第四十七話 登校風景

 今日は登校時も樫野先輩、天城先輩が一緒だ。食事の後も二人が俺と七宮さんを待っていてくれていたので、自然にそうなった。


「えっ、あの動画って2号ダンジョンで撮ったやつなの? ……まあ考えてみればそうよね、初日のダンジョン実習で入るとこだし」

「なぜあんな魔物が出たのか、原因が気になるところだね」


 先輩たちは俺の動画のことに関心があるようだった。編集されていてカットが飛ぶ場面があるが、あれはおそらく俺が七宮さんに蘇生を受けるところだとかを伏せておいてくれたのだろう――その七宮さんは、朝からずっと俺と一定の間合いを保ち続けている。


(後で謝らないとな……いや、無かったことにすべきなのか。普段通りの七宮さんに戻ってもらうにはどうすれば……)


「……魔物召喚の罠は、ときどきそのダンジョンで出現しない魔物を呼び出すことがあるっていう報告があった。それで例外的な強さの魔物が出てきた可能性はある」

「なるほど、そういうわけか。想定していない魔物が出てくる可能性は元からあったということだね」


 七宮さんの推論は的を射ていると思うが、気になることはある――これまで『ジョーカー』や、偶発型のボスモンスタークラスが召喚の罠から出てこなかったのはなぜなのか。


「でも初心者向けのダンジョンでそんなことがありうるんだったら、どこのダンジョンも危ないってことになるじゃない」

「元よりそういったリスクは承知の上で、探索者を目指しているのが私たちだからね」

「ま、それはそうだけど。リスク管理は自分たちでしないと仕方ないわね……藤原はさっきからどうしたの? 難しい顔してるけど」

「あ……い、いや、何でもないです。俺たち、今日も2号ダンジョンに潜ってみて、もうちょっと調査してみようと思ってます」

「……私も一緒に行く」


 七宮さんがすかさず言ってくれる――それで少し間合いが近づいた。昨夜の夢――夢とは言いづらくなったが――のせいで、俺にしばらく近づきたくないのではないかと思ったが、幸いにも杞憂であってくれた。


「放課後に二人でダンジョンって……あ、あんたたち、入学したばかりで仲良すぎじゃない?」

「……色々あったから、藤原くんのことは……信頼……? してます」

「む……何か疑問形に聞こえたが、本当に大丈夫かな?」

「あ、天城先輩……大胆に切り込んでいくんですね」

「切り込むとは……あっ……う、うん、何のことか分からないけれど、私は私なりに整理をつけたつもりでいるよ」

「ま、まあ寝ぼけて変なことしちゃったとか、そういうことって誰にでもあるわよね」


 樫野先輩の中では、昨夜のことは『寝ぼけていた』ということになったようだ――寝ぼけてコスプレをする人もなかなか居ないと思うが、俺は言える立場にはない。


 話しているうちに学園の門が近づいてくる。昨日のように騒ぎにはならないが、別の理由で注目を浴びてしまっていた。


「お、おい……二年生の五席と六席が、例の一年生と一緒にいるぞ……!」

「登校してくるたびにパーティが増えてるんじゃないだろうな……あ、あいつ、一体どうやって……!」

「一緒に来るって、朝から待ち合わせとかしてるの?」

「あー、私も待ち合わせするような相手が欲しいー」


 寮が同じということは広まってないので、このまま伏せたままにしておきたい――そして話題になっている当人二人はといえば。


「あー、私たちが一緒だから驚かれてるわね。あんた、闇討ちされちゃうかもよ」

「瑛里沙は男子に人気があるからね……私の方は問題ないのだが」

「何言ってんの、あんた去年の学園祭で普通に女の子の格好して……んむっ、むぐぅっ」

「口は災いの元だとはよく言ったものだね。後輩くん、七宮さん、君たちは何も聞いていない。いいね?」

「は、はい……でも、天城先輩が男子の制服を着てる理由は気になります」

「あーそれはね、阿古耶はスカートがどうしても苦手で……ふむっ、ふむむぅっ」

「服装の自由は学則で規定されているからね。私が武家の出身だということもある……という説明でいいかな?」

「なるほど、武家だからだったんですね。先輩、最初に『拙者』って言ってましたし」

「あんたのその適応力はちょっと見習いたいわね……普通はそれで納得しないのよ、一般人はね」


 天城先輩は今度は樫野先輩を捕まえなかった――二人は何だかんだで仲が良い。


「それより瑛里沙、後輩くんと一緒にダンジョンに入りたいと言ってなかったかな?」

「そ、それはいいのよ、今日の放課後は予定があるんでしょ。あんたの都合がいいときに連れていってあげるわ」

「それは楽しみですね」

「……私は行かなくていいの?」

「何言ってるのよ、ななみーも当然一緒がいいわよ。画面映えが半端ないのよね、意識しなくても女優クラスの存在感っていうか」

「……そんなことない」


 七宮さんはそっけない返事をするが、俺も正直を言うと樫野先輩と同意見だった。


「おはようございます、藤原くん」

「み、御厨陽香……っ」


 樫野先輩が思い切り警戒態勢に入る――俺の前に出て、副生徒会長との間を遮るようにする。


「先に言っておくと、第五席の樫野さんは二年の生徒会役員です。天城さんも」

「そうか……後輩くんも生徒会の一員になったということか」

「ええ。早速交流を深めているということなのかと思いましたが……まさか朝から一緒だなんて。私がここで待っているのを見通していたとか?」

「誰もあんたが待ってるなんて思ってないわよ……えっ、いつから待ってたの?」

「ふふっ、短くも長い時間とだけ言っておくわね」

「副会長、三十分くらい前からいたよね……」

「朝から待ってなくても、同じ生徒会なら呼び出しでもかければいいのにね」


 副会長は「ハッ」と何かに気づいたような顔をするが、何でもなかったように腕組みをすると、絵になる立ち方をして髪をかき上げた。


「……今日の放課後が楽しみね、藤原くん」

「あ、あんたまさか2号ダンジョンに行くつもり? 学園で一番難しいダンジョンに入れるくせに、そんな余裕でいいの?」

「数日くらい、いくらでも彼のために割く価値があるということよ。ちなみに妹も一緒に行くことになっているわね」

「姉妹で藤原にご執心ってわけ……? ふ、ふーん。まあ私は今日、別の予定が入ってるし、藤原のすることにそこまで興味も……な、ないし……」

「私たちは別の機会にパーティを組むとしようか。後輩くん、引っ張りだこですまないね」

「いえ、凄く嬉しいです。俺、職業が職業なので、パーティは組めないと思ってて……」


 思ったことをそのまま言っただけ――のつもりだったのだが。


 それが俺たちを遠巻きに見ていた生徒の耳に入った途端に、また一気に空気が変わってしまった。


「わ、私たちはいつでもパーティ組めますっ、予定なら空いてますっ!」

「僕たちのパーティにぜひ入ってくれ、君がいたら世界が変わる!」

「あんたたち、藤原くんにおんぶに抱っこで評価を稼ぐつもりでしょ! そうはいかないわよ!」

「藤原様は私たちとパーティを組むのよっ……あ、あれ?」


 こうなると逃げるしかない――樫野先輩も天城先輩も、何も言わなくても走り始めていた。


「藤原、ちょっと同情するけど……いくら忙しくても、私たちと組む予定は空けておきなさいよっ!」

「私も楽しみにしているよ。二年校舎は向こうだから、ここで解散だね」

「藤原くん、私から皆に言ってもいいけれど、今日のところは一緒に逃げておくことにするわね。不甲斐ない先輩でごめんなさい」

「い、いえ、そんなことは……って……」


 先輩三人は思った以上に足が速い――三人とも加速系のスキルを持っているようだ。


「……ちょっと大変だけど、頑張るっ……」


 そして七宮さんは、走るとどうしても揺れてしまう部分がある――やはり、ここは彼女を背負って走るしかない。


「……私も体力づくりしなきゃ……すぐ疲れちゃうから……」

「その時は俺も付き合うよ……って、変な意味じゃなくて……っ」

「……知らない。私は何もしてない」


 俺の背中に乗ってから、七宮さんの身体がどんどん熱くなっていく――その理由については今は考えないようにして、一心に安全地帯セーフゾーンを目指して駆け抜けた。

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