第五十一話 転移位相
「今の時刻であれば、転移位相は前回の実習の時と一致している可能性が高い。たまに例外も起こるので、絶対の保証は無いのだが……それでも構わないだろうか」
「ああ、位相の変化っていうのもありましたね……まあ違うところに出たら出たで、同じダンジョンの中ではあるんですよね」
「そういうことにはなる。この2号ダンジョンには六種類の位相があり、そのいずれからも離脱の魔法陣に到達できることが確認されている。なぜ必ず外に出られるようになっているのか、それは私達にも分からないのだがな」
『ベック』のパーティが潜ったダンジョンでも、最奥で離脱の魔法陣が見つかることは多くあった。それはダンジョンを作った者が外に出るために設置したものであったり、全く由来が分からないものであったりした。
この現世におけるダンジョンはどういう成り立ちで出来たのか――現状で知る術はなく、世界各地に突如として出現し始めたというくらいしか情報がない。
「六種類ですか……本当なら全部のパターンを検証したいですね」
「ということは、今日を入れて六回パーティを組むということでいいのかしら。ふふっ、放課後の予定が埋まってしまうわね」
「ああいや、一定の手応えがあった時点で調査はそこで終わりにします。もしくは、俺が暇な時に一人で潜ります」
「……藤原くん、ダンジョンが好きなの? 私も嫌いじゃない」
「私も嫌いじゃないですよ、むしろ好きな方です。そうでないとこの学園に来てないですし」
双葉が言うと、陽香は妹を何か言いたげに見つめる――しかし双葉はその意図にも、見られていることにも気づいていない。
「藤原くんが迷惑でなければ、妹と仲良くしてくれると嬉しいわ」
「な、なんですか急に……お姉様が姉らしくすると、槍でも降るのかって心配になります」
「俺は全然迷惑じゃないですよ、むしろ……あれ、これってもう位相は変わってます?」
「これまでの調査結果では変化はないと思うが……繰り返しになってしまうが、絶対とは言えないな。もし変な場所に出るようなら、すぐに離脱のスクロールを使ってくれ」
連条先生の忠告を受けつつ、階段に向かう。前と同じように、降りていく途中で転移する感覚が訪れる――その前に。
『――――――』
何かの声が聞こえたような気がした。こちらに向けて話しかけているようで、その意味は聞き取れない。
そして、前と同じ洞窟の広い空間に――出なかった。
「……全然違う場所じゃないか?」
俺たちが転移した先は前回と違い、周辺の岩が青っぽくなっている。さらにはそこかしこに大きな水たまり――というか池があり、遠くで魚が跳ねている。
「位相が変わった……?」
「ああ、そういうことみたいだな……」
「ピピッ ココハ2号ダンジョン内デスガ、今マデニ記録サレテイナイ地点デス」
「サイファー、ここがどこだかわかるのか?」
「ハイ、今回ハマッププログラムヲ搭載シテイマス。マスターガ使用シテイタ眼鏡ヲ元ニ作成サレマシタ」
「……サーチ眼鏡のこと?
「シロ様ニ無断デ参考ニシテシマイ、申シ訳アリマセン」
「私の作ったものを参考にしてくれるのは、嬉しい」
七宮さんがサイファーの頭を撫でる。するとサイファーは困ったようにカメラをウィンウィンと動かす。
「アアッ……撫デルノハ、マスターダケノ特権、デス」
「……やはり反応に愛嬌があって良いわね、この子。私も連れて歩きたいくらい」
「
「はは……初日は実際ぼっちだったけど、サイファーのお陰で心強かったよ」
「マスター、今ノ発言ハ10ポイントデス」
そのポイントを貯めたら何が起こるのだろう――と、それは置いておく。
「サイファー、そのマッププログラムって、どういう情報がわかるんだ?」
「既ニ通ッタ場所、付近ノマップデータノ表示ト、現在地ノ深度ヲ相対的ニ算出スルコトガデキマス。前回探索シタエリアヲ1階トシマス」
「すでにゾクゾクしているのだけど……ここの深度はいくつ?」
「……深度9。2号ダンジョンニオイテ、今マデ到達サレテイナイ深度デス」
いきなり9階に飛ばされた――というか、階層なんてものがあったのか。それも、未到達とまで言われてしまった。
「2号ダンジョンに9階があるなんて……これまでに到達されたのは6階までのはず。こんなことが起きるなんて、あなたはやっぱり
前回探索したのは1階層のみで、それでもかなりの広さがあった。飛ばしてしまった2から8階層のことも気になるが、ひとまず付近の探索から始めるしかない――と、その前に。
「……『離脱のスクロール』はどうしますか? 俺は、まだ使わずにおきたいです」
「ええ、もう一度ここに来られる保証はないものね。みんなはどう?」
「こうなったらどこまでもご一緒します、私もドキドキしていますけど」
「……私も。でも、パーティなら平気」
「――ピピッ 魔物ノ出現ヲ確認シマシタ」
《魔物と遭遇 エアフィッシュ:1体》
(っ……襲ってくるのか、あの魚……!)
近くの池から飛び出してきた魚が飛んでくる――まるで投擲された槍のような鋭さで。
「――陽香さんっ!」
俺の前方にいた陽香さんが狙われるが、彼女はただ舞うように手を閃かせる――それだけで魚の突撃はすり抜けるように空振りした。
陽香さんの手の甲に、光る紋章が浮かんでいる――あれが『ミスティック』のスキルということか。
「『
「――お姉様っ!」
陽香さんが双葉さんの声に応じて飛び退く――双葉さんが持っていた横笛を吹くと、エアフィッシュが見えない何かにぶち当たり、地面に落ちてピチピチと跳ねる。
「『マジッククラフト』……『アイスボール』!」
七宮さんの手の上に生じた魔力の球体が、冷気に変換されて飛んでいく――これが彼女の、『魔工師』のスキル。
エアフィッシュは見事にカチコチの冷凍魚になり、危なげなく戦闘は終わった。
「ふぅ……囮役としては大したものでしょう、私も」
「囮ってことはないですが……敵を引きつけるのも、双葉さんとの連携も完璧ですね」
「お姉様は私に出番をくれただけです。七宮さん、見事なスキルですね」
「……これくらいの魔物なら、藤原くんの手をわずらわせない」
魔物の強さ自体はグリーンバルンと同じくらいなので、9階層と言っても身構える必要はないか――それとも、他に強い魔物がいたりするのか。
「じゃあ……戦闘じゃなく、こっちの方でスキルを使わせてもらいます」
『圧縮』は生物には使えない。それは感覚として初めから分かっていることだ。
だが冷凍魚なら大丈夫ではないか――と考えたが、思った通り上手くいった。
《スキル『圧縮』を発動 対象物を1枚のチップに変換します》
《チップの内容:【冷凍】エアフィッシュ×1》
手をかざしてグッと握りしめると、掌の中にチップが生成される。それを見ていた仲間たちは――特に御厨姉妹は呆然としていた。
「……『荷物持ち』を極めると、空間魔法を覚えるということ? いえ、そんな次元じゃない……あなたの方がよっぽど
「『荷物持ち』の悩みは、持ち運べる量に限りがあることです。それを解決するのがこのスキルってことになりますね」
「い、いえ、どうやって小さくしているのかってことなんですが……」
七宮さんは概念に作用するスキルかもしれないと言っていたが、実際の答えはどうなのだろう――それは女神に聞いてみないと分からないか。
「――ピピッ 魔物ヲ多数確認 コチラニ向カッテキマス」
「藤原くん、ここは私たちに任せて……」
三人の連携は素晴らしいものがある――任せておいても大丈夫だが、あいにく魚は俺の方を狙ってきてしまった。
《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》
「このスキルも『荷物持ち』の悩みを解消するためのものなんですが、応用が効いて……うぉっ……!」
エアフィッシュが飛んでくる気配がしたので攻撃される前に『固定』したのだが――周囲の池から無数のエアフィッシュが飛んできていて、空中でピッタリ止まっている。まるで映画のSFXでも見ているかのようだ。
「
「……こういうときにダジャレを言える姉様が羨ましいです。私、もう驚きすぎて倒れそうなんですけど」
「……藤原くん、ずっと止めてるのは大変じゃない?」
七宮さんの解釈では、多数の魔物を止めると消耗が激しそうだということだろうが、基本的に一度止めてしまえば消耗はない。相手が強くて抵抗されると魔力を消耗したり、『固定』が効かなかったりということは生じてくる。
(……待てよ。冷凍したエアフィッシュを圧縮できるってことは、『+1』にしたりもできるのか?)
その行為に意味があるのかは分からない。そもそもエアフィッシュの利用法が何なのかも分かっていないし、情報が足りなすぎる――この魔物は図鑑にも載ってない。
「七宮さん、申し訳ないんだけど……この魚を全部冷凍することってできるかな?」
「……やってみる。私はまだ魔力に余裕があるから、大丈夫」
七宮さんが『マジッククラフト』を発動させる。これは彼女の魔力を球体にしたあと、氷属性に『加工』しているようだ――他の属性にも変えられるのか、後でぜひ聞きたい。
ひとまず冷凍魚を合計で12匹チップにして、『+1』にしたりするのは後で試してみることにする。この池だらけの地帯を抜けて、まずは一息つきたいところだ。
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