第六十一話 最深部
「……この下はどうなっているの?」
「アタッチメントアームヲ使ッテ撮影シテミマス」
サイファーは頭の横についているアンテナのようなものを外す。そしてパイルバンカーではないほうのアームの先端に取り付けると、腕を伸ばし始めた。
「こんなこともできるのか……ああ、やっぱり高いな」
「ここを降りたら、深度はどれくらいになるの?」
「底面ヲ検知デキナイタメ、現時点デ予測ハ不可能デス」
「……そんなに深いところまで連れていかれてしまったら、双葉は……私の秘紋の効果も、魔素が濃いと早く切れてしまうわ」
猶予は残されていないが、ここに七宮さんたちを残していくのも心配だ。
「俺が単独で『飛翔』のオーブを使って降りようと思う。この高度だ、とりあえずこの足場からは避難したほうがいい。倒れている人たちを向こうに運ぶよ」
『重量挙げ2』を発動し、二人ずつ運んでいく――女子が三名、男子が一名で、装備がほとんど残っていない状態だ。野営道具の中に入っていた毛布をかけておくしかない。
「出血はもう止まりかけているけど、傷の手当てをしておかないと」
「藤原くん、双葉さんを助けに行くなら、私も……」
「いや、ここで待っていてもらった方がいい。すぐに戻ってくるから……って、何かのフラグみたいだけど。無茶はしないからさ」
あの高度から降りる時点で無茶をしていると分かっている。しかし七宮さんはそれ以上言わずに、ただ頷いてくれた。
「マスター、私ノカメラユニットヲ携行シテイタダケマスカ? 本体ト通信ガ可能デスノデ、状況ヲ報告デキマス」
「それは助かるな。何かあったらすぐに知らせてくれ」
「司くん、こんなことを言える立場じゃないけど、妹を……双葉を……」
「……俺が見た印象では、双葉さんが龍堂に近づいたのは不自然でした。何かが双葉さんを引き寄せたっていう気がしています。それでも、必ず連れて帰りますから」
姉妹でじゃれたりしていたが、本当に仲が良いのだと伝わってくる。俺に同行したいと言った双葉さんに陽香先輩も同行したのは、妹を案じてということもあっただろう。
再び龍堂と戦った足場に戻る。そして端まで行き、飛翔のオーブを握りしめた。
《一時付与スキル:飛翔》
ふわりと浮かび上がり、足場の土台に沿って降下していく。突然スキルが使えなくなったりしたらどうするか――考えるだけで恐ろしいが、祈るしかない。
底の見えない闇――魔物の気配などが無いのは幸いだった。暗闇に目が慣れてくると、人工的だった側壁が再び岩壁に変わったことがわかる。
「――深度15ニ到達シマシタ 酸素・気圧・気温、オールグリーン」
サイファーの
「サイファー、双葉さんの反応は追えるか?」
「――ピピッ アチラノ方向デス 注意シテ進ンデクダサイ」
平坦な地形ではあるが、時折足元に尖った結晶のようなものが突き出している。鉱物のようにも見えるが――一応採取しておく。
《チップの内容:【未鑑定】石英×1》
《チップの内容:【未鑑定】魔鉱物×1》
さらに進んでいくと、巨大な岩の塊が道を塞いでいる。前回も岩を圧縮してチップにしておいたことで、『ジョーカー』との戦闘に利用することができた。
《チップの内容:鉱物を含む巨岩塊×2》
「岩ヲ撤去シナガラ、資源ヲ得ル事ガ出来ルノデスネ」
「そうだな。今は進むことを優先してるから、ひとまず道中で拾えるものだけだ」
「――進行方向ニ未知ノ反応ヲ検出」
「っ……何だ……?」
巨岩を排除して進んだ先には――大きな繭のようなものがあった。
繭の中はかすかに光っている。そして弱くではあるが、その光は脈を打つようにして強まり、弱まりを繰り返している。
「……藤原さん」
その声は双葉さんのものであり、しかしそうでないと思わせる蠱惑的な響きがあった。
振り返ると、想像した通りの声の主がいる。
白い裸身のところどころを、樹木の根のようなものが覆っている。双葉さんであるはずの彼女の目には、光が宿っていなかった。
「……双葉さんに、何をした?」
「私は……あなたのことを、知りたいと思っています」
これは双葉さんの言葉ではないのか。彼女を操っている何者かがいるのか――その姿も気配も感じ取れない。
双葉さんが近づいてくる。その裸身がはっきり見える距離でも、彼女は隠そうとしない。
「……あなたが『私』を倒したあと、『私』はあなたを主として認識しました」
「俺が……誰を倒したって……?」
「侵入者を排除するために、私の分体は目覚めました。私と分体には区別がなく、分体が倒されることは私の消滅を意味していました」
彼女の話は断片的にしか分からない。断定的にわかることは、双葉さんの身体を借りて話しているのは別人であるということだ。
「……双葉さんをさらったのは、俺と話すためだったのか」
「私は人間の知識を持ちません。人間から知識を得るための行動は、試行回数が不足しています」
このダンジョンの奥底に潜んでいるものは、人間の知識を求めていた。
10階層で見つけた『ジョーカー』と似た幾つもの像。そして『分体』。
バラバラだったパーツが組み上がり、朧げな全体像が見え始める。
「……俺が戦ったあの魔物……『ジョーカー』は、あんたの分体だったってことなのか?」
双葉さんの身体を借りた存在は、何も答えない。
「――魔物ノ出現ヲ検知 コードネーム:『ジョーカー』」
双葉さんの左右の地面に黒い波紋が生まれ、その中から姿を現したのは――二体の道化師。
一体でも死を意識させられた相手が、二体いる。それでも逃げるという選択はない。
「俺を殺すために、ここに招き入れたってことか」
答えの代わりに『ジョーカー』二体が大鎌を構える。確実にこの二体に『ヴォイドブラスト』を命中させるには、『生命吸収』を出させなければならない。
「マスター、逃ゲテ……ッ!」
「――ごめん、サイファー」
《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》
『固定』を発動しても『ジョーカー』は動く――まだ俺のレベルでは、この怪物を完全に止めることができない。
しかし繰り出される鎌を避けることはできる。次にジョーカーの頭上から岩を落とし、こちらに攻撃してきた瞬間を狙って、時間差で『ヴォイドブラスト』を発動させる。
――だが、鎌を避けた段階で。
後ろから繰り出された『もう一つの鎌』が、二体のジョーカーが繰り出す鎌を受け止めた。
「……お前は……っ」
他の『ジョーカー』二体とは違う。俺と戦ったあと、地面に吸い込まれるように姿を消した個体。
あの時、確かに聞こえた。『捕獲条件を満たした』と。
「……一緒に、戦ってくれるのか?」
その『ジョーカー』は問いかけに答える代わりに、俺を見た。
アルカイックスマイルの仮面の下に、意志を宿した光がある――その瞳が、俺に従うと言っていた。
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