 弱まっていた内部の光が、徐々に強さを増していく――『リバイブストーン+1』が光の粒に変わり、繭に吸い込まれていく。


 真っ暗だった周囲まで照らすほどに、輝きは増す。双葉さんの閉じられていた瞳から、涙が伝っていた。


 双葉さんの身体に絡みついていた根のようなものが外れていく。そして、双葉さんの身体を介してではなく、直接頭に声が響いてくる。


『……その復活石では、効果はなかった。一度目の試行でそう分かったのに……あなたが使った石は、一度目と同じではなかった』

「それが『+1』ってことなのかもな……俺も正直、全身から力が抜けそうだ……」

「……グスッ……ヒック……良カッタ……良カッタデス……」

「サイファー、泣いてるのか?」

「イ、イエッ……ソノヨウナ、滅相モアリマセン」


 サイファーの小型ユニットが照れているように見える――上手くいったという安堵もあって、久しぶりに顔がほころぶ。


『……人間にとって、私達は忌むべき存在のはず。なぜ、私の生命をとどめたのですか?』

「さっき言った通りだよ。ダンジョンと対話ができるなんて、冒険者……いや、探索者としてはそうそう失くしたくない機会だから」

「ソレダケデハナイ……デスヨネ、マスター」

「……何となくだよ、本当に。『ジョーカー』は敵としては脅威だけど、さっきは味方として戦ってくれた。魔物も倒さなきゃならないときもあれば、そうでもない時もある」


 まだ考えはまとまっていないし、もう一度このダンジョンに入ることがあるとするなら、その時は俺もただの探索者だと思っている。俺だけがこのダンジョンにおいて特別な存在であってはならない。


「……そうだ。日向龍堂って男子生徒は……」

『彼は「ブラッドローパー」という魔物に寄生され、その力を自ら利用しました。ここに移動させた際に、私の分体の攻撃を受けています……ですが、死ぬことはないでしょう。すでに、外部に転移させました』


 姿が見えないのはそういうことだったのか――『ジョーカー』の攻撃を受けているというのは気になるが、生きているなら龍堂にとっては儲けものだろう。


(それにしても『龍堂りゅうどう』って……『ベック』の仲間の名前が『リュード』なんだよな。偶然ではあるけど、奇妙な巡り合わせだ)


 『ベック』の仲間たちは、彼がいなくなったあとどうなったのだろう。それを知る由はないが、やはり気になるといえば気になる。


「ピピッ 本体カラ着信 通話ヲ確立シマス」


 サイファーの本体――つまり七宮さんたちから通信が入った。スピーカーからノイズが聞こえてきたあと、音声がクリアになる。


『藤原くん、こっちは大丈夫……双葉さんは見つかった?』

「ああ、見つかった。これからすぐに戻るよ」

『っ……良かった……陽香先輩、藤原くんが双葉さんを見つけました……はい、はい。大丈夫です……』


 陽香先輩の声は聞こえてこないが、七宮さんが宥めている様子だ――憔悴していた先輩も、双葉さんを連れて戻れば元気になるだろう。


『……転移はさせなくてもいいのですか?』

「それをやったら、あんたがまた消耗するんじゃないか? 生命力の源は、魔力でもあるんだろ」


 せっかく危機を脱したのに、また無理をさせては元も子もない。


 ――そう思って、言っただけだったのだが。


「うわっ……!?」


 繭の光が突然強くなる――眩しすぎて全く何も見えない。


「――ピピッ……新タナ、生命反応ヲ……確認……?」


 サイファーの音声には、疑問のニュアンスが含まれていた。サイファー自身も起きていることを把握できていない。


 光が落ち着いたあと、俺は思わず、目に映るものが信じられずに目を擦った。


 倒れている双葉さんの隣に、いるように見える。


「……どういうことなんだ?」

「……コノ方ガ、ダンジョン=サン……デショウカ……?」


 明らかに『こちらの世界』の人間ではない、そんな種族の女性が倒れている――歳の頃合いは俺より少し下か、同じくらいか。


「ん……んん……」


 彼女が無造作に仰向けになったところで、俺は反射的に上を向いた――もしダンジョン=この人だったとして、願わくば、服の一枚くらいは着ていてほしかった。

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