第五十六話 付与スキル
「この『オーブ』は、『飛翔』って能力が使えるみたいだ」
「っ……回復に使ったりするものじゃなくて?」
「たぶん薬草を圧縮して作ったオーブは、体力回復に使える。マホロバ草は魔力回復……つまり、圧縮したものの特性が抽出されるっていうか、そういう感じなのかな」
「……なんとなくわかった。エアフィッシュを圧縮したから、飛べるように……なる?」
「やってみるしかないんだけど、予想できる効果が効果だけに、平地でやるのはちょっと怖いな」
水の上に落下すれば怪我はしないにしても、水中の魔物は他にもいるし、さっき服を乾かすのに手間取ったばかりでまた濡れるのもどうなのだろう。
「「「ピィ!」」」
「おおっ……お前たち、近くにいたんだな」
近くの川面からさっき捕獲したイカたちが顔を出している。俺たちのことをしっかり覚えている――ダンジョンの外に出て戻ってきてもそうなのだろうか。
「ピィッ」
「ん? その仕草は一体……」
「……他の魔物が近づかないようにしてくれてる?」
イカたちが何か音波を発している――いつこちらに飛んできてもおかしくなかったエアフィッシュたちが、驚くほど静かになった。
「なるほど……この河においては、お前たちが『
イカたちが得意げにしているように見える――なんにせよ、この近くで『飛翔』のオーブを試しやすくはなった。
「念のために七宮さん、ちょっと離れててもらえるかな」
「うん……気をつけてね」
正直を言うとかなり緊張している――エアフィッシュと同じような飛び方だった場合、オーブを使った途端に俺の身体が弾丸のように飛ぶこともありうる。
(伸るか反るか……やってやれないことはない……はずだ!)
《一時付与スキル:飛翔》
「おっ……おぉ……!?」
『飛翔』のオーブを握って『使いたい』と念じると、効果が発動した――危惧していたように飛行を制御できないということはなく、身体がふわりと浮き上がる。
「……飛んでる……藤原くん、超能力者みたい」
「はは……『魔法使い』だったら飛行魔法とかも使えるんだよな、たぶん」
「魔工師も飛行の魔道具を作ったりする。有名なのは魔導
飛翔のオーブは効果が永続するわけではなく、一定時間しか飛行できないが、時間切れになるときは徐々に高度が下がって落下事故は起こらない――ということらしい。
「ちょっと向こう岸まで行けるか見てくる」
「魔物は静かになってるけど、気をつけてね」
川幅は200メートルほどはあるが、悠々と飛行して向こう岸まで行けた。本当に思うままに飛行できるが、曲芸飛行的なことをすると酔いそうなので、無難に水平を保ったままで元の場所に戻ってくる。
「ふぅ……よし、これで向こうまで行けそうだ。橋を作る方法だと、足場をしっかり作らないと危ないからな」
「……藤原くん、その『オーブ』って私も使えるの?」
「使えると思うけど……そうだな、七宮さんも自分で飛べたらそれが一番いいか」
「うん……藤原くんみたいに上手くできるか分からないけど、やってみる」
飛翔のオーブを七宮さんに渡す。もし彼女が落ちてきても助けられるように、ビーチフラッグの選手のような心構えで身構える。
「じゃあ、行きます……あっ、凄い……ふわふわって……」
七宮さんが飛翔のオーブを使い、空中に浮き上がる――少し危なっかしいというか、身体のバランスを保つのに苦労しているように見える。
「――きゃぁっ!」
3メートルくらいの高さまで浮いたところで、くるんと七宮さんの身体が回転してしまう。スカート姿でそんなことになってしまったらどうなるか――。
「み、見ないで……ごめんなさい、私にはちょっと難しいかも……」
「そ、そうか……落ち着いて、ゆっくり元の姿勢に戻ってみよう」
「うん……あっ……戻れそう……」
七宮さんが慎重に元の姿勢に戻る――だが、今度はそこから高度を下げられない。
「……どうしよう」
「そのうち効果が切れると思うけど……もう降りたいっていうことなら、俺が……」
「――きゃぁっ!」
キャッチする、と言おうとしたところで七宮さんが悲鳴を上げる――俺は彼女を受け止めるために、反射的に動いていた。
「ふもっ……!」
「んっ……ご、ごめんなさい、急に落ちちゃって……」
なんとかキャッチはできたが――俺は生涯で初めて、ある意味で顔面に騎乗されてしまうこととなった。
七宮さんのスカートの中に俺の頭はすっぽり入ってしまっている。つまり俺の顔に直に当たっているのは――。
「ふももっ……!(ごめんっ……!))」
「だ、駄目……今は喋らなくていい……っ」
むぎゅ、と太腿で頬を挟まれる――こんな幸福な窒息がこの世に存在するとは思わなかった。
「ゆっくり……ゆっくりしゃがんで……そう……」
七宮さんにお願いされて、俺はゆっくりと膝を曲げて高度を下げる。それでも降りるには少し高い。
「……そ、そこなら大丈夫、つかんでも……」
七宮さんのくびれた腰に手を添え、ぐっと持ち上げて下ろす――触るところ全てが柔らかくて、下ろした後もしばらく放心状態に陥ってしまう。
「……私には、そのオーブで飛ぶのは難しいみたい。藤原くんはオーブを作った人だから、特別に使いこなせるのかも」
「そう……なのかな。そういうことなら、他の皆にオーブを使ってもらうのも難しいか」
「私が使えないだけかもしれないけど……他の二人が同じようなことになったら、藤原くんが大変なことになる」
「ははは……」
「……笑いごとじゃない。私はいいけど、御厨さんたちは駄目」
七宮さんにそう言われてしまうと、事故は未然に防いだ方が良さそうだ。
それに陽香先輩に関しては、今顔面に騎乗なんてされたら色々とまずい――彼女がどんな夢を見ているか次第ではあるが。
◆◇◆
俺たちがテントに戻ると、陽香先輩は大きい方のテントに移動して、すでに着替えを済ませていた。双葉さんも準備は万端で、俺はテントを片付けて再び圧縮する。
「……その、つい眠ってしまってごめんなさい」
「いえ、陽香先輩も疲れていたと思うので……よく休めましたか?」
少し離れたところで双葉さんが七宮さんと話しているのを横目で見ながら、陽香先輩が近づいてくる――そして、耳元で囁かれる。
「……身体はすごく元気。だから、心配しないで」
「そ、そうですか……あの、くすぐったいのでそういうのは……」
「さっきはあんなに激しかったのに……あなたって、意外にベッドヤクザさんなのね」
「ベッ……」
さっき陽香先輩は興奮状態にあり、俺の手をよく分からずに自分の胸元に導いていた――途中からは『夜を這いずる手』を使って眠ってもらったわけだが、それで見ていた夢を現実と思い込んでしまっているのか。
「あなたのシュラフで裸で目覚めたときはびっくりしたけど……私、『錬丹の秘紋』のことは関係なく、あなたで良かったって思っているの」
「お姉様ー、そろそろ行きませんか? 駄目ですよ、パーティ行動なのにひそひそ話は」
「ふふっ……ごめんなさい、今のうちに話しておきたいことがあって。行きましょう、司くん」
『藤原くん』から名前呼びに変わっている――つまり陽香さんの中では、俺と最後までとか、ベッドヤクザ的なことをされたとか、そういうことになってしまっている。
双葉さんを先に行かせて、こちらを振り返った陽香先輩がウィンクをする。俺は真実をできるだけ早く、穏便に伝えなければと思うが――どうやら、それはダンジョンを脱出するまで難しそうだった。
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