第四十九話 ショップ
今日は昼休みのうちに行っておきたい場所があった――学園の物資販売部だ。七宮さんにはゆっくり食事をしてもらいたいので、今は別行動を取っている。
通常の『購買部』も学園の敷地内に幾つかあるが、ダンジョンに入る時の準備をするためには『物資販売部』を利用する。学園内では『ショップ』と呼ばれているらしい。
そのショップを訪ねると、スーツ姿の女性が出迎えてくれた。髪を後ろでおさげにして、眼鏡をしている――伊賀野先生と比べると、いくらかサバサバとした印象だ。
「ああ、ダンジョン探索の準備ですか。新入生だと、放課後の自主探索を今から始めるのは珍しいですね」
「はい、ちょっと今日から入りたいと思ってまして」
『ショップ』は独立した一つの建物になっており、各階に商品が展示されている。一階にはダンジョン内での野営道具などが売っていた――見ているだけでワクワクしてくる。
異世界でもダンジョンに潜る前は入念に物資の準備をした――食糧、暗所用の光源、障害物を排除するためのツルハシや鎌など。中でも持ち運びに苦労させられたのは野営の道具一式だ。
「申し遅れました、私は『ショップ』の担当をしています
「こちらこそよろしくお願いします、蒼木先生」
生徒が先生から名刺を受け取るというのも珍しい気がするが、差し出されたものは受け取っておく。蒼木
「もう一人男性の先生がいますが、そちらでは武器や防具の販売をしています。ダンジョンで入手した素材を持ち込んで、加工してもらうこともできますよ」
「なるほど、町の鍛冶工房みたいな……じゃなくて、素材の加工もできるんですか」
「はい、魔物素材や鉱石は重量があるので、なかなか持って帰るのは難しいんですけどね。ええと……あっ、藤原さんは『荷物持ち』なんですね」
先生は生徒に対しても敬称をつけるタイプのようだ。そして、俺の職業がランクEと知っても対応を変えなかった。
というか、俺のことを知らない人というだけでもほっとする。『あの動画の人』『一年のランキング1位』という扱いをされてばかりでは、どうにも落ち着かない。
「俺の職業だと、素材を持って帰ったりとかには向いてると思います」
「そうですね、戦闘を得意とするメンバーと組むと、大きな成果が得られると思います。それで、今日はどんなものをお求めですか? 『初心者向け探索セット』という商品もありますよ」
カタログを見せてもらうと、そのセットの内容は『回復薬小』『毒消し』『携帯食料』『ランタン』『バッテリー』だった。
「魔力の回復薬は販売していないんですか?」
「素材が入荷した際には販売できるのですが、今はダンジョン合宿で在庫を全て放出してしまいまして……」
「ああ、なるほど」
いくらでも『圧縮』すれば持ち歩けるのだから、多めに買っておこうかとも思ったが――在庫のことを考えると、買い占めはしない方が良さそうだ。
「魔力回復薬の材料なんですが、採取の依頼はありますか?」
「はい、そちらの掲示板にそういった素材の募集が出してあります」
蒼木先生が掲示板の前まで案内してくれる――ショップからの依頼だけではなく、個人の依頼も貼り出されていた。
(マホロバ草……1本1ブロンズか。そのまま使うと少し魔力が回復するだけだからな……)
マホロバ草の採取依頼は制限なし。だが、どこを見ても『オーブ』の募集は出されていない。
オーブはダンジョン内で天然で見つかるものではないのか――というか、俺も『圧縮』を使った時にオーブができたと分かっただけで、これが一般的にどんな扱いをされているのかを知らない。
「……蒼木先生、魔力の回復に使うものなんですが、これってご存知ですか?」
オーブを見せる――ある意味機密事項になるかもしれないので見せるかどうか少し迷ったが、見せることの意味が大きいと判断した。
「それは……っ、『魔力の宝玉』……!」
「宝玉……?」
「ど、どこでこれを……これはダンジョンの魔力溜まりなどで、偶然見つかることがあるものです。宝石に等しい価値があるものですよ……!」
「ほ、宝石……
「こっ……こっこっこっ……」
蒼木先生が鶏になってしまった――次の瞬間、先生はいったんショップのカウンターの奥に引っ込んで、すぐに何かのファイルを持って出てきた。
「これです、この写真にあるものとそっくりでしょう? 『魔力の宝玉』は、高純度の魔力をそのまま固めたものなんです。回復の仕方も『即効型』ですし、一流のダンジョンアタッカーにも珍重されているくらいのものなんですよ……!」
「そ、そうなんですか……それは知らなかったです、勉強になりました」
ジョーカーと戦った時に口に仕込んだオーブを噛んだが、確かに即効性がなければあの方法は使えなかった。
しかし価値を知らなかったとはいえ、三つしか生成していないのは勿体ない。寮のある裏山にはマホロバ草が余るほど生えているので、一本ごとに
「それで、このオーブ一つでいくらくらいになるんでしょう」
「一つで50ゴールドにはなりますね。時価なので変動します」
「ご……50ゴールド、ですか」
1ゴールドでも当面学園内で使う資金として困らない額だと思っていたが、一気に世界が変わってしまった。秋月さんの追加メニューの料金を上げてもらってもいいくらいだ――あれは1シルバーでは安すぎる。
「もしこちらを私どもに買い取らせていただければ、その資金で十分な準備を整えられるかと思いますが……」
「いろいろ買いたいものはあるんですが、一つ大きな買い物がしたいと思ってたんです。持ち合わせでは足りないと思うので、オーブを一つ買い取っていただけますか」
「はい、かしこまりました。その大きな買い物というのは? ダンジョン内で使う乗り物などでしたら、50ゴールドでは購入よりもレンタルの方が……」
「いえ、キャンプ道具です」
ダンジョンに挑む上で必須になるもの――それが野営の道具だ。
少なくとも『ベック』の世界ではそれが常識だったが、このショップでもキャンプ道具が売られているということは、ダンジョン内で野営をするケースがあるということだ。
「放課後のダンジョン探索は、二時間くらいで区切って、そこで切り上げるのがセオリーになっています。土日の休日に持ち越すことは滅多にないと思いますが……」
「念には念を、っていうのが俺の考え方なので」
「そういうことでしたら……キャンプ道具は5ゴールドから販売しております。何人パーティ用にするかで変わってきますね」
「えーと……そうだな。小さいテントと、他のもう一つは六人用でお願いします」
ギリギリの広さでは圧迫感があるので、『圧縮』を活かして大きめのものを買っておくことにする。俺自身は一人で寝られれば十分だ――あとは場合によってはサイファーも一緒になるか。
「六人用は30ゴールドになります。ですが……六人用のキャンプ道具を持ち歩くのは、それだけでもかなりの負担になりますよ?」
「はい、問題ないです。俺の中では、冒険といえば野営道具なんですよ」
「冒険……藤原さんは、探索者というよりファンタジー世界の冒険者さんみたいなことを言うんですね」
「ははは……」
謎のこだわりだと思われても無理はないが、ダンジョンで野営ができたことがパーティに利益になったことが、前世では数えきれないほどあった。
今日の放課後はそれほど長く潜るつもりはないが、場合によっては調査が長引く可能性はある。
「では、道具を持ち運ぶためのザックをご用意しますね」
「ザックも欲しいですが、今日はまだ無しで大丈夫です。できればなんですが、バインダーみたいなものはありますか? コインのコレクションに使うみたいな」
「ザックがいらない……既にお持ちということですか? それにコインのバインダーというのは……」
俺の買い物は蒼木先生をさんざん困惑させてしまったが、彼女は注文した通りにものを揃えて、台車に乗せてくれた。
占めて41ゴールドと76シルバー、40ブロンズ。なかなか大きな出費だったが、俺の考える探索の準備は万全に整えられた。
「さて……やるか」
ショップの裏まで台車を運び、周りに人がいないことを確認してから、俺はスキルを発動させる。
《スキル『圧縮』を発動 対象物をチップに変換します》
《チップの内容:ドーム型ソロテント×1》
《チップの内容:六人パーティ用の野営道具×1》
《チップの内容:封筒型シュラフ×4》
《チップの内容:簡易コンロ×1》
《チップの内容:野外用食器×6》
《チップの内容:回復薬小×5》
《チップの内容:毒消し×5》
《チップの内容:探索者用糧食A型×4》
《チップの内容:探索者用糧食A型×4》
《チップの内容:ボトル入り飲料水×4》
《チップの内容:ボトル入り飲料水×4》
《チップの内容:ランタン×2》
《チップの内容:バッテリー×2》
足りないものが出てきたらその都度追加していくということで、とりあえずの一揃えだ。使わなかったとしてもそれはそれで構わない、備えておくことに意味がある。
そしてチップをバインダーにしまい、バッグに納める。バインダーがちょうどよく入れられる大きさのものがあったのでそれを選んだ。
まだ昼休みは残っているので、近くの売店で何か買って食べることにする。変装に『サーチ眼鏡』が役に立つと思っていたが、さすがに今回は普通にバレてしまい、また逃げる羽目になってしまった――もっと違う変装を考えておいた方がいいかもしれない。
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