第五十二話 地底河
エアフィッシュの出現地帯を駆け抜ける――幸いにも、移動中に攻撃されることはなかった。
「あの岩陰にいったん隠れましょう。池のある地帯からの射線を切れば、飛んでこないでしょうし」
陽香さんの先導で、大きな岩の陰に入る。するとひとまず静かになった――ここなら大丈夫そうだ。
「移動中は攻撃されなかったので、一箇所に止まってると狙ってくるみたいですね」
「なるほど、そういうことね。水中からでも、動いているものは察知できるのかしら」
「鉄砲魚じゃないですけど、それのトビウオ版みたいな感じですか?」
「というか、ダツって魚の魔物版って感じですね。『エアフィッシュ』っていう名前みたいなんですが」
「飛ぶ距離が凄く長い。だから『
遭遇した魔物について話していると、ベックとしての記憶が脳裏を過る。
――おっさんは戦わねえんだから、魔物のことなんて気にしても無駄だろ。
――怪我でもされたら回復まで待つことになるしね。
――ベックさんほどすごい荷物持ちの人は簡単に見つかりませんから。
ソフィアだけがベックにとっての癒やしだった――彼女がいなければ、ベックは早い段階でパーティから放逐されていただろう。
(……結局、深淵の獣はどうなったんだ? あれを倒すことで、Sランクパーティの中でもリュード達は最高の栄誉を得るはずだった。俺がいなくなった後で倒せた……のか?)
考えているうちに、何かが引っかかる。
魔物との戦いに特化していなかったベックは、仲間を転移させたあと深淵の獣になすすべもなく倒された。
そのはずなのに、何かがそれを否定している。死ぬまでに何かをした――その何かが思い出せない。命を落とした時の記憶なんて、残っているほうがおかしくはあるが。
「――原さん、藤原さん? どうしたんですか、急に考え込んでしまって」
「あ……いや、何でもない。そういえば双葉さん、俺に対して敬称って使ってたっけ? 前は違った気がするんだけど」
「それは……私なりに考えてみてから、『さん』の方が私たちの関係性に適していると思っただけです」
「ヤハリ、フタバ様ノコードネームハ『マジメ』デ適切カト思ワレマス」
「ああっ……それは確かにその通りだと自分でも思うんですが、性格的なものなので……」
「自分よりランキングが上の人には敬意を払うということね。我が妹ながら権威に弱いわね」
「どうとでも言ってください、藤原さんを尊敬しているのは否定しませんし」
目の前でそんなことを言われると、さすがにこそばゆいものがある。サイファーのカメラがキュインキュインと動いている――こんなところは撮らないでほしい。
「……サイファー、あの沢山あった池なんだけど、水はどこから来てるかわかるか?」
「ピピッ アノ池ノ水源ハ別ニ存在シテイマス 付近ニ地下水脈ガアリマス」
「地下水脈……洞窟内に、川でもあるっていうのか?」
「ハイ。コチラヲ基準点トシテ二時ノ方向ヨリ、水ガ流レル音ヲ感知シテイマス」
「……凄く優秀なセンサー。私にはまだ何も聞こえない」
地底河なんてものを見つけたとして、そこが目的地というわけでもないが――ダンジョン攻略は元から全てが手探りだ。行けるところ全てに行って調べるしかない。
「そういえば、他のダンジョンでは川を移動して他の階層に行く……なんてこともあるそうよ」
「川の中に魔物がいたらと思うと、なかなか勇気が必要ですね……」
「……エアフィッシュがいるなら、水中を移動するのは難しい」
「今回はそういうダンジョンじゃないと思いたいですが……というか、今のパーティで水中戦は無理ですから、そういう場合は準備が要りますね」
「……船を小さくして運んだり?」
七宮さんに言われるまで気付かなかった――資金さえあれば、ダンジョンに乗り物の類を持ち込むことも可能だ。水上戦に対応できるような戦闘用ボートなんてものも、調達さえできればダンジョン内で運用できる。
「まだ姿も見えない水脈を目指して移動する……なんていう時には、確かに乗り物があると便利でしょうね。さて、そろそろ移動を始めましょうか」
◆◇◆
十五分ほど進んだところでかすかに水の流れる音が聞こえ始め、もうしばらく進むと川が見えてきた――向こう岸は見えているが、この流れの速さでは渡ることは難しい。
「ああ……ばっしゃばっしゃ飛んでますね、エアフィッシュ」
「あれを固定して足場にしたり、向こう岸に渡る方法は幾つか考えられますね」
「藤原くんのスキルを使うと、ダンジョンをパズルみたいに攻略できそうね……どんな場所もやり方次第で踏破できてしまいそう」
「……あれ……何? 光ってる……」
七宮さんが川の方を指差す――空中に何か曲がった棒のようなものが突き出ていて、その先端が発光している。
「エアフィッシュが……消えた?」
光に向かって集まってくるエアフィッシュが、飛び上がったところで次々と姿を消している。
「――ピピッ 水中ヨリ中型ノ魔物反応ヲ感知……キャァァーー……!?」
サイファーが悲鳴のような声を上げて、空中に舞い上がり、川のほうに飛んでいく。
《魔物と遭遇 ミミックスクイッド:1体》
「気をつけろみんな、川の中に何か……っ」
「くぅっ……な、何なの……ヌルヌルして解けない……っ、あぁっ……!」
「返しなさいっ、それは私の大切な笛……きゃぁぁっ!」
「っ……駄目……この触手、触れると力が……」
水中から幾つも飛び出してきた紐のようなものが、仲間たちを絡め取って水中に引き込む――陽香さんが抵抗に使おうとした短剣が弾かれてこちらに飛んでくるが、『固定』で空中に留める。
(敵が俺を先に狙ってこない……っ、こういう時に『固定』は後手に回るな……!)
最後に水中から出てきた軟体の紐のようなものが、残った俺を捕まえようとする――だが。
《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》
捕まる寸前に固定する。触れるだけで力が抜けるのなら、触れなければいい――そして。
(『固定』した以上、それは俺の『荷物』になりうる……!)
『ミミックスクイッド』の触手らしきものに陽香さんの短剣を突き立て、一気に引き上げる――水流の抵抗もあり、一瞬身体が持っていかれそうなほどの荷重を感じたが、その瞬間『重量挙げ2』の効果が発動する。
「――うぉぉぉぉっ……!!」
ドパァン、と水面を割って飛び出したのは巨大なイカのような生き物――俺はすかさず仲間を捕らえている触手に短剣で斬撃を繰り出す。
(わりと簡単に切れた……っ、水から上げれば弱体化するみたいだな……!)
触手から解放された仲間たち――びしょ濡れになってしまって、前髪が目にかかってしまっている――が、巨大イカに無言のプレッシャーを向けている。
「よくも好き勝手してくれたわね……どう料理してあげましょうか」
「水が多いダンジョンなので、服が濡れないようにと心配していたのに……思い切りやってくれましたね」
「……ぬるぬるして変な感じがする。早く洗いたい」
「ピピッ
「陸では弱体化するみたいだけど、まだ気は抜けないな。来るぞ……!」
『ミミックスクイッド』の名前の由来は、アンコウのような光る器官がついているかららしい――あれに気を取られているうちに捕食するという生態のようだ。
まだ何らかの攻撃手段を持っている可能性はあるので、慎重に倒しきらなければならない。ここは直接攻撃よりも、遠隔攻撃で攻めた方が良さそうだ。
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