第六十四話 化身

 『繭』の中の光は少し弱まったようには見えるが、問題なく維持されているように見える。


「ん……『ブルー』?」

「ブルー、トハ味方ヲシテクレタ『ジョーカー』ノコトデスカ?」

「ああ、目が青く光ってたから。動かなくなってる……よな」


 目の光が消え、全く動く気配がない――これはそのままにしておいてもいいのだろうか。


(……動いてない状態なら『圧縮』ができるか? 持って帰ってどうするわけでもないけど……いや、これを調べると何か分かりそうか……?)


 双葉さんの隣で眠っているダンジョンの化身――と仮定しておくが――は、まだ目覚める気配がない。上着を脱いでかけておくが、彼女を連れて戻った時の説明も大変そうだ。


「マスター、ドウサレマシタカ?」

「……何というか、このあなたが分体として使っている人形なんですが、持ち出しても大丈夫そうですか?」


 尋ねてみると、人間(?)のほうではなく、繭のほうから反応があった。光が少し強まって、しばらくして弱くなる。モールス信号でもないので意味は伝わらないが、拒絶しているような雰囲気でもない。


「何故カ敬語ニナッテイマスガ……マスター、ダンジョン=サンガ可愛ラシイ方ダカラトイッテ、遠慮ナサッテイマセンカ?」

「初対面だから、一応礼儀としてだな……サイファー、結構厳しいところを突くんだな」

「……自分デ言ッテオイテ、改メテ見ルトトテモ綺麗ナ方デスネ。エルフ……デハナイデスネ、耳ガ尖ッテイナイデス」


 サイファーのカメラが興味深そうにキュインキュインと動いている――上着をかけただけの状態で撮影するのは問題があるので、後で録画は消してもらわなければ。


 話が逸れてしまったが、微動だにしない『ブルー』に手をかざし、『圧縮』してみる――すると問題なく成功し、握った手の中にチップが生成される。


《チップの内容:【未鑑定】仮面の人形》


《チップの内容:【未鑑定】壊れた大鎌》


「……色々と外部に出せないようなことが起きすぎてるな。サイファー、今度の動画については……」

「ハイ、マスターガ許可シタ部分ノミデ構成サセテイタダキマス」

「ありがとう、そうしてくれると助かるよ。じゃあ、そろそろ行くか……よっ、と」

「「んっ……」」


 二人同時に運ぶには、両肩に一人ずつ担ぐしかない。眠っている二人が反応を示すが、全くの無反応よりは安心できる。


「……連れていってもいいのか?」


 繭に向けて尋ねてみる――さっきと反応は同じだ。語りかけてこないのは何故か分からないが、今はもう何も聞けそうにない。


 来た道を戻って『飛翔』のオーブを使う。しばらく飛び続けて、十階層まで戻ってきた。


「藤原くんっ……それに双葉さんとサイファーも……」

「双葉……っ、良かった……司くん、このお礼は私の持てる限りのことで……あっ……」


 出迎えてくれた七宮さんと陽香先輩だが――やはり、俺が担いでいる見知らぬ人物に気づき、不思議そうな顔をする。


「コチラ、ダンジョン深部デ遭遇シタ人物デス。詳シクハ後ホドオ話シシマス……バッテリー低下、本体ト接続シテクダサイ」


 七宮さんがサイファーのユニットを持っていき、本体に接続してくれる。倒れていた四人は意識が戻っているが、今はまだ話せる状態にない――岩切という人を除いては。


「……なぜ、私達を助けたんです? 潜入制限のかかったダンジョンに入っている時点で、助ける義理なんて……」

「込み入った話は後にしましょう。この階層は『離脱のスクロール』が封じられているから、他の方法で脱出しないといけない。動けますか?」

「……服が……」


 こちらに対して、まるでヤマアラシか何かのように警戒していた岩切さんが、徐々に顔を赤くして弱々しい声を出す。


「……日向龍堂という人は、魔物に乗っ取られていたんですね。『ブラッドローパー』という」

「そういう名前なのかは知りませんが、おぞましい肉の塊から、触手のようなものが生えている魔物でした……向こうにある魔法陣の上に立った途端に、それが出てきたんです。蟻地獄に落ちたような気分でした」


 自嘲するように言う岩切さんだが、恐怖を思い出したのか、自分の身体を抱くようにして目を伏せる。


「……私たちはもう終わりです。このことが露見したら処罰される……学園からも除名処分に……」

「ダンジョンの入口には先生がいたはずだ。それでも入ってこられた理由とか、日向家というのがどういう家なのかとか……聞きたいことは多くあります」


 他の三人が不安そうにこちらを見ている。まるで俺に生殺与奪を握られているかのような表情だ――だからといって、そこに付け込みたいわけでもない。


「日向家のことは、何も知らないままでいたらまた後手に回ってしまう。騎斗、龍堂以外にも日向家の人が学校にいるのか、そして他の『名家』はどんな家なのか。可能な範囲でいいし、後日でいい。俺に教えてくれませんか」

「そんな……私はもしチャンスがあれば、藤原君、あなたを攻撃していたかもしれないんですよ。そういうことを平気でやれる人間なんです、信用なんてしたら……」

「リスクはあるかもしれませんが。もし襲われても、その時は戦うだけですよ」

「っ……」


 岩切さんが息を飲む。彼女も相当な実力者なのだろうと思うが、俺も同じ学生であればそう簡単に負けるつもりはない。


 『荷物持ち』にとって戦闘は専門ではないが、準備さえすれば十分に戦える。それは今までの探索で確かめることができている。


「……どうやら、私の敗けみたいですね。戦いもせずに、完膚なきまでの敗北です」

「岩切さん、あなたがそこまで自分で言うなんて……龍堂君とのことが、そんなにショックだったのね」

「あの人のこと、私より弱いって侮ってたのが良くなかったですね。初心に戻って鍛え直します……藤原くん、私もあなたみたいになりたいですよ。どんな逆境でも、最後には必ず勝てるような人になれたら……」

「……岩切さんが恋する乙女の顔を……」

「あの『悪童』岩切さんがまさかそんな……」

「あなた達、聞こえてますよ。はぁ……こんな気持ちになったのは生まれて初めてです。誰かを自分より格上だと思うことが、嬉しいなんて……」


 どうやら岩切さんについては、今後協力してくれそうだが――その目は何か熱っぽく、見られていると落ち着かないものがある。


「……ん……お姉様……?」

「双葉、おはよう……大丈夫だった?」

「……私……さっきまで、他の誰かに……きゃぁっ……!」

「服がなくなっちゃったから……ごめんなさい、ブラだけなら貸せるかも……」

「い、いえ、そんな、七宮さんの大事なものを……私は大丈夫です、お姉様に上着を借りますから」

「もし帰り道を探す途中で魔物に遭ったら……一行の半分がほとんど裸だなんて、なかなか大変な戦いになりそうね」

「ピピッ マスター、探索ノ方針ハドウサレマスカ?」

「そうだな……」


 ダンジョンそのものと目される彼女が起きてくれたら、自分の中のどこに転移陣があるのか教えてくれるかもしれない――と思っていると。


「藤原さん、私、分かるかもしれないです。脱出するための転移陣の場所が」



 一度ダンジョンの意思を宿した双葉さんはその記憶が残っていて、離脱の転移陣の場所まで俺たちを案内してくれた。


 危惧された魔物の襲撃も一切なかった――それも、ダンジョンの化身を連れていれば当然なのかもしれないが。


 それから一時間ほどして俺たちは転移の魔法陣に辿り着き、無事にダンジョンの外へと脱出することに成功したのだった。



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