第五十三話 激戦

《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


 まず『固定』が効くかを確かめてみる――だが『ミミックスクイッド』は、驚くべき方法で『固定』に対処してきた。


 本体を固定しようとすると触腕で遮られ、『固定』された触腕が切り離される。これでは本体の動きを止められない――そして触腕は何度でも再生してくる。


「なんて回復力……陸に揚げられたら大人しくしていればいいのに」


 陽香さんに全く同意だ――しかしこちらの事情など構わずに、無限に再生を繰り返してくる魔物というのも当たり前に出てきてしまう。それがダンジョンだ。


「――みんな、距離を取って攻撃してくれ!」

「行きますっ……『バウンスノート』!」

「『マジッククラフト』……『アイスボール』!」


 『跳ねる音符バウンスノート』――双葉さんが横笛で奏でる音は目に見えないが、音の弾が敵に命中し、衝撃を発生させているようだ。


 巨大イカの身体の一部が衝撃で弾け飛び、ウネウネと動いていた触手が一本凍結する。しかし弾けた部分はすぐに再生し、凍った触手は自ら切断して、また新しいものが生えてくる。もっと火力を出さなければ――。


「サイファー、『エレメントカノン』を使わせてくれるか?」

「本日ハ『リピート』パーツヲ装備シテイマス。魔力供給ガアレバ16連発ガ可能デス」

「よし……っ、行くぞ、全力連射!」

了解ラジャー!」


 サイファーの背部にある装填口に触れ、魔力を注ぎ込む――すると、ノーマルバレットが砲台から連続で撃ち出された。


 しかしイカの触腕は撃ち抜かれても即座に再生してしまい、本体には数発しか届いていない。連射で駄目なら『ハイパーバレット』を使う手もあるが――と考えたところで。


「やはり弱点を狙う必要があるみたいね……藤原くん、ここは私が打開するわ」

「陽香さん……っ、お願いします!」


 陽香さんは俺から短剣を受け取ると、それを逆手に持って駆けていく。


「速度強化……『朧月ろうげつの秘紋』」


 学園でも見せていた、速度の強化――それはミミックスクイッドの目にも止まらぬ触腕による連続攻撃を、全て回避するほどに達していた。


「――藤原くん、攻撃をよく見て!」


 宙返りをして触腕を避けながら陽香さんが言う――素の体術にも優れていることがよく分かる、機敏すぎる身のこなし。


「――ピピッ」

「サイファーも気づいたか……あのイカ、弱点を庇ってるんだ……!」


 陽香さんは目にも止まらぬ連続攻撃を避け続けていたが、ついに自分の身体を掠めそうになった触腕に向けて短剣を振るう――すると、切断された触腕がまだ生きているかのように陽香さんに絡みついた。


「くっ……あぁ……麻痺毒ね……複数の毒を持っているなんて……っ」


 動けなくなった陽香さんに向けて、イカが隠れていた口を開く――無数の触手の奥にある、軟体生物に似つかわしくないような歯の生えた口を。


(ここしかない……っ!)


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


 俺は『重量挙げ』を発動し、サイファーを抱えてイカの口に向けて突っ込んでいく。


「――レベル8……9……10 ハイパーバレット・発射ファイア


 走る間にチャージされた魔力が、サイファーの砲台から放たれる――イカの口の奥に見えている『コア』らしきものに向けて。


「シュギィィィァァァ……ァァ……」


 イカの身体を魔力弾が貫く――今度は再生しない。動いていた触腕から力が抜け、全体からも生気が失われていく。


「――お姉様っ……!」


 触手に巻き付かれた陽香さんに双葉さんが駆け寄る――しかし。


「双葉さん、触れちゃだめだ! その触手には毒がある!」

「そうよ……双葉、私は大丈夫だから……」

「だ、大丈夫なのはわかってますけど……っ、あの『秘紋』は……っ」

「え……?」


 陽香さんは痺れている様子で座り込んでいたが――自分で触手を剥がし、そしてなぜかスカ―トの裾をくいっと持ち上げる。


 真っ白なもも――を見ている場合ではなくて、そこには紫とピンクの中間くらいの色をした紋様が浮かび上がっていた。


「この紋章が紫から別の色に変化すると、毒の成分を中和できたということなの。もちろん入れ墨とかではなくて、スキルによる一時的なものよ」

「……前はお腹に出てましたよね、その模様」

「際どいところに出てしまうこともあるわね。『錬丹の秘紋』は……けれど、それくらいなら私にとってはリターンの方が大きいわ」


 つまり陽香さんはスキルで毒を中和できるということだが――びしょ濡れになった上に触腕がまだ絡みついたままで、とても直視できない状態になってしまっている。


「――ピピッ 魔物ノ反応ヲ確認」

「まだいるのか……って……」


 巨大イカはもう動かないが、それを守るようにして、小さなイカが三匹出てきている。


「ピィー!」

「イ、イカって鳴くんですね……いえ、魔物だからでしょうか?」


 最初は身構えた双葉さんだが、五十センチほどしかないぬいぐるみのようなイカの姿に戦意をなくしたのか、笛をしまう。七宮さんも戸惑っているようだ。


「放っておいたら悪さをするのかもしれないけど、今は無害そうだし……それに、ごめんな」

「……ピィ……」


《魔獣の捕獲条件を満たしました》


「えっ……」

「どうしたの? 藤原くん」

「えーと……捕獲条件を満たしたみたいなんだけど。どうしようか」

「そ、そうなんですか……? でもイカさんを連れて歩くわけにもいかないですし……」

「条件は満たしても、今は河に戻ってもらうしかないようね……大きくなると大変な魔物だけど、幼体は可愛いのね」


 すっかり回復した陽香さんは、イカたちと交流している――しかし、この状態のままで探索を続行するのは色々と厳しい。


「……あっ……ご、ごめんなさい、藤原さん。何も聞かずに私の言うことを聞いてくれますか?」

「え? は、はい、何かありました?」

「その……さっきみたいな毒を中和したあとは、お姉様になるべく近づかないようにしてもらいたいんです。理由はちょっと言えないんですけど……」

「全然それは大丈夫ですが……ああいえ、分かりました」

「……?」


 七宮さんも頭に疑問符を浮かべている。俺もわけがわからないが――さっき陽香さんが『リターンの方が大きい』と言っていたので、リスクも相応にあるということだろうか。


 エアフィッシュの攻撃を受けないようにみんなには退避してもらい、俺は残って戦利品を集める。『ミミックスクイッド』のコア、そして触手など――チップにすることで余すことなく回収できるので、持っていくものを厳選しなくていいのが有り難かった。


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