第五十五話 命名と抽出

 サイファーの機嫌が戻るまでそれからしばらくかかったが、三人が起きてくるまではまだ時間がかかりそうなので、先程から気になっていたことを聞いてみることにした。


「サイファー、今日のスペックって見せてもらえるか?」

「カシコマリマシタ チョットダケデスヨ」


 サイファーが前と同じショルダーバッグからカードを出して見せてくれる。



 名前:未設定

 識別番号 000938

 機種:サイファー03式

 レベル:6

 生命力:60/60 魔力:40/40


 搭載兵器:エレメントカノン 1門

 エクステンド:リピートパーツ

 サイドアーム:パイルバンカー

 特性:浮遊 光学迷彩I レコード マッピング



「……あれ? レベルが1上がってないか?」

「ッ……ソ、ソレハソノ……前回同行シタ後、チューンアップヲ行イマシタ」

「そうなのか。サイドアームがパイルバンカーってなってるけど、これは?」

「一撃ノ攻撃力ヲ上ゲタ方ガ役割ヲ持テルカト考エマシタ。ワタシノ重量ハ軽イデスノデ、高反動ノ兵器ハ搭載デキナイデスガ、コノ『パイルバンカー』ハ自動人形用ニ搭載デキルヨウニ開発サレマシタ」

「へえ……なかなかカッコいいな。ロマンがあるっていうか」

「パイルバンカーハ男ノ子ノ武器ダト、開発者ガ言ッテイマシタ」


 今後表面が硬い敵が出てきたら、パイルバンカーは有効かもしれない。


 それよりもやはり気になるのは、まだ名前が未設定というところだ。


「……サイファー、この名前ってそのうち研究所でつけてもらえるのか?」

「イエ、マスターニ命名シテ頂イテモ問題アリマセン。既ニマスター専用機ノヨウナモノデスノデ」

「そうなのか。でもサイファーって呼び方が馴染んでもいるんだよな」

「デハ『サイファー』ハ普段ノ呼ビ名デ、真ノ名ガアルトイウコトニイタシマショウ」

「それがいいかもしれないな。サイファーはなんて呼んでほしい?」

「……ヤハリ『サイファー』カラ取ッテ、サ……『サーニャ』トイウノハ……」

「おお、なんだか可愛い名前だな。じゃあ普段はサイファーだけど、ここに記載するのは『サーニャ』にしようか」

「……ヒツヨウ、ナノデショウカ」

「俺にとっては大事だよ。サイファーはサイファーで、他の自動人形ドールとは違うんだから」

「……ピピッ マスターカラ個体ネーム登録申請 承認サレマシタ」


 名前:サーニャ


 サイファーのカードの名前欄が『サーニャ』に変わった。俺のセンスでつけたと思われると若干響きが可愛すぎるとは思うが、他ならぬサイファーの案なので気にしない。


「……念押しするのもなんだけど、さっきの映像は外に出しちゃ駄目だぞ、陽香さんは毒の中和をしてただけだからな」

「勿体ナイノデ外ニハ出シマセン、内密ニイタシマス」


 言い方が少し気にはなるものの、前に出た動画の内容についても取捨選択が見事なものだったので、不信感はまったく持っていない。


「よし、いい子だ。さて、もう少し見張りをしててもらえるかな」


 サイファーの頭を撫で、俺はふたたび地底河のほとりにやってきた。


(こっちの方角にこだわる必要はないんだが……何か気になるんだよな、向こう岸が)


 気流の流れとでもいうのだろうか、向こう岸の先に何か大きな環境の変化があるように感じられる。洞窟の中でのこういう勘には自信がある――と言っても、それは『ベック』の経験ではあるが。


《魔物と遭遇 エアフィッシュ:3体》


(よし、来たな……!)


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


 ビシュッ、と水面から飛び出してきた魚たちを『固定』する。


 そのままでは足場とするには高すぎる――しかし、寮の押入れを開けて物が崩れてきたときに分かっていたことだが、『固定』したものは俺の手で触れると移動させられる。


(空中に浮かぶ魚で足場を組む……って、これをしなくてもそのへんの石を固定してもいいわけか。でも『固定』の範囲を絞っても『1個』に対して魔力は1消耗する。1個の範囲はモノによって異なるが、その範囲を動的に調整するのは難しい)


 『固定』の有用性は何も考えずに使っていても発揮されるが、使い手である俺自身が練度を上げる余地はまだまだある。


 たとえばこの河――『流水』の固定については、今の俺ではできないと本能的にわかる。限定された範囲を固定することはできるが、膨大すぎる質量は固定しきれない。


 しかしそれも練度の問題なのかもしれない。将来的に『固定』の可能性を引き出せるのかもしれないが、現時点でできることを把握することが肝要だ。


《魔物と遭遇 エアフィッシュ:15体》


(っ……イワシか何かの群れじゃないんだから、そんな数で出て来られると怖いぞ……!)


 水面から次々に飛び出してくるエアフィッシュを止めていく。これでも経験を積めている感じはするのだが、レベルアップには程遠いようにも思う――ボスクラスの敵でなければまともに経験が得られない、なんともハードな話だ。


「……待てよ」


 固定されたエアフィッシュの群れを見ていて、あることが思い浮かんだ。


(マホロバ草のときは、11個を同時に圧縮しようとして、偶然オーブが生成された。わかったことは、『+9』のものを一つ作ってしまえば、それに同じものをもう一つ『圧縮』でかけ合わせることで、オーブが一個できる)


 その原理でいうと――『エアフィッシュ』でも同じことができる可能性はある。


 ただ、『固定』された状態の生物はそのままでは圧縮できない。七宮さんに来てもらって、仮説を立証してみることにした。


   ◆◇◆


 七宮さんは『マジッククラフト』で魔力を炎属性に変えることもできるため、それを利用して服を乾かすことができるそうだった。


「……藤原くん、寒くない?」

「俺は大丈夫だよ、動き回ってて暑いくらいだから」


 気温が低いので七宮さんに上着を貸すが、サイズがぶかぶかで袖が余っている――何度も手を出そうとして袖を引っ張る様子に、つい目を惹かれてしまう。


「……あったかい。ありがとう、貸してくれて」

「あ、ああいや……ああ、あれが固定しておいたエアフィッシュだよ」

「ああやって宙に浮いてると、手品でも見てるみたい」


 糸で吊ってませんよ、的なマジックだろうか。自分でやっておきながら、確かに不思議な光景ではある。


「これを凍らせる……『マジッククラフト』『アイスボール』」


 七宮さんの作り出した冷気の球は、見事にエアフィッシュを氷漬けにした。


 俺は両手をエアフィッシュにかざす――せっかくなので、15匹を全て一度に圧縮してしまうイメージで、両手を組み合わせる。


「――おぉぉっ……!」


《スキル『圧縮』を発動 『【冷凍】エアフィッシュ×15』を『【冷凍】エアフィッシュ+9』に変換しました》


《10個を圧縮し、余剰分を『飛翔』のオーブ5個に変換しました》


 冷凍されたエアフィッシュ10匹はひとつに圧縮されて『+9』になり、余った分は宝石の粒のような『オーブ』に変わる。


「すごい……マホロバ草のときと同じ……」

「このオーブは、エアフィッシュの能力を抽出したものってことになるのかな……ということは……」


 河を渡る方法についていろいろと思索を巡らせたが、ここに来て新しい解法が出てきた――このオーブの効果が俺の思う通りならばだが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る