第六十二話 赤と青

 敵側の二体の『ジョーカー』は、俺の側についた個体と幾つかの差異がある。


 向こうは仮面の目の部分が赤く光っているが、こちら側は青い――『捕獲』したことでそうなるのかは分からないが、それが最もわかりやすい違いだ。


 こちら側のジョーカーをとりあえずの仮名で『ブルー』と呼ぶことにする。ブルーは一体でありながら、二体のジョーカーの大鎌を受け止め、さらに押し返している。


「さっき、あんたはこう言ったな……俺があんたを倒したと。さらに分体を起動させる力なんて残ってるのか?」


 双葉さんに宿っている存在は、何も答えない。その間にもブルーは二体のジョーカーの大鎌を弾き飛ばし、さらに右手に魔力を集中して放とうとしている――二体のジョーカーもそれに応じ、一体は炎、もう一体は氷の魔力弾を発生させる。


「――私の中に入り、私の中で混沌を招く者を、排除しなければならない」


 双葉さんの身体に纏わりついた樹木の根のようなものを介して、ジョーカー二体に赤い光が注ぎ込まれていく。


 その供給源は、彼女の背後にある、脈動する繭。まるで命そのものが流れ出しているかのように、脈動がさらに弱まり、繭の中の光が消えかかる。


「「――クカカカカカッ!!」」


 『ジョーカー』2体が笑い声と共に、膨れ上がった魔力で魔力弾を強化する――その後ろで双葉さんがふらつき、繭にもたれかかりながら滑り落ちていく。


 あの繭と、双葉さんに宿っているものには繋がりがある――あるいは、繭の意志そのものが双葉さんに宿っている。


 双葉さんに宿る存在は、残った力をすべて費やしてでも俺と戦うことを選んだ。自分の分体であるブルーが俺に味方しているという状況であっても。



 ――あなたは甘すぎる。魔物にも親と子がいたとしても、彼らは人を襲うのだから。


 ――殺さなくていい魔物なんていねえよ。迷宮は掃除して浄化すべきだ。



 彼らの言うことは正しくもあり、それでも、冒険の中で棘を残した。


 双葉さんに宿る存在は、俺に敵対している。それでもその行動が死を急ぐように見えたことを、無視できない。


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


 『ジョーカー』二体が魔力弾を放つ――『固定』された中でも抵抗して飛んでくるが、そのスピードは容易に避けられる速度まで落ちていた。


 『固定』に抵抗されている間、魔力が削られていく。二体のジョーカーが大鎌を振りかざし、一体は俺に、もう一体はブルーに斬りかかる。


 だが、俺に向かってきた一体はブルーの放った魔力球を受けて吹き飛ぶ。直後、上空に飛ばした『岩塊』のチップを復元する――ジョーカーの一体は潰されるが、大鎌で岩を切り刻んで脱出する。


 大岩を柔らかいもののように切り裂く膂力。そして瞬きの間に数十メートル移動する速度――だが。


(見える……俺は前よりも強くなってる。例え『荷物持ち』でも……!)


 瞬間移動のような速度で移動してきたジョーカーの右腕がこちらに突き出される。一度実際に受けた攻撃だからこそ避けられる――『固定』の効果で命中を免れたあと、俺が繰り出したものは。


「――『復元』!」


 『脱力のリボン』。『生命吸収』を回避した直後なら、ジョーカーの障壁が消えている――驚くほどあっさりと、状態異常デバフが決まる。


 リボンがジョーカーの腕に巻きつくと、ジョーカーは痙攣するように震え、その場に倒れ込んだ。


「――マスター、後ロ……!」


 サイファーの警告に従い、俺は最後の一枚となった『ヴォイドブラスト×3』のチップを繰り出そうと振り返る――だが。


「……クカ……カカカッ……」


 一対一の戦いでは、ブルーは自分と同型の相手より上を行っていた。


 打ち合わせた大鎌の刃が折れている。ブルーが繰り出した『生命吸収』を受け、敵のジョーカーは宙吊りにされ――そしてビクンと跳ねて、動かなくなる。


 もう一体のジョーカーはまだ力を残している。リボンを解けばすぐにでも敵対するだろう。


「……マスター、双葉サマハ……」


 双葉さんに宿った存在は、近づいてくる俺を見ている。


「……侵入者は、全て外部に転送します。藤原、司……あなたたちも……」

「……そうしたら、このダンジョンは……あんたは、死ぬんじゃないのか?」

「私が消滅することで、同時にこの身体は解放されます」


 ただ事実を告げるような言葉。自分が消滅するということに、何の感情も持たないのか――そんな問いかけよりも。


「……ダンジョンを攻略するってのはどういうことか。その一つの答えが、あんたを倒すことなのかもしれない」

「マスター……」

「でも……俺はあんたの話を聞いてみたい。俺たち人間にダンジョンが関心を示してるなんて、前代未聞だろ? あんたがダンジョンそのものっていうのも、まだ仮定に過ぎないけど……言ってることを総合すると、そういうことになる」

「……しかし……私は、もう……」

「取引をしよう。この繭からジョーカーに力が注がれてるのを見て思った……あんたが生きるためにも生命エネルギーが必要なんだろう。俺が持ってる回復手段の中に、あんたを延命できるものがあるかもしれない」


 何も映していないかのように見える虚ろな瞳が、初めて俺を見た。


「……私はあなたに従わなければならないのに、反逆した。それでも……」

「……それでも。俺はあんたを生かしたい」


 双葉さんの手が動き、何かを求めるように伸びてくる。


 彼女が求めたものは――このダンジョンの中の産物。俺が持つチップの中にあった。

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