第四十八話 授業無双
学園内に点在する公園の一つに隠れて追ってくる人々をやり過ごす。
「……ごめんなさい……汗が……」
七宮さんの体温が上がっているとは思っていたが、ここまで来る間にしっとり汗をかいてしまっていた。
「え、えーと……どうしようか。着替えは持ってる?」
「……持ってるけど、模擬戦の時に着ないといけないから、今は拭くだけで大丈夫」
「じゃあ、俺が見張ってようか。この公園、着替えられるような建物がないからな……」
「ありがとう……ちょっと待ってて」
七宮さんが誰にも見られないように周囲に気を配る。物陰から様子をうかがうが、誰の声も聞こえてこない――と思いきや。
「こっちの方って探したか?」
「いや、あっちに行ったんじゃないか?」
「念のために探しておこう、一つ一つ隠れられる場所をチェックしていかないと」
(まずいっ……こっちに来る!)
「藤原くん……?」
「(っ……七宮さん、ごめん!)」
七宮さんがこちらの様子を気にして顔を出そうとしたので、咄嗟に彼女を物陰に隠す。
――そのまま息を殺していると、公園に生徒が入ってくる足音が聞こえてくる。
「……いないか。こっちはOKだ、次を探すぞ!」
「「
周囲の気配を察知するようなスキルを持っている生徒だったら終わっていた――男子生徒の気配が去ったあと、俺はゆっくり身体を起こそうとする。
「んっ……」
「……?」
左手に物凄い弾力が伝わってくる。身体を拭こうとして服をはだけた七宮さんを押し倒したら何が起こるか――。
「(ご、ごめんっ……!)」
「っ……」
まだ大きな音を出すわけにはいかないので、声を抑えて謝罪する――だが、彼女は逆に起きようとした俺を引き寄せてくる。
「……もうちょっとじっとしてたほうがいい」
「い、いや、それだと……」
「……そろそろ大丈夫そう……あっ……」
顔が物凄く近い――さすがに手は七宮さんの胸から外しているが、彼女の足の間に俺が割り込んでいる形で、もう謝罪しても足りないくらいの状況だ。
「……汗はもう拭いてたから、良かった」
そちらの心配をしている七宮さんは、どれだけ優しいのか――罪悪感などが綯い交ぜになりつつも、何とか七宮さんから離れて起き上がる。
「本当にごめん、焦って七宮さんに怪我をさせそうになるとか……」
「ううん、私は大丈夫。あれくらいなら平気」
「そ、そうか……」
「気にしないでいい。藤原くんなら……」
「え?」
「……何でもない」
七宮さんが服を整え終わる。そして、何かに気づいたように俺の髪に手を伸ばしてきた。
「……葉っぱがついてる」
「ありがとう。そのまま教室に行ったら間抜けなことになってたな」
「どこに隠れてたか分かっちゃうかも」
今みたいなことがあっても七宮さんは怒っていない――それどころか、微笑んでくれている。
七宮さんに迷惑がかからないように、俺も皆の前では言葉を選ばないといけない。パーティに勧誘してもらえるのは嬉しいが、追いかけ回されるのはそろそろ勘弁願いたいところだ。
◆◇◆
今日の2時限目には、初めての模擬戦の授業があった。
普通の体育館とは違う訓練場に向かい、着替えて中に入る。担当の
「訓練場は、攻撃系のスキルの威力が抑えられるようになっている。そのためスキルの使用自体は許可するが、今回は武器の使用は不可とする。諸君らが使う防具についている的を『弱点』に見立てて、その部位を攻撃するとポイントが入る。模擬戦の成績は『戦闘評価』に結びつくので、気を抜かずに臨むこと。以上だ」
『はい!』
武道は礼儀から始まるということで、みんな声を張って返事をする。訓練用のウェアの上から防具を身につける――ゆくゆくは男女混合で試合をするらしいが、今日は男子同士ということで、俺の相手は『拳法家』の
訓練場は四つの試合を同時に行える広さがある。みんな自分の出番を前に緊張していて、今日はそこまで注目されずに済んでいた。
「悪く思わないでくれ、この形式の試合ならいかに君が強くとも勝ち目はない」
確かに普通の『荷物持ち』なら、筋力と敏捷性が多少高くなるとはいっても専門の格闘職に勝つのは無理だろう。
「――始めっ!」
「おぉぉぉぉっ!!」
気合の声と共に、吉良の魔力が充溢する――身体能力を強化するようなスキルも持っているなら、レベルの差があってもステータスの差が埋まる可能性はある。
「はぁぁぁっ、『パワーフィスト』ォッ!」
繰り出された拳をガードしても、その上からダメージが通りそうな一撃。
だが、正面からの殴り合いではなく、求められているのはポイントを取ることだ。
《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》
「むぅっ……おぉっ……!?」
一瞬だけ吉良の動きを止め、その間に的に打撃を入れる――そして『固定』を解除する。
「――クリーンヒット5回、合計10ポイント、一本!」
「ば、馬鹿な……っ、何だその馬鹿げた『速さ』は……っ!」
「ただのスピードでできる芸当じゃない。藤原くんはスキルを有効に使った……私には、吉良くんが一瞬止まったように見えたが……」
『荷物持ち』が通常覚えない『固定』を使っていることで、やはり絶対的なアドバンテージが得られてしまう。
「……全く格が違う……この一年で、君から1ポイントでも取れるように腕を磨くしかないな」
「ああ、次の対戦も楽しみにしてるよ」
『固定』をギリギリまで使わないことも考えるべきか――そう考えていると、今度は鹿山、長倉、猪里の三人が俺のところにやってきた。
「押忍、藤原さん、手合わせお願いします!」
「藤原様と同じ空間で向かい合う喜び……!」
「お前らはそっちで待ってろよ、俺が藤原さんに倒されるんだからよ」
この三人は俺に対する感情が歪んでしまったようだが――試合がしたいということならこちらも特に断る理由がない。
「……先生、三人一緒に相手をしてもいいですか?」
「私も藤原くんの相手をするには、一人ずつでは難しいと考えていた。だが、いいのか? 三人同時となるといくら君でも……」
「はい、何とかなりそうです」
そう答える頃には、試合をしていない皆の視線がこちらに集まってしまっていた――七宮さんも俺を見ている。
(……ちょっと調子に乗ってる感じに見えてないかな……だからって、手加減するのは違うし……)
「それでは、特別ルールによる1対3の模擬戦を行う……始めっ!」
「「「おおおおおおっ!」」」
《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》
三人が同時ではなく律儀に時間差でかかってきてしまったので、吉良を倒したときと同じ要領になってしまった――『固定』して、的に攻撃を入れるの繰り返しだ。
「ク、クリーンヒット15回……合計30ポイント、一本!」
ドサッ、と鹿山たちが倒れ込む――訓練所が揺れそうなくらいの歓声が沸く。なぜか別所先生は俺の右手を持ち上げ、
「な、なんだよあれ……殺人拳の伝承者かよ……!?」
「ピタッって止まったあと、スパパーンってポイント入っちゃうの気持ちいいよね……」
「時間を止めてるわけじゃないから、相手の動きだけを止めてる……?」
「VARを取り入れたいよな……繰り返し見てみたいぜ」
VAR(ビデオ判定)までされたらどうなのだろう――さすがに俺が何をしてるか分かるのだろうか。動画の視聴者にも解明されていないので、当面は問題ないか。
「君ほどの逸材は、もはや個別に指導する時間が必要だな……よし。専門授業で私の科目を選べるよう推薦しておこう」
「ありがとうございます、先生」
これで格闘系の副職業スキルを得られるようになった――ということか。やりすぎかもしれないと思っていたが、今後も授業ではできるだけ結果を出した方が良さそうだ。
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