第五十九話 痕跡

 飛びかかってくる小鬼の全貌が見えた――帽子が赤いだけではない、返り血で全身が真っ赤に染まっている。


「回避強化……『陽炎かげろうの秘紋』」

「シャァァァッ!!」


 振り下ろされたサーベルが陽香先輩を斬ったかに見えた――だが彼女の姿が小鬼の側面に現れ、短剣による刺突を繰り出す。


「ギャフッ……グッグッグッ……」


 肩に斬撃を受けて吹き飛ぶ小鬼――だがその顔からは喜悦が消えない。牙を剥いて笑い、口の端からはダラダラと唾を垂らしている。


「――マジッククラフト……『アイスボール』!」

「ゲギャッ……ギャギャギャッ……!」


 七宮さんの放った凍気は小鬼のサーベルを持つ手を凍らせる――だが即座に氷が砕かれ、小鬼がぎらついた目を七宮さんに向ける。


「っ……」

「――七宮さん、その鬼の目を見ては駄目!」

「シャァァァッ……!」


 七宮さんが一瞬硬直したところを見逃さず、小鬼がジグザグに飛び跳ねながら襲いかかる――だが。


「――グッ!?」


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


 狙ってくると分かっていれば止められる――空中で静止した小鬼に向けて、双葉さんが横笛を吹いて音色を浴びせる。


 同時に陽香先輩が駆け込んでいる。双葉さんの攻撃に併せている――だが。


「――先輩、念のために遠距離で仕留めます!」

「っ……!」

「レベル10 ハイパーバレット・発射ファイア


 収束された魔力の弾が小鬼に命中する――同時に小鬼の身体から周囲に赤い霧のようなものが噴出される。


 この小鬼の戦闘力自体はとても勝てないというほどじゃない。他の探索者が敗れたとしたら何か理由がある――それこそが、今の赤い霧。念のために固定したが、遠距離攻撃で止めを刺せば回避は可能だ。


「……ガフッ」


 小鬼がその場に倒れ込み、動かなくなる。


 魔力:120/137


 魔力の最大値は消耗して回復するごとに少しずつ伸びているが、このペースでスキルを使っていくと残量は楽観できない。


「……このサーベルは……日向家の家紋が入っているわ」

「陽香先輩、この剣を見たことがあるんですか?」

「ええ。日向龍堂……あなたが救助した日向君の兄。彼がサーベルを使っていたはず……この衣服の切れ端は、探索用の制服ね……」

「……学章の色は、二年生の色。けれどこれは、女子の制服です」

「サイファー、この制服についているのは……」

「……可能ナ範囲デ分析シマシタガ、A型ノ血液デス。衣服二付着シテカラ一時間モ経過シテイマセン」


 一体、何が起きているのか――とりあえず、固定した赤い霧を圧縮してみることにする。


《チップの内容:耗弱の血霧×1》


 この霧は接近した人に反撃するためのものだろう。名前からすると、浴びせた対象を弱体化させるものだと考えられる。


「……サイファー。サーベルについている血について、何かわかるか?」

「衣服二付着シテイルモノト一致シテイマス」

「あの小鬼がサーベルを奪って、日向龍堂に同行している人を攻撃した……普通なら、そう考えられるけれど……」

「もし、彼らが魔素中毒の対策をしていなかったら……ってことは考えられますか?」

「……魔素中毒の症状には幾つかある。そのうちの一つが、同士討ち。異常に好戦的になり、ちょっとしたことで諍いが起こる」


 いずれにせよ、日向の兄とその仲間がこの階層にいる。俺たちだけが入れるようにしてもらったはずだが、何か抜け道があったということなのか。


「どうしてその人たちが、このダンジョンに入ったのか……それが、わからない」


 七宮さんはそう言うが、俺と日向騎斗の間に何があったかを考えれば、騎斗の兄が俺に目をつける理由も想像はつく。


「日向龍堂という人は、前からお姉様をパーティに入れようとしていたんです」

「そう……御厨家は日向家と昔から関係があって、日向家は私たちのことを下に見ている。明確な地位の差はないのだけど、龍堂は私のことを欲しがっているの。言ってしまえば、駒として使うために」

「……陽香先輩は全体ランキング2位で、二年生では一位のはず。そうでなくても人のことを『駒』なんていうのは、無理のある話じゃないですか」

「そういう家で、そういう人たちなのよ……と言うと辛辣に聞こえるかもしれないけれど、実際にそう。龍堂は私の体質のことも知っていて、事故に見せかけて毒を浴びるように仕向けてきたこともあったわ。その時は催淫効果ではなかったから、難を逃れたのだけど」

「あの時のことは、もう思い出したくありません……『錬丹の秘紋』で効果が出た時のお姉様は、本当に大変なことになるので」


 騎斗の兄と陽香先輩には因縁があった――ということは。


「……私が司くんに同行することが、龍堂に伝わっていたのかもしれない。司くん、本当に……」

「謝ることはないですよ。それより……龍堂たちが今どんな状況にあるのか。考えたくはないですが、すでに全滅している可能性もある」


 双葉さんが息を飲む――七宮さんも目を伏せ、俺の袖を掴んでくる。


 白い手からはさらに血の気が引き、震えているのが分かる。これ以上進めば凄惨な光景を見るかもしれないのだから、無理もない。


 七宮さんの手を握る。皆の動揺を可能な限り抑えなくてはならない。


「……警告ヲ、イタシマス。『離脱スクロール』ハ現在発動デキナイ状態デス」

「ど、どうしてですか、そんな……っ」

「……龍堂たちは離脱のスクロールを使わなかった。それは『使えなかった』からということなのね」

「ハイ。深度9カラ、スクロール封印ガ起キテイマス……先程マデデータヲ収集シテ判明イタシマシタ」


 サイファーはずっとそれを危惧していたのだろう――窮地に使おうとして不発に終わることを考えると、判明次第報告せざるを得なかった。


 疑うわけじゃないが、双葉さんが念のために『離脱のスクロール』を発動しようとする――だが、何も起きない。


「発動すれば私たちの足元に魔法陣が現れるはず……どうやら、楽はさせてもらえないようね」

「深度9でサバイバル生活をする手も無くはないですが……」

「司くんがいれば、深度10でも探索はできるわ。立て続けにスキルを使っているから、魔力に気をつけないといけないけれど」

「……この服は、手がかりになる。藤原くん、『サーチ眼鏡』は持ってる?」

「ああ、持ってるよ。七宮さん、何か思いついた?」


 七宮さんはこくりと頷くと、サーチ眼鏡をこの場で調整し始める――そして。


「……これで、サイファーのマッピング機能にリンクさせる。そうすると、サイファーのセンサーの範囲に、この服と同じものがあればわかる」

「この場でそんなことができてしまうなんて、『魔工師』って凄いのね……」

「そ、それで……反応は……」


 双葉さんが緊張した面持ちでサイファーに尋ねる――すると。


「――コチラヲ基準点トシテ10時ノ方向ヨリ反応アリ」


 進むべき先は分かった。サーベルと衣服はチップに変換しておくことにして、俺たちは再び進み始める。


「ピピッ 前方ヨリ魔物ノ出現ヲ感知」


 再び出てきたのは紫色のバルンが二体と、赤い小鬼。『レッドブラウニー』とでも呼ぶべきか――だが、彼らに対してはもはや苦戦することはなかった。


《チップの内容:ヴォイドブラスト×3》


《チップの内容:ヴォイドブラスト×3》


《チップの内容:リバイブストーン×1》


《チップの内容:バルンの魔石×1》


《チップの内容:【未鑑定】赤い帽子×1》


《チップの内容:【未鑑定】錆びた短剣×1》


《チップの内容:耗弱の血霧×1》

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