第五十話 2号ダンジョン前
午後の授業が終わったあと、俺は七宮さんと一緒に2号ダンジョンの入り口に移動した。すると、そこには実習のときと同じように連条先生がいて、感激した面持ちでこちらに歩いてくる。
「おお、藤原くん……いや、君には感服した。私に対して説明したよりも、ずっと大きな活躍をしていたんだな」
「あ……す、すみません。そのままあったことを話したつもりだったんですが」
「君は日向君を戦闘不能にした例の魔物……『ジョーカー』を倒していた。その功績を見逃して、私は君を勇気ある救助者としてのみ評価していた。全く違っていたんだな……君は本当の戦士だった」
『戦士』――それは、パーティを前衛で守り、魔物を倒して道を切り開く職業。
後方からサポートする役目の『荷物持ち』とは正反対だ。けれど、どちらも重要だ――なんて、蔑ろにされがちだった俺が言うのは意趣返しに聞こえるだろうか。
「俺は本来、戦闘向きの職業ではないですが……『ジョーカー』と戦ったといっても、捨て身でなんとか切り抜けただけですし」
「……学園長が言っていたよ、驚くほど謙虚で、そして学園の至宝だと。今さらになるかもしれないが、私もそう思っている」
学園長は確かにそんなことを言っていたが――まさか、こういう横の繋がりで話が広まっているとは。
さすがに照れるものがあって七宮さんの方を見ると、彼女も微笑んでいる。褒められるのも悪いことじゃないが、改めて自分の考えは言っておくべきだろう。
「俺はただの一年生ですし、ランキングが上がったのは初日でああいうことがあったからです。なんでもない日常の探索でも結果を出していきたいと思ってます」
「……藤原くん、それは今言うと……」
「いや、感服するほど禁欲的な態度だ……君には猛者としての気概がある。本来私は専門授業を担当しないが、君とは一度、この場所以外でも話をしたいものだ」
「ありがとうございます、専門授業が受けられるようになったら、その時はお願いします」
連条先生はダンジョン実習の授業を担当する以外では、何を専門にしているのだろう――と考えていると。
「お待たせして申し訳ありません、藤原くん」
「藤原さん、
「っ……サイファー、今日も来てくれたのか」
副会長の妹さん――双葉さんの後ろに隠れていたサイファーが姿を見せる。一昨日と少し装備が変わっているが、間違いなく俺に同行してくれた個体だ。
「…………」
「あれ? どうしたサイファー、俺のこと忘れちゃったのか?」
「イ、イエ。本日モヨロシクオネガイイタシマス、マスター」
「ああ、よろしく。今日は違う装備を試したいのか?」
「ハイ、試験運用トシテ幾ツカ。ソレト、前回ノ探索ノ件ニツイテ……デスガ……」
やはりそのことには触れておかなければならないか――しかし俺は、サイファーの頭に手を置いて言う。
「ずっと撮影してたって気付かなかったし、ちょっと驚いたけど……何か思うところがあって、動画をアップしたんだよな。サイファーのデータを管理してる人は」
「ハ、ハイ。マスターハ、私ヲ処罰ナサラナイノデスカ」
「するわけない。そうだな、色々と騒ぎにはなったけど……あの動画は丁寧に作ってあって、俺のことを悪戯に広めるって感じじゃなかったから。正直を言うと、あんな視点で動画をまとめてくれて嬉しかった」
「……編集ヲ担当シタ方ニモ伝エテオキマス。デスガ、誇張シタ部分ハナク、事実ヲ伝エルタメニ作ッタ動画デス」
「ああ、その人にもお礼を言いたいな。サイファーの開発をしてるっていう
「ッ……ソ、ソレハ……ピッ、本機体ノ管轄外デス」
急にサイファーの受け答えが形式ばったものになる。AIが答えにくいことを言ってしまったのなら、気をつけなければいけない。
「副会長、双葉さん、というわけでこのサイファーも同行を……」
「こんなに自動人形が懐くなんて……藤原くんから、自動人形でも関係なく惹きつけるフェロモンでも出ているのかしら」
「お姉様、自動人形の人工知能は日進月歩で発達しているんですよ。藤原くんに人徳があるのはその通りだと思いますが」
そういえば御厨姉妹の探索に備えての出で立ちが気になっていた――というか、二人の職業は何なのだろう。
「ふふ……私は『
「ミスティック……」
「生徒カードも見せてもいいけれど、必要になったときにしましょうか。あれを見せるというのは、探索者にとって裸を見せるようなものだもの」
「はいはい、そういう言い方をすると七宮さんに悪いですから」
「……私?」
「は、はい。あの、お二人はお付き合いをされているんですよね?」
双葉さんがいきなりとんでもないことを言い出す――七宮さんはみるみるうちに耳まで赤くなり、副会長は興味深そうに片眉を上げている。
「……そういうことだったのなら、私たちは致命的なお邪魔虫になるのかしら。さしもの私も赤面してしまいそうよ」
「ち、違います、私と藤原くんは……」
「え、えーとですね、俺たちは付き合ってるわけではなくて……」
「…………」
俺も一緒にきっちり訂正しておくべきだと思ったが、逆に七宮さんに無言で見つめられてしまう――針のむしろとはこのことだ。
「ふふ……恋愛ドラマみたいに甘酸っぱいわね。糖度高めの蜜柑が欲しくなってしまうくらい……」
「す、すみません、早とちりをしてましたっ……お二人はご友人、ということでいいんでしょうか」
「……友達よりは、少し……上くらい……?」
「ええっ……あっ、え、えーと……」
さっきから『えーと』を連発してしまう俺。七宮さんの言い方だと『友達以上』ということに――って、このままではいつまで経ってもダンジョンに入れない。
「……ん?」
「連条先生、どうかしましたか?」
「いや……すまない、こちらの話だ。ところで、そろそろダンジョンには入るのかね? 私としては急かすつもりはないので、ゆっくりで構わないが」
「いえ、そろそろ入ります。じゃあ行こうか、皆」
「今日のリーダーは藤原くんにお願いするわね。私のことは、序盤で協力してくれる強い仲間くらいに思ってくれればいいわ。もっとも、あなたの方が強いという説が有力だけれど」
「よく分からないですよ、その例え……私たちは同行させてもらう立場なんですから」
「探索の指針は俺が決めますが、皆さんの意見ももちろん取り入れます。そんな感じでいいですか?」
「ふふ、いいわ……なかなかいい感じね」
「やな感じとか言ったら置いていきますからね、ほんと」
「ピピッ パーティメンバーヲ認識シマシタ 識別コードハ オイロケ マジメ ホワイト デヨロシイデショウカ」
「今の会話で私をお色気キャラとして認識するなんて……なかなか見どころがあるわね」
「ま、真面目……できればそれはやめてください、私も自分でちょっと気にしている部分なので」
「……私の呼び方は、本当にコードネームみたい」
サイファーなりのAIジョークだったのか、すぐに識別コードは普通に訂正されたが――御厨姉妹を加えたダンジョン行は、なかなか賑やかなものになりそうだ。
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