第六十話 生贄

「設定サレタサーチ対象ガ接近シテイマス」

「……この部屋から、急に人工物のように見えるけれど」

「魔物もこういったものを作る知能があるってことでしょうか」

「あれは……っ」


 ぼんやりと淡い光を放つ、白亜の迷宮。立ち並ぶ列柱の間を進んでいくと――列柱の前に人影のようなものが立っている。


「っ……これは……」

「あの、動画に出てきた……仮面の、魔物……?」


 一体だけでも驚異的な能力を持っていた『ジョーカー』に近い姿。しかし俺たちに気づく距離であるはずが、動く気配がない。


「ピピッ 生体反応ハアリマセン」

「……どういうことなんだ?」

「分からないけど……ここにある人形は、あの魔物にそっくり」

「心音なども感じられません。でも、今にも動き出しそうなくらいにも見えます」

「罠……ということかしらね。けれど石像が急に動き出すようなタイプの魔物でも、魔力自体は完全に消せないとされている」

「……現時点では推測になりますが。ここにある人形には、中身が入ってない……ってことかもしれないですね」


 分からないことだらけだ。ここにある『ジョーカー』そっくりな像は、一体何なのか。


 列柱の廊下はまだ続いている。俺たちは再び進み始める――そして。


「っ……あそこにいるのは……」


 陽香先輩が何かを見つけた。そして俺も気づいた――誰かがうずくまっているのが見える。


 廊下の先にある、広い空間に出る。円形の足場――下に土台があるのか、それとも細い通路のみで支えられているのか。


 足場の中心に大きな魔法陣があり、その上で男がうずくまっている。


「うっ……うぅ……」


 大きな魔法陣の四方には小さな陣があり、それぞれに肉の塊のような柱が立っている。その中に埋め込まれて、人間の顔と身体の一部だけが外に出ていた。


「あ……あぐぅぅぅっ……も、もう……殺して……」

「……岩切、さん……」


 誰もが言葉を失くしている。陽香先輩が岩切と呼んだ女子生徒は、こちらの姿を認めるなり、苦悶に頭を振り乱す。


「あぁぁぁっ……や、やめて……持っていかないで……」

「龍、堂……様……どちらに……何故、私たちを……っ」

「嫌……っ、私達はこんなことのために、ここまで……」


 もう三人は、日向龍堂に同行した生徒たちなのか。辺りに落ちている衣服――あの赤い小鬼が持っていた端切れは、この服の一部だった。


「ククッ……クハハハハッ……!」


 小さな陣から何かが吸い上げられ、大きな陣の上にいる男の身体に入っていく。


「……なぜ……あなたが仲間をこんな目に遭わせたの?」


 立ち上がった男の全身に、バチバチと赤い稲光が走る。その瞳は黒く染まり、瞳孔は赤色に変化していた。


「遭わせたんじゃない……こうなる運命だったんだ」

「やはり……龍堂君、あなたは魔素で正気を失っているわ」

「俺は正気だよ、陽香。『御厨』のお前が俺より強いっていうのは、元から不自然なことだったんだ。だからその間違いは今こうして正された……!」

「……御厨さん……逃げて……その人は、もう……」

「もう、人じゃない……、うぁぁっ……!」

「さっきまで俺のことを信じてついてきたじゃねえか、お前ら。じゃあ俺のためにそうなっても本望だろ? ああ、いい気分だ……他人の力ってのはこんなに美味いもんなんだなァ……!」


 『ジョーカー』は『生命吸収』――エナジードレインで、人間の生命を吸う。


 この魔法陣はそれと似た原理で、四人の生命力を吸い上げ、日向龍堂に注ぎ込んでいる。


 誰がこの状況を仕組んだのか。龍堂が自分の意志でやっているとは思えない――彼を使って何かの実験をしているかのようにも見える。


「さあ、ろうぜ……これはそこの女の技だ。試し斬りしてやるよ……!」


 龍堂はサーベルではなく、刀を携えて襲ってくる――狙われたのは陽香先輩だった。


「――『疾風薙』ィッ!」

「っ……!」


 陽香先輩は秘紋の発動が追いつかず、短剣を魔力で覆って受けようとする。


 瞬間、俺の中で何かが警告する――龍堂の刀が陽香先輩の短剣に触れた瞬間、赤い輝きを放つ。


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


 龍堂が斬撃を放った瞬間、その斬撃が『分裂』する――赤い血でできたような刃が現れ、陽香先輩に届く前に空中に固定される。


「なるほど……これがお前のペテンか、藤原ァ……!」

「その言い方は聞き捨てならないわね……っ!」


 陽香先輩が龍堂に向けて斬りかかる――だが、龍堂は左腕でそれを受ける。


 龍堂の左腕を赤い装甲が覆っている。まるで血を固めたようなそれは、陽香先輩の斬撃で削られてもすぐに修復される。


「初めて使う力だが、驚くほどしっくりくる……今までの俺は何だったんだ? あれだけ弱けりゃこいつにも舐められるわけだ……なぁ、岩切……!」

「うぅっ……あぁ……!」


 岩切が苦痛に声を上げる――また龍堂が力を吸い上げている。


 一刻の猶予もない。俺はすぐ後ろにいる七宮さんに、あるチップを一枚託す――龍堂と戦う上での『最後の切り札』として。


「(これを俺が合図したら、龍堂に投げてくれ)」

「っ……」


 七宮さんは黙ってチップを受け取ってくれる。後は俺と龍堂の戦いだ。


「ざまぁねえな。俺のことを下に見てたろ? だからお前は……」

「――やめろ」

「ああ……? やめてください、だろ。やめるわけねえけどなァ……ハハハハハッ!」

「藤原くんっ……!」


 龍堂が斬りかかってくる――俺の『固定』を目の当たりにしても、それを脅威に感じていない。


「……本気で殺しにかかってくるなら、加減はいらないな」

「澄ましたこと言ってんじゃねぇよ、下等種がァ……ッ!」


 おそらく龍堂本人のスキル――魔力を込めた斬撃を飛ばす技。


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


 それが俺に到達するまでに『固定』し、『ヴォイドブラスト』のチップを龍堂に向けて放つ――すると。


「――それがお前の切り札だよなァ。化け物の攻撃をそのまま使う……だが俺には通じねえんだよなァァッ!」


 三方向から襲いかかる『ヴォイドブラスト』を、龍堂が回避する――龍堂がいたはずの場所には血の人形のようなものができて、『ヴォイドブラスト』はそれを射抜くだけで終わる。


「終わりだよ藤原、クソ生意気な一年――」

「――七宮さんっ!」


 七宮さんが合図を受けてチップを投げる――それが龍堂に当たった瞬間、俺は『復元』を発動する。


 龍堂には『問答無用でその場を離れる』という選択もあった。しかし勝利を確信した人間がそれを選ぶのは致命的に遅れる――1秒の百分の1が、生死を分ける。


「――『復元』……!」


 一度目の『ヴォイドブラスト』のチップと同時に飛ばしておいたもう一枚が復元される。


は効かねえ……って……」


 七宮さんに託したチップの中身は『水妖の香気』。回避スキルの発動を封じられた龍堂の身体に、三つの不可視の槍が突き刺さる。


「……がはっ……ぁ……てめぇ……スキルを、封印……」


 龍堂はその場に膝を突き、倒れ込む。四つの肉の柱が地面に飲み込まれていく――岩切と呼ばれていた人、そして三人の生徒たちがその場に残される。


「……双葉……っ!」


 双葉さんが龍堂に近づく。倒れた龍堂を調べるためか――だが、その行動は予期せぬ事態を招いてしまう。


「きゃぁっ……あ……あぁぁっ……!」


 双葉さんと龍堂の下にある床が『揺らぐ』。黒い波紋のようなものが生じて、黒く染まった中に双葉さんと龍堂が飲み込まれていく。


「っ……くそっ……!」


 『固定』も通じない。双葉さんが助けを求めた手は、俺の手の先で空を切った。


 陽香先輩がふらりと倒れそうになり、サイファーがそれを支える。


「ピピッ 双葉サマノ反応ハマダ追跡ガ可能デス」

「っ……サイファー、本当なのか?」

「それなら、すぐに追いかけて……」


 七宮さんの言葉にサイファーは困ったようにカメラをキュインキュインと動かす――そして。


「双葉サマノ反応ハ、コノ直下――アチラノ穴カラ下二行クシカナイヨウデス」


 倒れている四人を放っておくことはできない。そして、この足場の下に降りていくなんて芸当は、俺一人でしかできそうにない――持てるだけの手段を使って。

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