第四十四話 第二関門

「っ……驚かせてくれるな……」


 廊下に出るなり黒いうねりが攻撃を仕掛けてきたが、いずれも『固定』で止められた。常に警戒を怠ることはできない。


《チップの内容:夜を這いずる手×2》


 文字通りの『警戒』スキルを覚えれば、自分の感覚に頼るよりさらに安定して奇襲を防げるのだが。『盗賊』などの職業ならレベル3で覚えるような初歩的なスキルなので、副職業で取得した方がいいかもしれない。


「(さて、どっちに行くか……幻夢の中なら開かずの間が開いたりしてな)」


 東館の突き当たりにある開かずの間――ここはやはり開かない。幻夢の中なので、ここの住人が中にいるとも限らないが、幻術の術者を探すためには中を確認すべきか。


「あのー、藤原と申しますが、中にいらっしゃいますか?」


 ノックをして普通に返事があるとも思えないのだが、一応試してみる――やはり部屋の中からは一切の物音がしない。


「(……いや、何かかすかに音が……)


 鍵穴の中を覗いてみる――罠が仕掛けられていたりするので、本来ならやらない方がいい行為だが。


 一瞬だけ部屋の中が見えて、すぐに暗くなった。そして、部屋の中からはかすかに息遣いが聞こえてくる――一気にホラー映画の空気になってしまった。


「だ、誰かいらっしゃいますか?」

「……空気を読め、馬鹿者」

「(おぉっ……!?)」


 普通に声が聞こえた――囁くくらいの大きさではあるが。


「い、いるんですね。今ちょっと幻術をかけられてるみたいなんですが術者についてご存知ですか?」

「ここ最近寮の結界に侵入したものが何かを考えれば、自ずと答えは出るだろう」

「結界……そうか、近くに魔物が出るんだから張ってはあるわけですよね」

「この私が張ってるんだから、結界の専門でもなければ気づかないだろうな。お前はいかにも鈍そうだ」

「うっ……返す言葉もないですが……」


 ちょっと得意そうな声――口調に対して幼いというか、少女のように聞こえる声だが、話を聞く限り魔法に精通している人のようだ。


「……まあ、幻術を解くのはお前に任せる。また分からないことがあれば来い、多少は調べてやれる」

「分かりました、ありがとうございます」

「どんな幻を見せられても簡単に懐柔されるなよ。たぶらかされたら締めるからな」


 言葉は過激だが、激励として受け取っておく。つまりこの開かずの間の中には幻術が及んでいないか、中にいる人は耐性があるということになるか。


 他に出てくる人は幻術が作っている幻だろう――そうと分かっていれば、負けることなどそうそうない。


   ◆◇◆


 リビングには明かりがついていて、なぜか上品なクラシック風の曲がかかっている――どこかで聞いたことがある。配信でよく聞く定番のBGMだ。


(次は一体なんなんだ……?)


「……夜遅くにお越しいただきありがとうございます、ご主人さま」


(……??????)


 その声の主が誰なのかは分かっているが、発言の内容とその人物がどうしても結びつかない。


 キッチンから誰かが出てくる。その姿を見ても、やはり自分の目を信じられない。


「もう夜更けになりますので、眠りを妨げないお飲み物はいかがですか?」


 ありのままに俺の目に映っているものを表現すると、樫野先輩がメイド服を着ていた。それも、かなり本格的なスタイルで。


 ツーサイドアップにした髪にヘッドドレス。黒のワンピースの上から身につけた白いエプロンのコントラスト――幻術だからだといえばそれまでだが、完璧な『メイドさん』がそこにいた。


「……あ、飲み物は結構です。これも幻術だと思うので」

「……はい?」


 幻術に対しては塩対応をしなければならない――出された飲み物なんて口にしたら一発アウトだろう。


「樫野先輩が深夜に俺をメイド姿で待っていて、おもてなしをしてくれる……なんて、そんなことが普通に起こるわけないじゃないですか。だから幻です」

「ちょっ……あ、あんた、私だってそれはどうかって思うけど、そんな全否定とかしなくても……ああっ、あったまきた!」


 ソファに座っていた先輩がバッと立ち上がる――踊るように跳ねる髪、はためくスカート。先輩は確かに画面映えするのだろうだと思う――だがこれは幻術だ。


「生意気な後輩に、先輩を尊ぶことの大切さを教えてあげるわ……!」


 やはり戦わなくてはならないのか――ストックした『夜を這いずる手』を躊躇なく使うのは気が引けるので、他の方法で先輩を無力化しなければならない。


(――あれ?)


 ふと気づくと――俺の手首と足首が、何かヒモのようなもので縛られている。


「か、樫野先輩……いくら幻術だからって、無断で後輩を縛るとか……!」

「ふふっ……何事も先手必勝よ。私は『精霊使い』なの。ものに精霊を宿して動かすなんて楽勝なのよね」


 いつもつけているリボンを動かして俺を拘束するとは――というか『精霊使い』は、前世においても後衛職では最強の一角を担っていた。


 幻夢の登場人物である樫野先輩と、本人の職業が同じなのかは分からないが、どちらにせよ手強いことに変わりはない。


「うっ……ち、力が抜ける……」

「簡単にリボンを切られたら困るし、精霊の力であんたの筋力を下げさせてもらったわ。一時的にね」


 弱体化デバフ効果つきの拘束――これが二年生の上位ランカーか。樫野先輩の今までの姿から、これほど抜け目のない戦い方だと想像できていなかった。


「……今、気づいたことがあるんだけど、言っても引かない?」

「ま、まあ、幻術の中なので、何を言われても忘れますが……」

「幻術……? さっきからよくわかんないけど。そうやって縛られてるあんたを見てると、なんか……」

「な、なんか……?」


 少しずつ先輩の息が荒くなってきている――ぺろ、と舌なめずりまでしている。


「……なんか可愛い。あんたのこと踏んでる時から、ちょっとそう思ってたのかもね」


「(ヤバい……幻夢の樫野先輩はレベルの高い変態だ……!)」


 なぜか樫野先輩がニーソックスを脱ぎ始める――俺をまた踏むつもりなのだろうか。素足で踏むだけ優しいのか、踏むこと自体がどうなのか。


 踏まれて魔力を奪われて負けるとか、そんな屈辱的な終わりを迎えるわけにはいかない。樫野先輩が勝ったと思って、最も気を緩めた時が逆転のチャンスだ。

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